36【聖女の国宝】
ついにアレクシス専用ドレスが仮縫いの状態であるが完成し、また着せ替え人形の時間が来てしまった。アレクシスはあきらめの境地で開き直る。もうかなり慣れてしまっていた。
姿を見られるのはバーバラと手伝いの娘さんメイドが一人と、衣裳担当のベテランメイドが一人だ。本日の鑑賞者は三人。
(ええっ!)
いきなり、とんでもない状況を発見してしまう。着替えが用意されたワゴンにはアレクシス仕様の上の下着に、その隣には下用が並んでいるのだ。
(聞いてませんよ。ここまで着せ替えですかあ~?)
「全て王室御用達で仕上げるのがしきたりなのですよ。これは伝統です」
アレクシスの表情に気が付いたバーバラが事情を説明した。そう言われれば逆らいようがない。これは王室行事用の衣装なのだ。
「ご心配なく。
「えーと……」
(それ? どれ? それ用とはいったい……???)
どうやら
バーバラは手際よく脱衣作業を開始した。アレクシスからはぎ取っては娘メイドに渡す。
(あっ!)
という間に下も降ろされる。恥じらう間もない。
続いて、てきぱきと装備品が付けられ全裸を味わう暇もなかった。ドレスは淡い空色に雲のような濃淡が付く。まだ仮縫いの状態だ。
アレクシスは着席し、銀髪はバーバラが一本に編み込み背中側に流される。オレンジ色の花の装飾があしらわれた。
(いいわっ。これは空に太陽――。いえ。太陽のような花ね)
続いて本日の主役の登場だ。退出したバーバラはすぐ戻り、両手で持つ赤いビロード張りの箱を娘メイドに渡す。
「どうぞご覧くださいな。このための胸元なのですよ」
娘メイドが持つ長方形の箱をバーバラが開けると、国宝が姿を現した。それは大小いくつもの台座をつなぎ合わせた大ぶりのネックレスだ。金と銀に彩られた網形状に、点在する透明な金色はゴールデンダイヤモンド。
そしてそれは大きく開いたアレクシスの胸に移動された。胸元全体を覆うように金色がキラキラ光る。
「これほど映える胸は、最初にこれをまとった御方以来ではないでしょうか。やはり完璧な台座ですね」
最下方の頂点に下がる黄金色の大々宝石が、まるで定位置のように深い谷間に収まる。
(やっぱり私は、ただの台座役なのですね……)
お着替室から出ると左右に衛兵が二人立ち無言の圧力を加える。国宝の護衛役だ。
アレクシスを先頭にメイドと衛兵計五名が列を作り、ヘイデンスタム・ヴィクトル殿下が待つ応接の間へと向かった。
◆
「素晴らしいな。思った以上だよ!」
アレクシスを見るなりヴィクトルは弾かれたように立ち上がる。表情が本心からの発言だと物語っていた。
「こっちに来い」
扉の閉まる音に振り返るとバーバラが退出したあとであった。アレクシスの体は力が抜ける感覚に襲われる。ふらふらとヴィクトルに吸い寄せられた。
「座れ」
「はい……」
言われるままにソファーに身を沈め、ヴィクトルもまた体を密着させるように座った。アレクシスは体を固くして身構える。
「どうだ?」
「身に余ります。なんだかおかしい……」
「それは魔導具だよ。そなたの魔力に反応しているのだ。どんな感じだ?」
「芯がうずきます。暴れだすような、静かになろうとしているような……」
ヴィクトルは右手をアレクシスの胸元に滑り込ませて、国宝のネックレスを手のひらに乗せた。ふくらみの弾力が押され、アレクシスはヴィクトルの熱さを少しだけ感じる。
思わず身をよじるがドレスは彼縫いだと思い出しやめた。あまり体を動かすと、糸がほつれて半裸状態に追い込まれてしまう。
「殿下……」
「見ろ。聖女の胸元で輝いていた宝石だよ」
「!」
この名品を最初にまとった人物。戦乱の王国がその
(これは聖女様用に制作された魔導装飾品なの!?)
「ホーエンリンデン。あの時、たった一人で戦場を支配する者がいた。それが聖女だ。これを付けるにふさわしい力を持つ女性。それがお前だ」
ヴィクトルはさらに体を寄せ、胸元をのぞき込む。二人はより密着し、アレクシスの顔がカッと熱くなった。羞恥からだけではない。魔力が反応しているのだ。
(これは殿下の魔力……)
「そうでなければ、たかだか数千の兵力が万の軍勢を打ち負かすものか。この国には聖女の力が必要なのだよ」
そしてあの日のようにささやく。
「分かってくれないか?」
耳元に吐息がかかりアレクシスはゾクリとした。体がピリピリとして力が抜ける。
(聞いたことがあるわ。これが王のスキル……)
意識がぼんやりとして、再び体が熱くなり始めた。アレクシスは反撃を試みる。
「ほっ、本日はそれ用ではございませんので……」
「? ああ、伝統など破壊する存在にしかすぎんよ。もう邪魔は入らん」
男の戯言もここまでだ。アレクシスは体内の魔力を循環させ、対抗スキルを発動させる。敵は幻惑を使う魔獣だ。
(不敬ではありますが、しっ、仕方なしっ!)
ヴィクトルはすかさず察し動きを止める。
「ん? つまらん。私のスキルは人を操る、
そして胸元から手を外し立ち上がる。シラケた顔でアレクシスを見下ろした。
「ただ、そのアンチスキルは効果があった。そなたのほんの少しの不快さが私に流れ込んできたわ。やはり聖女の力と言っておこうか」
「聖女……、まさか。わたくしがです――か?」
「ふふ。どうかな? 八年前にイェムトランド地域で
「それは地元の貴族と冒険者たちが掃討したのです」
「真実ではあるな。しかしあれだけの広範囲だ。烏合の衆がどう掃討したのか疑問だな」
「地方の冒険者とて戦えます。王都に勝るとも劣らない力を持つ者が大勢おりますわ」
「ならば五年前に出現した特A魔獣の討伐はどうだ?」
「あれはB級程度と聞いております」
「違うな。偵察隊が間違いなく特Aと確認した。そして目撃したのだよ――」
「……」
王都は長きにわたりイェムトランド地域を監視していた。そうでなければあの秘密作戦の概要が漏れるはずない。
リンドブロム家の当主、アレクシスの父親や最強ファールンにしてもまったく察していなかった完璧な諜報が続いていたのだ。
「――大勢の冒険者たちが一糸乱れぬ機動でその魔獣をいたぶっている姿を。その中心には銀髪の少女が二人いたらしい」
「!」
(そこまで知られていたなんて!)
剣をふるう冒険者たちが高速で交差するたびに魔獣の表皮は切り裂かれ魔の血肉が飛び散る――。
「それがお前だ。この華奢な体の奥にうずく聖女の力が、広範囲の魔力を
――そこに魔力弾が的確に打ち込まれ、倒れることさえ許されない魔獣の体は削られ霧散した。
「数十名が一体となり、特Aを凌駕する戦闘力を手に入れた。その
「私だけの力では……」
「いや。そなたこそが【
戦場の支配者【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます