今世を君と〜Sideロイド〜


 メレディアに前世という、メレディアになる前の別人としての記憶があることをあの嵐の夜に聞かされた。


 突拍子もない話だが、あぁ……なるほどな、と妙に腑に落ちた部分が多かったのは、彼女の知識の異質さのせいだろう。


 手話にしても。

 冷凍食品にしても。

 農作業の知識についても。


 彼女の知識はおおよそ令嬢が持つようなそれではなく、かといって領主すら持っているようなものでもなく、そう、どこか異質なものだった。

 が、その異質に何度救われてきたか知れない。


 そして彼女の前向きさに。

 強さに。

 何度救われたか……。


 自分ではない人間だった頃の──前世の記憶、か。


 初夜(未遂だが)での寝言が思い出される。


『むにゃ……異世界すろーらいふ、ばんじゃい』


 あの時は変な女の変な言葉だと流していたが、あれは他の世界、つまり前世とは違うこの世界のことを言っていたのかと、ストンと落ちてきた。


 前世では優しい父母と生きてきたのに早くに死んでしまったメレディアは、身体は丈夫に生まれても家族に恵まれずに生きてきた。

 その正反対の境遇に、戸惑い嘆かないはずはなかっただろう。


 両親は自分には無関心。

 妹は自分を見下し、使用人ですら職務を怠慢する。

 その上売られるように結婚した相手は、初夜を行わない宣言をしたり、関わるななど複数の制約を結ばせたり、それどころか結婚式翌日から家を留守にしていたんだよな……。

 愛人疑惑なんてものもあったし……。


 自分がしたことが、胸にぐさりぐさりと容赦なく刺さってくる。


「私はもう、前世の私じゃない。メレディア・ベルゼ。あなたの──妻ですもの。ただお互いに干渉せず、静かに暮らす……ではなく、あなたと一つひとつの出来事を共有して、この世界を楽しみながら暮らしたい」


 あの嵐の夜、そう言ってくれたメレディアに胸が弾んだ。

 メレディア・ベルゼとして、俺の妻として、未来を共にしてくれる。

 こいつならば信じられる。

 母のようにはならない。

 そう確信した。

 俺も、そんな彼女に誠実でいたいと思った。


 お互いに歩み寄り、同じ景色を見て、同じ時間を共有して、関わり合いながら生きていきたいと──。


 そして俺たちは初めて、お互いの意思で口づけをした。

 ──した、はずだが、あれから進展は全くなかった。


 同衾はするが甘い時間というものなどない、いつも通り話をしてからお互い背を向けて寝るというものだし。

 名前もあの時は俺の名前で呼んだはずが、翌日はもう「旦那様」に戻っていた。

 あの時の俺の絶望たるや……。


 だが、この視察で領民の助け舟によって、再び俺の名を呼んでもらうことに成功した。

 あの様子ならば、これからも名前を呼んでくれるだろう。

 あとは、慣れだ。


 これからきっと、少しずつでもお互いに夫婦になっていける。


 俺ももう、逃げはしない。

 関わることを恐れはしない。


 彼女と──メレディアと今世を生きていく。

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