41【令嬢たちの始動】

 イクセルはファールンのメンバーに相談し、もちろんリンドブロム商会にも確認した。許可は簡単に下りた。

 指定された日時にイクセルとお目付役のパニーラは、セッテルンド家の屋敷を訪ねる。裏門で用件を伝えて待つと、あの夜現場に居合わせたメイドが現れた。二人は案内され地下へと向かう。

「ここでお嬢様が来るまでお待ちください。中の物を見ても構いませんが、絶対に手を触れないように。それでは――」

 部屋の中央には人の木形が置かれ、そこには漆黒の鎧が装着されている。そして壁の棚には様々な調整用の道具や資料が並んでいた。イクセルは口を開けて周囲を見回す。

「すごいや……」

「私には何が凄いか分からないけどね」

 主役の令嬢とさっきのメイドがやって来た。セッテルンド・デシレアはいつにもまして不機嫌そうだ。公衆の面前で一敗地にまみれ、上機嫌でもあるまい。

「ごきげんよう」

「どうも」

「取り扱いの説明記録は代々家に残っていたのだけど、読んでもいまひとつ理解できない部分が多いの。あなたにはそれを読み解いて欲しいのよ」

 そう言ってイクセルをジロリと睨む。

「記録があるのは助かります」

「棚に並んでいるから勝手に見てちょうだい」

「とりあえず僕なりに調べてみます。それから実際に装着してみて調整をかけます。大雑把な手順としてはそんなものですね」

「そう、明日から学院に復帰するけど、私が来れるのはその後ね。構わないかしら?」

「それで結構です。調整して試して、また調整をしながら最適な位置を特定しますので。あのー……」

「何?」

「僕らリンドブロム商会の者なんですけどかまわないのですか?」

「強者なら構わないわ。弱い味方より信頼できるから。それじゃあよろしく」

 それだけ言って怒りの令嬢はメイドと共に去って行った。

「どう?」

「やるだけやってみるさ……」


  ◆


 休日の昼下がり、アレクシスはヴィクトルから呼び出しを受けた。メイドに付き添われ王太子の部屋へと向かう。

「お呼びですか? 殿下」

「そろそろ退屈しているいるのではないかと思ってな。ちょっと付き合え」

「なんなりと、どこへでも。殿下」

 ヴィクトルは広い廊下の真ん中を大股で進んだ。気がついた者たちは脇により一礼する。アレクシスは三歩ほど下がり静かに付き従った。ただし少々早歩きふうになってしまう。

(今日はどんな御用かしら……)

 先日の出来事が頭をよぎる。自然体に務めながら心の中で身構えた。ヴィクトルは足を止める。

 その重厚な二枚扉の前には机が置かれ、一人の若い衛兵が書類を睨んでいた。こちらに気が付き、慌てて立ち上がり直立不動の姿勢をとる。

 ヴィクトルは懐から折りたたまれた書類を差し出し、衛兵は無言で受け取り目を走らせた。

「どうぞ」

「うむ……」

 衛兵により解錠され、そしてヴィクトルは魔力を使い二重の錠をさらに解除する。扉は重々しく開かれた。二人が入室すると、きしみをかすかに響かせ再び閉じる。

「この部屋は?」

「見てのとおり武器庫だ。ただし正式な名称は王族の私物倉庫となるが」

 広い部屋には様々な武器、武具、そして戦闘装束などが並んでいた。王族と共に数々の戦乱をくぐり抜けてきた本物だ。

「凄いです……」

 ある鎧は王族らしい気品や豪奢さを漂わせている。別の鎧はまるで山中の蛮族のようであった。金属と厚い皮で無骨に仕立てられ、そして獣の骨などがあしらわれている。

 大小の剣や槍、盾に弓矢など武器も多彩だ。一部からは、ありあまるような魔力が感じられる。

「そのまま使えるものもあるが、魔導コアが機能停止し魔力が枯渇しているものもある。意味が分かるか?」

「次のあるじを待っているのですね」

「そのとおりだよ。先日そなたが身に付けた国宝と同じだな」

「……」

 話しながら進むヴィクトルの後ろをアレクシスは追った。一つ一つゆっくりと見てみたいが、その時間はもらえないのだと悟る。

「これは……」

 その一角には女性が使用していたと思われる魔導具が並んでいた。

「これを使ってみろ。プレゼント、とはいかないな。しばし貸与する」

 ヴィクトルは壁に掛けられているアイマスクを取った。そしてアレクシスに差し出す。

 手にとると眠っていたマスクが、まるで動いたように感じた。

「やはりな。相性は良いようだ。しばらく使い、自分に合うように調整してみろ」

「私にそこまでできるでしょうか?」

「意識する必要はない。思いのままに使ってみればよい。そなたならできるのかもしれん」

 これは仮面令嬢が使う顔全面形とは違う魔導具の仮面だ。

「分かりました」

「先だって、そなたの魔力波長は確かめたからな。使いこなせよう」

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