第4章 第55話
「今にして思いますに、拙僧が僧籍を得る事が出来たのも、現在のチベットを覆う情勢の為、という気もするのです」
背筋を伸ばして椅子に座り直し、モーセス・グースは言う。
「御存知の通り、大英帝国は英領インド帝国を足がかりに、アジア各地に版図を広めようとしています。チベットもその限りではなく、事実、拙僧がインドに渡った頃にチベットに遠征軍を出し、一時的にラサを占領しています。そして、時の清朝はこれを大事と見なし、すぐに清軍がチベットに侵攻、ラサを占領し暴虐の限りをつくしましたが、辛亥革命により清軍が瓦解。勢力を盛り返したチベット軍によってラサは奪還され、共に清朝の冊封下にあったチベットとモンゴルが独立を宣言。チベット政府は、漢民族の中華民国よりもまだマシと判断して大英帝国に接近し開発援助を受け、しかし十年ほど前から国粋主義が強まり英国と若干距離を置きつつあります。ペーター少尉殿、貴方のお国との関係も、このような時勢から、欧州勢力の均衡状態を作り出すための方策の一つかと、拙僧は見ております」
「いかにも、その通りでしょう」
ペーター・メークヴーディヒリーベ
「私が言うのも何ですが、欧州人は欧州以外を植民地とする事に何の禁忌も持っていない。そして、我がドイツは、前の戦争の敗北もあって植民地政策では非常に出遅れています。政府上層部が、失地回復を望んだとしても、それは詮無き事でしょう」
「然り。モーリーさん、アメリカも、同様かと存じますが」
「まあ、おおむねその通りでしょう」
オーガスト・モーリー米陸軍軍医中佐も、不承不承頷く。少ないながらもそれまでに確保していた植民地を第一次大戦敗戦により失ったドイツに対し、アメリカと、ついでに言うなら日本は『遅れて来た帝国主義国』であり、英仏をはじめとする『武力で強引に奪い取った』植民地ではなく、曲がりなりにも交渉で植民地を勝ち取ったという自負があるのだ。とはいえ、そこで行われている搾取が、英仏オランダスペインとどれほど違うかと言われると、反論する術はないのも事実ではあった。
「ああ、拙僧はその事自体をどうこう言うつもりはありません。全ては時代の流れ、我々一個人がその責を負うには、あまりに荷が勝ちすぎるというものです。拙僧が思うのは、そのような事態の流れによって、ラサの僧院がイギリスに影響力を持ちそうな僧を必要とし、そしてまたこのようにそれぞれの国の思惑で、本来縁もゆかりもない面々がここで会する事になった、その不思議の事です」
「確かに、私は党の方針に意見出来る立場ではありません。そして、おっしゃる通り、我々がここに居る事こそ不思議、というのは私も感じています」
ペーター少尉は、微かに微笑む。ドイツ第三帝国にとって、この頃の英米は仮想敵から真の敵国に変わりつつあったのだから。
「その時代の不思議が、拙僧をラサから
ラサで僧になって五年ほど経った頃です。英国出身である拙僧は、密教の教えを英訳する仕事を主にしておりました。そもそも拙僧が僧になったのも、ラサに来た目的も異教の詳細調査でしたから、これは渡りに船の仕事でした。英訳した抄録は、文化財の資料として英国のしかるべき学会に渡るのだと聞きました。ならばなおのこと、拙僧の筆にも力が入ろうというものでした。
そんなある日の事です。拙僧は、普段は使われていない経典の収納庫の中に、漢文で書かれた見るからに異質な経典が一巻ある事に気付きました。
『玄君七章秘経 第一巻』と記されたそれは、他の経典より明らかに古く、しかし誰からも見向きもされていなかったようで、酷く埃を被っておりました。
寺院の誰に聞いても、その経典の中身を知るものは居ませんでした。全ての経典を
玄君、というのが、漢民族が先祖と崇める伝説の皇帝であり、また中国最古の医学書と言われる『皇帝内経』を
拙僧は、仕事そっちのけで漢文の翻訳にかかりました。なにしろ古い経典ですので、拙僧の漢文の知識では読み取るだけで一苦労でしたが、何とか読み終えたそれは、驚くなかれ死者をも復活させる医療技術について書かれた医学書でした。
しかし、終盤、どうしても意味が通じない、情報が欠落している部分がありました。最初は拙僧の漢文読解力の問題と思いましたが、何度か読み直すうちに、複数のページが欠落している事に気付きました。
拙僧は夢中になって、僧院の書庫という書庫をかきまわして欠落したページと、さらには二巻以降を探しました。欠落した情報を除いても、第一巻に書かれていたのは、あまりにも荒唐無稽とはいえ、一応は論理立った医療技術、東洋医学だけではなく、西洋医学の知識も無ければ到底書けないようなそれだったからです。
