第四話 女騎士の最高な一日
Chapter.15 薩埵峠(さったとうげ)
「見ろセシリア。これが日本で一番高い山と、日本で一番深い海だ」
静岡市葵区から沼津港を目指す道の途中。海沿いの国道1号線を利用して約一時間ほどの距離で目的地には到着するので、一度、寄り道をすることにした。
それこそ
彼女は手すりに身を乗り出すよう、「わはあ!」と感嘆の声をもらしながら、キラキラとした目でこちらを振り返った。
「すごいです綺麗です! 見たことない!」
本当に楽しそうだ。鼻が高い。今日は絶好のお出かけ日和で、天気が良かったのも幸いした。あまりにも見栄えが良さそうなもんで、
「へえ、へえええっ、面白いですね!」
目が釘付けでずっと口が開いているようなセシリアを見て苦笑する。けど先ほどの謳い文句は歴然たる事実なのである。富士山が日本で一番高く、もっとも代表的な山であることは言わずもがなであろうが、静岡県の駿河湾はその水深およそ二五〇〇メートル。二番目に深いとされる相模湾とは一〇〇〇メートルもそのスコアを離しており、この先の目的地である水族館は世界で唯一深海をテーマにするほどだ。
日本で一番未知の海とも言える。
セシリア自身は異世界人なので、県外の観光客ほど富士山に対する感動があるわけでも、この世界の未知なる深海生物に対しても特段強い興味があるわけではないのかもしれないが、やはりこの絶景には目を奪われるのだろう。
俺だって心が洗われるような気分になる。雄大な富士と広く深い海。異世界よりも見慣れている景色。
ここに、帰ってきたなと感じる。
なお、薩埵峠というと、有名なのは歌川広重の『東海道五拾三次之内』で描かれる『由井 薩埵嶺』で、江戸時代の頃のここで見る景色を風景画としてご覧になることが出来る。
やや薄ぼけているが展望台の案内板にもその風景画が張り出されており、セシリアに紹介したりした。
反応がいちいち面白い。江戸の風景画は独特の絵柄なのでセシリアはやけに食い付いていた。確かに異世界で見ることはないものだ。こちらの文化や歴史といったものに、興味を持ってくれるのはすごく嬉しい。
「上から見るとこんな感じなんですね」
セシリアの視線を辿ってみると行き交う車に注目していた。いままであれらで移動していたことはちゃんと理解しているので、真上から、遠目で、車が走る光景を見るのは相応に不思議なのだろう。
「小さく見えます」
コメントの内容としては相槌で済むようなものなのだけど、楽しそうに振り返って報告してくれるから俺も嬉しくなるものがある。
だからついついそのタイミングを狙って、カシャリとセシリアの姿を撮影した。
「!?」
スマホのアルバムのなかに保存される、振り返ったセシリアの天真爛漫な笑顔。画角の端には富士山と青い海、白い入道雲、木製の手すり。生い茂った草木などがカラフルな夏の色をしていて、中央のセシリアは現代衣装なわけだ。
なんかもう、普通に、女騎士なのを忘れる。
そこから目線を外し目の前のセシリアを見ると、彼女は身構えて驚いている。
「いま私に何をしたのですか……!?」
「ほれ」
「〜〜〜!?」
画像を見せるとぼふんっと恥ずかしそうにした。食い入るようにスマホを見られ、手に取ってスマホをひっくり返したりと端末のなかに自分の姿があることをぜんぜん理解出来ずにいる。
「こっ、これっ、え、へぇっ?」
「別に寿命は減らないよ」
「寿命減るかもしれないものだったんですか!?」
しまった。写真黎明期によくある勘違い話を振ってみたが余計だったみたいだ。
「私ってこんなふうに見えるんですか……?」
「うん」
素直に認めるとごくりと生唾を呑み込んでセシリアが画像を見つめる。
「あほっぽいですね……」
「………いやっ、まあ……」
何とも言いづらい。否定も出来ないが。若干テンション急落中のセシリアに俺が珍しく慌ててフォローする。
「お、俺はお前のそういうところ好きだぞ?」
「本当ですか?」
「う、うん」
「ミナセ殿のようなしっかりした女性のほうが実は好きなのでは?」
「お前は何の話してんだよ」
なんか気遣って損した気分なのでチョップした。
いやいや……。
マジで何の話だよ。
♢
その後、セシリアと「タクヤ殿も撮りましょう」「いやいい」「撮りましょう」「いやいい」と一進一退の攻防を繰り広げ、じゃあ薩埵峠を撮ろうと絶景スポットに来たのに後回し感のある幕引きとなった。
実質セシリアの写真を持っている俺の勝利ということになる。やったぜ。
来た道を戻るように遊歩道を二人で歩き、五分ほど掛けて駐車場に到着。
「楽しかったですね」
「楽しかったな」
「見れてよかったです」
「それは何より」
乗車するとそんな感想を言い合い、次なる目的地を目指して行くことになった。
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