妻のためにできること〜Sideロイド〜
まさかあれの誕生日が3日後だとは……。
そうだな、あれも人なのだから、誕生日ぐらいあるのは当たり前か。
今まで考えもしなかった。
いや、知ろうとすらしなかった。
「私の誕生日はあってないようなものですから」
そう言った彼女の顔は、笑ってはいたが少しだけ寂しそうに見えた。
アルトだけが彼女の誕生日を祝っていたと聞いて、心の中に黒いモヤが広がるのを感じた。
しかもあれが土いじりや出かける際に来ていたワンピースは、アルトからの誕生日プレゼントだと?
思い返してみるとあのワンピース以外の服を着ているのをみたことがない。
ドレスですらバリエーションが乏しいように思えて、俺はマゼラに命じてあれが入浴中、クローゼットを確認させた。
「旦那様のご推察通りでした」
そう報告に来たマゼラは、どこか怒りを感じているように見えた。
「いつものワンピースが1着。ドレスは3着で、どれもよく見れば所々ほつれや痛みが見えます」
その報告に、俺はただただ頭を抱えた。
今まで何を着てもドレスなど気にならなかった。
それは単に興味がなかったからというだけではない。
──彼女の顔だ。
顔が整っている分、ドレスに細かく注視しなかったのだ。
くそっ。
中身はボケっとしたどこかズレた女のくせに……。
俺はすぐに明日仕立て屋を呼び、パーティドレス以外のドレスやワンピースも揃えるよう指示を出した。
「全く……。何で俺がこんな……」
「旦那様?」
俺が独り言ちてすぐに、澄んだ声が俺を呼んだ。
振り返れば、マゼラによってピカピカに磨き上げられ、なぜかげっそりとした妻の姿。
一体何があった。
「お前、老けたか?」
「喧嘩売ってます?」
「あ、いや……すまない」
こいつといると調子が狂う。
だがこんなやりとりも嫌ではないのは、彼女に慣れてきたからなのか。
「初めてあんなにピッカピカに磨かれました。お風呂に浸かっている間だけが私の天国でした……」
その間にマゼラはクローゼットの確認と報告をさせていたのだから、少し忙しくさせてしまったな。
にしても、初めて、か。
仮にも伯爵家の長女が。
「これから毎晩なんだから慣れるだろう」
「ひぃぃ……!!」
「ふっ、頑張れよ」
美しい顔を引き攣らせて後ずさる妻に、思わず笑みが溢れる。
2人流れるようにベッドへと入り、チラリと彼女の方へと視線をむけて、俺は口を開いた。
「おい」
「はい?」
「お前、本当に誕生日パーティは良かったのか?」
「え? はい、頑張るつもりですから」
「違う。お前のだ」
「私の?」
まさか自分のことだと思っていなかったらしい妻は、目を丸くしてパチパチと瞬きして俺を見返した。
自己肯定感低すぎか。
まぁ、実家での扱いを聞けば、それも仕方がないのかもしれないと思う。
「私は別に良いんです。静かに暮らせればそれで」
「静かに、暮らせれば?」
「はい。妹を見ていただいたと思いますが、私はあの声が苦手です。甲高い声で騒ぎ立て、すぐに泣いて、泣けば自分の思うがまま……。父も母も、妹の言うことを聞かないと私を怒鳴りつけます。耳に響く、不協和音……。そんな世界から連れ出してくれた旦那様には、感謝しているのです。だから、ありがとうございます」
眉をしかめてそう自身の心の内を語った後に、彼女は穏やかに俺に笑いかけた。
俺は、感謝されるようなことはしていない。
感謝するのは……俺の方だ。
マゼラから衣服の報告と共にもう一つ報告を受けた。
俺が結婚早々家を留守にした時、レイが入水自殺未遂を図ったのだと。
そしてそれに気づいて沈むレイを追って池に飛び込み引き上げたのは、彼女──メレディアなのだと。
耳が聞こえないことで自分をお荷物だと思い込み死のうとしたレイに、手でコミュニケーションを取る手話という方法を教え、新たな世界に引き入れてくれたのだと。
俺が、結婚してすぐの妻を置いて出張に行っている間に。
彼女は大切な1人の子どもの命を救い、なおかつ生きる意味を見出させたのだ。
俺は、こいつに何ができるのだろう。
そんなことを考えながら「俺が何かをしたわけではない。もう寝ろ」とだけ言って、妻に背を向ける。
そんな無愛想な俺に、彼女は穏やかな声で「はい。おやすみなさい」と答えてから、会話は途切れた。
俺は彼女について考えを巡らせ続け、やがて意識を失うようにして眠りについたのだった。
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