第五話 決意

 ノルド大公国某所。

 そこはスラムの奥地、半壊した教会の地下の一室である。

 紫の縁取りのある黒いフード付きローブを被った男たちが数名集まっていた。

 石造りの建物の地下のため窓はなく薄暗いなかテーブルの中央に置かれた燭台に灯る蝋燭の弱々しい明かりだけが照らす。部屋の中は荒れ果てており、中央に置かれたテーブルと椅子だけが少々異質な新しさを主張している。

 壁には崩れた書棚があり、古ぼけた祭壇らしきものと首のない聖者の像が立っている。


 「我らの悲願達成の為にも御子の確保は絶対だ。その後の情報はどっなっておる?」

 その中でも上座に座る男がしわがれた声を発する。

 「十五年前からタリオンに埋伏させてある手の者の報告により、御子は未だ失われてはいないとわかっております」

 別の男の若い声が答える。


 「そのようなことはわかっておる。エルフどもの中におられては手出しができぬ。動きはないのか?と聞いておるのだ」

 上座の男が苛立ったように重ねて問いかける。

 「つい最近、新しい情報があります。御子が数日タリオンへ現れ十五年前の事をあれこれ調べ回っていたらしいです」

 別の中年らしい男の声が答える。


 「接触はしたのか?」

 「フラドリン=チェフィーナの手の者が常に同行しておりましたので接触はできておりません」


 「虚無神ネアントの降臨にはどうしても御子が必要だ。なんとしても確保しなければならぬのはわかっておろうな?」

 「神の名を口にするなど!教主といえど憚られよ!」

 上座の男の右に座る男が叱責する。

 「すまぬ。だが十五年だ。あれから十五年足取りが掴めなかったのだ!御子が失われてしまわぬうちになんとかしなければならぬ。タリオンとスカニアへの監視を強め……そしてなんとしても御子の動向を探り出さねばならぬ」

 「わかっておるとも」


 「ダークエルフどもは何も情報をもってこないのか?」

 「かの御子は六属性に適正があるとか」

 「「おぉ!すばらしい!」」


 「皆の者、くれぐれも露見しないようにな。そしてなんとしても御子を確保するのだ。神の神名(みな)の元に」

 「「神の神名の元に」」

 そうして、彼らは一人、また一人と姿を消していった。


◆◆◆◆◆


 タリオン訪問から一ヶ月後。

 行くときには初夏だったが今はニテアス周辺も夏まっさかりである。

 そんな中リンはいつも通りの生活を送っていた。

 午前中は養母のミゼルと勉強をし、午後からは養父フィンの工房を手伝ったり精霊魔法の練習をしたり、散歩をしたりだ。

 ただ、リンの表情から笑顔が少なくなったのは家族皆が感じていた。

 家にいるときも自室にこもっていることが増えたように思われる。


 そんなある日の午後。狩りに出ていなかったカレンが家の前でリンを呼び止めた。

 「ねぇ、リン。お姉ちゃんとお散歩行こうか」

 「……」

 声を掛けられたリンがカレンをじっと見ると黙って頷いた。

 今日のカレンは猟に出ないためラフなワンピースを着ている。


 夏の日差しの中、カレンは機嫌良さそうにリンの手を取って西門へ向かっていく。

 リンがそんなカレンをじっと見つめており、カレンもその視線を感じてはいるが意図的に無視して歩いている。

 会話のないままいつもの河畔に着いた。

 川を渡ってくる風が気持ち良い。

 木陰に入って腰をおろすとカレンがリンの顔を両手で挟んで顔を向けさせると目をあわせる。


 「最近、何を考え込んでるのかな?お姉ちゃんに言ってごらん」

 カレンがずばりと切り込むとリンが視線をそらす。

 「ほらこっちむいて。リンが何か悩んでる事はみんなわかってるの。でも言ってくれないとわからないんだよ」

 カレンがそう言葉を重ねる。

 「……」

 リンの唇が何かいいかけては閉じる事を繰り返す。

 「大丈夫よ」

 両の頬を押さえていたカレンの右手が離れリンの頭を優しくなでていくと、硬く閉ざされていたリンの唇が緩みぽつぽつと話だした。


 「あのね……タリオンへ行ってね……」

 「僕は、その……いままで自分でしっかり考えて行動してこなかったなぁって……」

 「それでね。それで思ったんだ……お父さんお母さんが殺されちゃったのは僕のせいなんじゃないかって……」

 「そんな!そんなことない!リンのせいなんかじゃないよ」

 カレンが強く否定する。


 「そう考えるとね……僕はなんなんだろう?…なんの為に生まれてきたんだろう?ってね。ずっと考えてたんだ」

 「リンは一人でずっと苦しんでいたんだね」

 カレンの頬を涙が流れ落ち、正面から強くリンを抱きしめ頭をなで続けた。


 「だからね……僕は知らなきゃならないと思ったんだ……どうして僕が狙われたのかっていうことを」

 「どうしてお父さんとお母さんは死ななきゃいけなかったのかってことを……」

 「でも、どうやって……」

 カレンの手が止まる。


 「わからない。けど公国に……ウサマイラノールに行けば何かわかるんじゃないか?って思うんだ」

 「あては……ないわよね?」

 カレンの問にリンはだまって頷く。


 リンは赤ん坊のときから殆どの時間をニテアスで過ごしている。出たのはテライオンとタリオンに行ったときくらいなのだから、エルウェラウタの外に伝手があるわけがなかった。それはカレンも知っている事だから当然の答えといえる。


 「リン。それはやっぱりお父さんに相談してみる事じゃないかな?」

 「そうだね。僕一人じゃ何もできない。お姉ちゃんに話をして良かった」

 久しぶりにリンの屈託のない笑顔を見てカレンも満足そうだ。


◆◆◆◆◆


 その日の夕食後。

 最近部屋にこもり気味だったリンが珍しく食卓に残りフィンゴネルに昼間カレンと話をしたことを説明した。

 それを聞いたフィンもミゼルも難しい顔をして考え込む。

 「んー……。公国へ行くと行ってもなぁ。リンは人族の言葉もわからないだろう?」

 「あっ。そういえばタリオンで全くわからなかった……」

 「うん。行くにしてもまずは言葉をなんとかしないといけないよなぁ」

 「あなた。わたしはリン一人でなんて心配だわ」

 「もし、リンが行く時にはわたしも一緒にいくわよ。リンを一人で行かせるなんてわたしも反対よ」

 ミゼルの心配を他所にカレンが胸を張って宣言する。


 「人族の国に行くならカレンだって心配だわ」

 「この話は少しあずからせてくれないか?今日のところは二人共もう寝なさい」


◆◆◆◆◆

 リンとカレンが部屋に戻った後、フィンとミゼルは食卓に残り話をしていた。

 テーブルの上にはミゼルの前に蜂蜜酒、フィンの前には麦酒。あと少々のつまみが置いてある。


 「ミゼル。俺の兄貴がスカニアに居るの覚えてるか?」

 「……確か……魔道具職人やりながら錬金術をやってる……アラルフィンね?」

 少し考えてからミゼリエラが思い出したようだ。


 「そうだ。半人前だがリンも俺のところで勉強してたんだ。しばらく兄貴のところに預けて見るのはどうだろうか?あそこなら人族の言葉も一緒に勉強できるだろう」

 一気に言い切るとフィンがぐいっと麦酒を呷り大きく息を吐き出した。


 「そうねぇ……。スカニアならカレンも人族に慣れる事ができるわね」

 併せるようにミゼルも蜂蜜酒に口をつける。

 「そうだな。あの子はあぁみえて意外と芯の強い子だ 。リンの思う事もわかるしできるだけ力になってやらないとならないと思ってるんだ。」

 フィンは既に前向きの結論を出しているようだ。

 「でもスカニアは中継地点もないし遠いわよ」

 「そこは取引のある商人に頼んで同行させてもらう。それを条件にしないと山越えもあるしさすがに危ないだろう」

 「そうね。それなら護衛もいるし安心だわ」


 ニテアスからスカニアは八十一・五ヒルファロス(約五百三十六キロメートル)、ドレギレナを経由してその先から街道を北北東に折れ、龍尾山脈を横断していくことになる。ドレギレナの先はスカニアのすぐ手前にあるセラリまで中継地点が全くない山の中を進むことになる為、徒歩だと二十日、馬車でも上り下りが多く馬を多く休ませなければならないので同じ程度の日数がかかる道のりだ。


 この行程を二人だけで徒歩で行かせるのはさすがに戸惑われる。そこでフィンの工房と取引のある商人の馬車に同行させてもらってスカニアまで向かうなら。と、いうことなのだ。


 そこまで話が進んで、心配するミゼルを納得させることができたフィンはつまみを口にいれしばらく咀嚼した後に麦酒を飲み干す。

 ミゼルが麦酒を注ぎ足し、二人はしばらく雑談を交わした後に就寝した。


 翌朝、朝食が終わった後にリンとカレンがミゼルに呼び止められテーブルに座り直した。そこで昨夜フィンと話し合った内容を話される。

 「つまり、私たちはしばらくスカニアの伯父さんの元に行くことで仕事やノルド国の言葉を覚え、人族との接し方に慣れる必要があるって言うことなんだね」

 ミゼルの説明をカレンがざっくりと纏める。

 「そうよ。それで、行くときはお父さんが商隊を手配してくれるのでその人達といっしょにいくの。それなら護衛もあるし私達も安心だわ」

 ミゼルが商隊と一緒に行くというところを繰り返す。


 「いつ頃その商隊がでるの?」

 「リン、それは昨日の今日だからまだわからないわ。これからお父さんが手配してくれるからしばらくはいつもどおりに過ごすのよ」

 「はーい」

 話が終わると、カレンは猟の待ち合わせに遅れるからと慌てて出かけて行く。リンはいつもどおりミゼルとお勉強の時間だ。

 ここしばらくリンはミゼルと一緒に精霊魔法の練習を繰り返している。六属性に適正のあるリンだが、いっきに全部はできないのでどの属性でも使用できる基礎魔法、結界魔法、それと大精霊がついてる水魔法を中心に勉強を進めていた。


 「詠唱はひとことずつはっきりと発音するのよ。水属性はインジョヴァンがいるからまだいいけれど、他の属性の精霊は意思もなにもないからしっかりとこちらのイメージを伝えないといけないの。インジョヴァンだってそのほうが分かりやすいから魔法の効率がよくなるのよ」

 ミゼルの言葉に横に立つインジョヴァンも頷いている。

 なぜかエフイルも一緒になって頷いている。


 リンはミゼルの指導の元、なんども詠唱をしては魔法を使うことを繰り返していた。


 魔術と精霊魔法について。

 魔術とは魔法を源流とし人族が扱えるように簡略化された技術体系だ。自然界に存在する魔素に体内魔素(魔力)を放出しその波長を共鳴させることで現象を引き起こすことができる。火・水・風・土の四属性それぞれが光と闇という性質を持つ。光の性質は防御・回復・ブーストなどの特徴があり、闇の性質は破壊・弱体化・毒などの特徴を持っている。

術者は四属性及び光か闇の性質の八種類のいずれかを習得し光か闇のどちらかになる。


 それに対して精霊魔法は契約した精霊が自然界の魔素を操作して現象を引き起こす技術であり、契約した精霊により属性が決まる。精霊魔法には光・闇の性質がない。つまりどちらも同じ様に扱える。イメージを伝えることが難しいが使いこなせば魔法よりも応用が効く。また、魔法よりも高威力・広範囲に影響を及ぼす、つまり大味なところがある。

 精霊との契約には術者の魔力の一部を常時精霊が占有し、精霊の力のつよさによって占有量が増減する。そのため、魔法よりも術者の魔力量を必要とし、精霊との相性もあるがそもそもの魔力量の問題で人族で扱える者はかなり稀である。


 そのため、水の大精霊インジョヴァン、更に他の五属性の精霊と契約し、魔法を何度も使うことができているリンの魔力量は一般的なエルフから見てもかなり多い方だと言えるのだった。普通、光と闇の精霊は単独で術者と契約することはなく、他の属性の精霊を補助する立場にあるがリンの場合はかなり特殊な事例である。




ーーー


人族の国へ行って、なぜ両親が死ななければならなかったのか?

なぜ自分が狙われたのかを知らなければと

悩んだ末にリンが決意しました。


今回の登場人物のまとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・フィンゴネル フィン ニテアスの職人親方

・ミゼリエラ ミゼル フィンゴネルの妻

・エフイル 妖精王の娘、白い子猫

・インジョヴァン 湖水の女王、水の大精霊、リンと契約している

ーーー

・アラルフィン スカニアに住むフィンゴネルの兄、魔道具職人、錬金術師

ーーー

・???(名前はまだ出てきていない) 虚無神ネアントを崇める邪教の教主、ノルド大公国の取りまとめ

・若い声の男、中年の声の男、教主の隣の男 虚無神ネアントを崇める邪教の司教

・ネアント 虚無を司る原初の神


次回、第六話 スカニア①

2023/4/15 18:00 更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る