【強制婚約宣言。低級最強令嬢は恋愛を拗らせたい】~王太子から婚約者候補に指名されました。けれど私の愛する人は殿下の護衛。初恋の人にイケイケで迫ってみます~
川嶋マサヒロ
01【始まりの宴】
「はあ……」
会場の片隅で一人、リンドブロム・アレクシス嬢はため息をつく。魔法の光り輝く豪奢なシャンデリアが、はしゃぐ者たちを華やかに照らしていた。室内には王宮の管弦楽団が奏でる音色が流れている。
空間には招待された客たちの談笑する声が重なり満ち溢れ、テーブルを埋め尽くすように可憐な料理とスイーツが並び、給仕が様々な高級茶を提供したいる。客たちはまるで花々を渡り歩く蝶のように、テーブルからテーブルへと移動しこのパーティーを楽しんでいた。
そして、この会場には四つの大輪が咲き誇り、周囲には客たちの輪ができている。
「はあ……」
全てが場違いだった。低級貴族と揶揄されている令嬢は、もう何度目かのため息を再びつく。
リンドブロム家は地方に領地を持ち、この王都では低い地位とみられている。
並み居る高級貴族の子弟の中にあって、アレクシスは息がつまる思いをしていた。広々とした会場の隅っこ席に目立たないように座り、伏し目がちに周囲を見回している。
輝く銀髪は腰まで長く、ほっそりとした体つきは
着ているドレスは立場をわきまえており地味めである。目の前の紳士淑女らは、ここぞとばかりに着飾っていた。
皆に比べて自分の姿はみすぼらしいなと、今度はため息を飲み込む。
長き戦乱の世において、いち早く国を平定し他国を押し返したヴェルムランド王国は、平和こそが富国であると大陸中に知らしめた。二百年の歳月が流れ、今眼前で繰り広げられている光景もまた、平和と富国の実証であり、歴史の一瞬である。
低級と揶揄される貴族の令嬢は、そんな光景を眺めつつ豪華な食事に興じ今を楽しもうとしていた。
脇役として。
「美味しそうな料理ばかりで、目移りしちゃうわ~。さすが殿下主催の宴ね」
親友のマルギットが、料理が盛られた皿を二つ持ちアレクシスに寄る。
「ずいぶん採ってきたのねえ?」
「スイーツも素晴らしいわ。こっちを早く片付けましょう」
「太っちゃうわよ」
「今夜だけは別と決めたわ。せっかく来たんだから楽しみましょうよ!」
マルギットは持ち前の性格で屈託ない笑顔を見せるが、アレクシスもまた持ち前の性格で素直に楽しめないでいた。
「でもねえ……」
切っ掛けはリンドブロム家に届いた招待状である。アレクシスと友人若干名とあった。
首を捻るアレクシスに父は「そんなこともある。行ってこい」と言ったのだ。
ただ気乗りはしなかった。やはり場違いだったと思う。
それになぜ自分に招待状が届くのか? との疑念は今も解消されないままだ。
「凄いお茶ばかりで驚いてしまいます。この際ですからたくさん頂きましょう」
もう一人やって来たのは、同じく親友のロニヤだ。持っているトレーにはカップが六つも乗っていた。高級茶葉の名品が微香を漂わす。
三人共に、王都のヴェルム王立学院に通う十六歳であった。
ここは王太子の婚約者を目指す、四人の令嬢のお披露目パーティーである。ヴェルムランド王国の中心、王宮に隣接する迎賓の館で行われている定期的な行事だ。
招待客はどの令嬢が将来の王妃にふさわしいかと、興味と羨望の眼差しを四人に送っている。
アレクシスたち三人は、そんなことはお構いなしに料理を食べ、スイーツの上品な甘味を楽しんでいた。
婚約者候補の四人も同じ学院の令嬢だが、アレクシスたちとは天と地ほど立場が違う高級令嬢たちだ。だからこそ今この場の主役、婚約者候補として華やいでいるといえた。やけ食いで対抗するしかないと、アレクシスはやけくそ気味にケーキのクリームをたっぷりとすくったスプーンを口に運ぶのだ。
(上品な味だわ。素材も素晴らしいけどパティシエの腕も素晴らしいわ……)
今更後悔しても始まらないと頭を切り替える。こんな席に招待されたのならば、低級貴族なりに楽しまなければと王宮料理師たちの仕事を味わう。
宴たけなわとなり、楽団は
「来たわっ!」
「キャ~……」
ロニヤとマルギットは、しばしスイーツから気持ちが離れた。いよいよ今夜の主役、ヘイデンスタム・ヴィクトル王太子その人が入場すのだ。王宮従者がうやうやしく上座の二枚扉を引くと、少しウエーブがかかった金髪がさらりと額で揺れる、涼やかな碧眼が会場を見渡す。
身分にふさわしい華麗な装いの胸元には王家の紋章。それはこの十八歳の若者が背負っている運命であった。
同じ学院の男子ではあるが、会話をしたことなどは当然なくい。しかしその姿を見ればアレクシスとて胸がときめく。
この国の年頃の女子であれば、全員がそうであろう。
「やっぱり殿下はステキね~。この王国一番のイケメンよ!」
「同じ学院に通っているけど、ほとんどお目にかかれないしアレクシスのおかげね」
男子と女子生徒は校舎も違うので、アレクシスたちが会うことなど滅多にないのだ。
マルギットとロニヤが素直に喜んでくれ、アレクシスも今夜はこれで良かったと思った。
「あっ……」
続けて入る従者たちの姿に、アレクシスは小さな声を上げる。ケーキと格闘していた手が止まった。
(まさか、この場にやって来るなんて……)
そして頭の中からはスイーツが消える。
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