44【修練の演武】

 部屋に修練演武会の招待状が届く。数名の友人もどうぞ、と書かれていた。アレクシスはあらかじめ決めていた四人の名前を記入した。


 そして翌日の放課後、いつものお茶会で友人の二人に話す。

「え~っ。うっそ~~っ!」

 マルギットは驚喜した。大袈裟なほど驚く。期待させては悪いと正式な招待状が来るまで話を待っていたのだ。

「ホント? 本当に?」

「もちろんよ。ロニヤも来てくれるわよね?」

「当然行きます。イケメンオタクでなくとも、女子ならば誰だって興味はあります」

 舞踏会でもあるまいし、男たちが大勢で剣を振る姿などむさ苦しいだけだろう、とアレクシスは思うのであった。

(これって田舎育ちと王都令嬢様の違いよねえ)

「照れちゃうわ~」

「騎士修練ですからね。しっかりと見学させて頂きます」

 二人が喜んでくれるのは何よりだ。


   ◆


 当日、アレクシスはメイドを引き連れ、待ち合せの場所に移動した。王宮修練門の前は広場になっており、貴族たちの馬車が続々と到着している。

 招待客たちは互いに談笑しながら、待ち合わせ相手を待ってた。そんな中にイクセルとパニーラがいた。二人はアレクシスに気が付く。

「久しぶりね。どうしたの?」

「実は――」

 とイクセルは事情を説明する。

「もちろんかまわないわ。気を使わないで。良い話よ」

 魔導具の調整作業が順調の証だ。そちらの方が喜ばしい。そしてこちらを見つけたマルギットとロニヤがやって来た。

「それじゃあまた。お父様とお母様にもよろしく言っておいて……」

 友人たちと合流し、来客門に立つ騎士に招待状を見せ、アレクシスたちは中へと入る。例の二人にはアレクシスの特別枠、ということで王宮から直接招待状が送られていた。

 マルギットとロニヤの二人は王宮などめったに入らないので、キョロキョロと周囲を見回している。三人は素晴らしい庭の景色を楽しみながら小道を歩いた。

 アレクシスは王宮の外廊下を歩く令嬢の姿に気がつく。

「ちょっと挨拶してくるから先に行ってて」

 そう言って、その令嬢に駆け寄る。胸を張り背筋を伸ばして歩く、堂々たるその姿は王宮の華麗な装束によく似合っていた。フェイダール・カトリーナ嬢の存在感はどこにいても一番である。

「いらしてたのですか?」

「もう、帰るとこですわ。聞きました。夢の中ではずいぶん苦労されたそうですね」

 フェイ一族であれば、王都防衛に関わる事件について知らされていて当然だ。

「はい、危ういところを、仮面の令嬢様に助けていただきました」

「そう、それはよかったわ。それじゃあね」

「本日は出席されないのですか?」

「ええ、もう何度も見ているしね。退屈よ」

 アレクシスはカトリーナのいつもの仕事を奪ってしまったのだと思った。

「今日の用事はもう終わったのよ」

 それだけ言って長い廊下を去って行った。アレクシスはその後ろ姿を仮面の令嬢に重ねる。


 王宮の庭の一角に仮設の椅子が並べられた。特に婚約者席などはなかったが、アレクシスは最前列で友人二人も隣に座る。

 その眼前には数十人の若き騎士見習いたちが居並ぶ。それも皆、上半身裸でだ。大勢で剣舞を見せる。

(なーるほど……)

 マルギット驚喜の理由わけである。地方出身のアレクシスはこのネタを知らなかった。

 アレクシスにとっては男たちの上半身など、ファールンで子供の頃から見慣れた光景でもある。田舎とはマナーや様式美などに無頓着で、それは演武などの特別ではなく日常であった。

 ただもう年頃の女子としては、なんとも言えない圧力を感じる。王都では半裸で剣を振るなど、珍しいのかもしれない。いや。珍しいのだろう。

 マルギットの目はランランと輝き、ロニヤはあえて頑張って見るように顔を上げていた。

 そしてアレクシスは恥ずかしさに、顔を赤らめて下を向く。王宮での顔見知りはいつも正装であり、今の姿とギャップに照れてしまうからだ。気持ちは子供の頃のノリでも、感情はいかんともしがたい。何よりマティアスがいる。剣を振るうたびに、複雑に入り組んだ筋肉が跳ねる。野暮ったさはなく、一糸乱れずに大勢が剣を振る姿は洗練されていた。躍動する筋肉の群れと飛び散る汗。田舎村での修練とは確かに違う。

 来賓は家族や仲間、それに婚約者とその友人たちである。今日は王国のために修練する者たちの、ハレの日である。こんな催しなら悪くはない。

 何より女子たちは、この剣を振る獰猛なる群を楽しんでいる。愛する家族を守る為の剣がそこにはあった。


 演武が終り、アレクシスは陣幕の中へと行かなければならない。他の者と客たちは軽食や飲み物などが用意されているテーブルに向かった。演武者と観客同士、立食形式で歓談などするのだ。

「ねえねえ、私たちも行ってもいいかな?」

「もちろん。正式な招待者ですから」

「でも、知り合いもいないしねえ……」

「そうだ! アレクシスの友達だってマティアス様に――、いい?」

 アレクシスは当人をチラリと見る。あのたくましい胸板に圧倒される役は、悔しいが友人に譲るとしよう、とあきらめの境地に至る。

「かまわないわよ。楽しんできて」

(はーーっ……)

 心の中でため息をついた。二人は会場に向かい、アレクシスの傍らには王室付侍女バーバラがやって来る。

「準備が整いました。こちらです」

「分かりました」

 アレクシスにとっては、これからが本番である。

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