しかしながら、拙僧の努力はほとんど徒労に終わりました。僧院のどこを探しても、欠落したページも二巻以降も、影も形も無いのです。しかし、ただ一つ、藁にもすがるようなものではありましたが、収穫はありました。この第一巻は写本であり、全七巻がはるか東方の別の寺院に所蔵されている、そのように読み取れる紙片が、あろうことか第一巻が収まっていた書庫の棚の奥に挟まっていたのです。
何故それを、明らかに目に入るそれを第一巻を手に取った時に気付けなかったのか。拙僧はその理由に気付いていましたが、理解するのを避けようとしていました。何故なら、その紙片は明らかに現代の紙に万年筆のようなもので書かれており、そしてその紙片からは、ほんの微かにではありましたが、
それは危険な、見え透いた罠である、拙僧の頭の中でそう警鐘を鳴らすものもありましたが、もはや拙僧はそれ以上にこの書簡の翻訳に取り憑かれてしまっておりました。
あらゆる理屈を、屁理屈をこねくりだして僧院の大僧正に掛け合い、是非とも翻訳作業に必要なのだと三日間、粘りに粘って大僧正を口説き落とし、拙僧はその東の寺院、皆様御存知のナルブ閣下の邸宅の裏手のあの寺院に向かう許可を得ました。
運が良かったのか、偶然の成せる技か、たまたま、その地域の執政官の交代があり、新しい執政官がこれからラサを出立する処だった、というのも状況を後押ししてくれました。そうです、その新しい執政官こそ若き日の、年の頃で言えば、今のペーター少尉殿と同じくらいでしょうか、ナルブ閣下でありました。
さらには、聞くところによれば、その寺院の僧正は半年ほど前に高齢による老衰でみまかられ、次の僧正は卦によって着任は半年ほど先。また、先代の執政官は後任が決まると、引き継ぎもせずに既に中央に戻っているとの事。
もうお分かりと思います、その時は、なんと運の良い偶然と思っていましたが、これは必然、何らかの『見えざる神の手』で仕組まれた、組み合わさるべきパズルのピースであったのです。
ラサからこの
尼定村はチベットの中でも中国に立地的に近く、ラサに比べればはるかに中華文明の影響を受けております。とはいえ、その頃は先代の執政官が比較的放漫であった事もあって人口は少なく、村も寺も一言で言って寂れている、それ以外に表現する方法が無い状態でした。話には聞いていたはずですが、現地の光景は想像を超えていたのでしょう、ナルブ閣下が村の入り口でしばし呆然と立ち尽くされていた事をよく覚えています。当然のように、寺もそこそこ荒れており、僧正の亡骸を弔って以降は日常のお勤めにも事欠く有様でした。なんでも、清軍が辛亥革命後の撤退の際に略奪の限りをつくしたその結果で、寺の復興に尽力した僧正はご高齢に過労が祟ってみまかられたそうです。
拙僧にとっても、この状況は渡りに船ではありました。ナルブ閣下は統治の立て直しで寺院に関わっている余裕は無く、寺院は僧正の他、上位の僧をことごとく失った状態でありました。
拙僧は、今回の翻訳作業の為もあり、特に西欧の語学に通じている事もあり、入門して間がない僧としては高位の階級を戴いておりましたので、自然に現地の僧たちを指揮する立場になりました。その為もあって目的の『玄君七章秘経』の収められた書庫の目星はすぐにつきましたが、何しろ現地の僧たちにすがられてしまいまして、寺院の立て直しの方策を指南するのに奔走し、ようやく時間の余裕が出来るまでに一月ほど費やしました。
それは、混乱していた寺院の運営が正常に戻り始めた頃の事でした。
拙僧は、
既に山の端に夕陽は落ち、空には明るさは残るもののあたりは真っ暗で、手元の灯油ランプだけが頼りといった按配でした。
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参考までに。ざっくりのこの頃のチベット史(と、
※1903~1904:イギリスのチベット遠征
※1905~辛亥革命まで:中国のチベット侵攻(こっちの方がチベット人の恨みが深い、何もかもを中国式にしようとしたため)※※ダライ・ラマ13世亡命
※1911~1912:辛亥革命
※1913:チベット軍のラサ奪還(ダライ・ラマ13世帰還)
※1921:イギリスがチベットに開発援助の申し出
※1923:パンチェン・ラマ中国に亡命
※1926:英語学校廃止
※1933:ダライ・ラマ13世死去
※1934:テオドール・イリオン、チベットへ出発
※1935:先祖遺産・古代知識の歴史と研究協会発足
※1936:テオドール・イリオン帰還、作品舞台時間
※1937:先祖遺産・古代知識の歴史と研究協会、名称をアーネンエルベに変更
※1938:ナチスのチベット調査隊、隕石その他を持ち帰る
ナチスがチベットから色々持ち帰ったのは'38~39の調査らしいですが、それ以前にも小規模の先遣調査隊が出ていた、という事でよろしくお願いします。
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