【完結】異世界から帰還したら、パーティーメンバーの女騎士(ポン)が付いてきた。いや何してんの?
環月紅人
本編
第一話 女騎士が付いてきた
Chapter.1 栄典
嘘みたいな話だが、古き良き名作RPGのような冒険をした。
柄じゃないが、救国の英雄ともなった。
本当は帰りたくもなかったが、当時交わしていた契約の都合上、俺の現実世界への送還が決まった。
名残惜しいが仕方ない。別れの言葉を用意する必要があった。
「ここに、アベリア王国の英雄、サクマタクヤ殿を称える」
厳かな空気のなか、世話になった王様が大勢の観衆へ向けてそう口にする。
隣に立つ尚書官が功績の読み上げを行った。
……んん。恥ずかしい。やめてほしい。
何も称えられることをやめてほしいと言っているのではない。正直、功績として語られるいくつものエピソードは俺が実際に解決していない関係ない話も含まれていて、国としては、英雄の存在価値をより偶像めいたものに押し上げたいとする思惑が透けて見えている。
だからこそ高いコストを払ってまで何が何でも送り返そうとしてきたのだろうし。
誉れがないわけではないが、一時間後にはこの世界ともおさらばする英雄サマにとっては、大して身の入らない時間なわけである。
ならば何に照れているのかというと、それは隣に立つこの女騎士、セシリア・ミストリタの態度にあった。
(ふふ……そうでしょうそうでしょう)
――とでも思っていそうな表情で何度も大きく頷きながら自分のことのように耳を傾けるこの女騎士に、俺は頭を抱えたくなってくる。
なんでお前はそんなに誇らしそうなんだ……?
一緒に旅をしたパーティーメンバーのはずだが、功績の内容に一ミリも疑いを持っていなさそうだ。前々からセシリアには強く尊敬されている自覚があるが、あまりにも盲信的だと(大丈夫か、こいつ)と騙されやすそうなところを心配する気持ちがある。
一人で生きていけるんだろうか?
このポンコツ女騎士は。
……………。
功績の読み上げを聞いている間、セシリアのことを紹介する。
アベリア王国聖教騎士団エキスパートの女騎士。年齢は二十三。出会った時は二十で、俺の一つ年下となる。濃灰色のストレートヘアに特徴的な白のハネ毛。銀甲冑を纏う姿からその凛々しさもあって『狼』に例えられるが、実像はむしろシベリアンハスキー。
ようは外見と内面にえらくギャップのあるやつで、ハスキーも、格好いいんだけどあほでマヌケで集中力に欠けるところがある。手がかかる、あほかわいい大型犬。
セシリアはまさにそんな感じで、黙っていればイケメンだし、高身長でスタイルも良くて賢そうな顔をしているのに、ひらめくことはあほっぽいし、喋るとちょっとばかっぽい。ハキハキしていて元気が良くて、忠誠心は抜群にあるのだけども、「どういうことですか?」とすぐ聞き返すし「なるほど?」と理解せず言うし「分かりました!」と見当違いなことをする。なんというかそそっかしくて、一緒にいて楽しいヤツではある。
散々言ったが、そんなセシリアに助けられたことも何度もあるし、そんなセシリアの存在に救われていた部分も多々あった。決して嫌っているわけじゃないが、グイグイ来られるのもあって、冷たく当たりすぎてしまうのは反省している。
「……以上。サクマタクヤ殿、前へ」
巻物を閉じた尚書官に声をかけられ、俺は王様の手前まで移動することになる。セシリアは未だそわそわとした態度を見せており、「騎士なら騎士らしくしてくれ」と一つ釘を刺しておくつもりで彼女のことを一瞥した。
ものすごく嬉しそうな顔で見送られた。
何も意図が伝わっていない。
こいつ……。と俺は弱ってしまいながら、頭を振って栄典に向き直る。
これが旅のエンディングだ。
そう思うと、自然とセシリアをはじめとする仲間の面々が思い浮かび、俺は晴れやかな気持ちになって英雄としての幕閉じを迎えられていた。
♢
のち、王城へと引っ込んだ俺たちは、やっと肩の力を抜くことが出来た。
「お疲れ様です、頭領」
「うん……お前さあ。もうちょっとこう、キリッとしたらどうだ、顔」
「ええ……?」
駆け寄るやいなや俺にジト目で叱られたセシリアが困り果てる。その反応は怒られると思っていなかったのか自覚がなかったのかどっちだ。どっちもだとは思うけど。
「こ、こうですか」と言いながらムっと表情筋に力を入れると『騎士団の狼』と噂されていそうなイケメン女子顔となるセシリアに、イマイチ「そう」とも「違う」とも言い切れず俺が押し黙る。
そのタイミングで、城の使用人に声を掛けられた。
どうやら王城地下にある転移魔法陣の準備が整ったようだ。
「すぐに向かいます」
「はい! 私も付いて行きます」
元気よく答えるセシリアのほうへ振り向くとやっぱりいつもの表情に戻っている。
なんだかなあ。こいつ俺が居なくなったあと詐欺かなんかに引っかかりそうで怖えよ。
思わず項垂れてしまいながらも、城の地下を目指した歩みを進める。
転移魔法陣の在処は本来、限られた魔術師と要人しか立ち入れないところを英雄のパーティーメンバーだということで特別に同行を許してもらっていた。
自ずと、別れの挨拶ももうしばらくの間お預けとなる。
階段を降りる間、仲間に掛けるべき言葉はなんだろうかと俺は未だに悩み続けていた。どうせなら、意趣返しになるようなことをしたい。
「寂しくなりますね」
「そうだな」
「私は残って欲しかったです」
「……………」
現実世界へ帰還する。そのことに関して王国からの圧力があったことは秘密で、セシリアはいまも知らずにいる。だから、心の底から惜しんでくれているのを感じる。
相槌が出来なくて情けなかった。
選ばれし者が世界を救う、そんな予言に従って召喚された英雄・サクマタクヤの役割は実際のところお飾りのようなもので、国民に対しての『希望』や『象徴』として。救国の英雄は演じさせられたものだし、旅はそのプロモーションも兼ねていたんだと思う。
ようは王国が魔王軍と対峙するための火付け役のような存在が俺で、決して何もして来なかったわけではないが、俺が自主的にヒーローをしていたわけでもない。
俺は、一般人なのだ。セシリアに尊敬してもらえるほど、俺は偉い人間じゃない。
そんな後ろめたさもある。
しかし予言というのは実に面白いもので、いまとなって振り返ってみれば俺という人間がどれほど『選ばれし者』であったか。
正直、この国での待遇や扱い、一方的に召喚されて一方的に追い返されるような契約内容に関しても、この三年間、不満がなかったと言ったら嘘になるが……。
なんだかんだと文句も言わずに上手く付き合ってここまで来た時点で、予言に違わず、俺という人間は、世界を救う選ばれし勇者だった。
そういうことなのだと思う。
既に飲み下したつもりだったが、やはりわだかまりは感じている。
「ここが……」
目的地に到着すると、思わずセシリアが口を開いた。俺は懐かしい感覚に襲われる。
洞のような場所だ。壁一面に幾何学模様が刻まれ、足元には赤々とした魔法陣が輝く。五人ほどの魔術師が既に待機しており、部屋の入り口には王様が俺たちのことを待ってくれていた。
「改めて御足労感謝申し上げる。異邦より招かれし予言の人よ」
深々と頭を下げて頂ける。御足労とは言い得て妙だ。確かに俺は呼び出されて押し付けられて全く知らない世界のために献身させられたようなものである。
決して、悪くはなかったが。
二十一で召喚され、三年間の異世界生活。
尊い経験をした自覚はあるが、俺が物理的に得るものは何もない旅路。ひと時の夢、かけがえのない思い出、気晴らしの旅行みたいな異世界転移。
良いリフレッシュにはなったと思うが、逆戻りすると思うと憂鬱だ。
――魔法陣の上に足を乗せる。煌々と輝く足元を気にしながら中央まで移動し、振り返る。
そこには三人の仲間がいる。
「お別れだ」
いざその瞬間にもなると、掛けるべき言葉はすぐに見つかった。
一人一人に別れを告げていくなか、そわそわと落ち着かない様子のセシリアが目に入る。正直、こいつに掛ける言葉が一番迷う。
言いたいことがありすぎるのだ。一番離れたくないとも思う。仲間たちといる三年間は――セシリアといる三年間は、心の底から楽しかった。
「……、頭領?」
俺の表情の機微に気付いてか、心配するような声が掛けられる。こういう時だけ目敏い奴だ。いつもそれくらいであってほしい。俺は、ついつい押し黙る。
……………。
まあ、言いたいことはいくつもあったが。
「お前、俺のこと好きだったろ」
ニヤッと笑って突き付けてやる。セシリアにこそ意趣返しをしてやりたかった。
少々意地悪いとは思うが、俺だってこいつに忘れられたくはないのだ。
いままでどれだけあからさまに見えても、触れずにいたことをいま触れる。我ながら卑怯でせこいと思う。嫌われたって仕方ないが――。
「え……」と思考が追い付いていない様子のセシリアを差し置いて、俺はすぐ側の魔術師に目配せをする。それが合図となり魔法陣は起動する。
――別にいい。金輪際会えないなら、最高の捨て台詞で幕を閉じてやる。
仲間の二人が首を横に振り、頭を抱えているのを見る。あいつらも薄々は気付いていたと思う。この後のセシリアがどうなるかは知らんが、これはいままで迷惑を掛けられていた分の、セシリアを困らせてやりたかったという、最後の俺からのちょっとした茶目っ気だと思え。
「ちょっと! 待っ―――――」
「じゃあなセシリア!」
世界が眩む。俺の体は粒子のように紐解かれていき、現実世界の……俺が異世界転移した瞬間。三年前のとある日に戻る。
俺はたったいまこの瞬間、ただの現代人に戻ったのだ。
………。
……………。
…………………で。
「さっきの言葉どういうことですか!?」
「いやなんでお前付いてきてんだよ!?」
静岡市葵区、三階建てのアパート。1Kの我が家に女騎士がいる。
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