第七話 神樹の祝福 ②
カレンが部屋に戻ってみると、リンとエフイルが仲良くお話をしていた。
(えっ!!!エフイルとお話???)
それを見てカレンがしばし固まる。
深呼吸をしてもう一度よーく目を凝らし、耳をそばだてて見る。
「にゃあ、にゃあ」
(あの時、リンを呼んだのはわたしだったんだよ)
ものすごく不自然な二重音声のように声が聞こえてくる。
「あの時の呼び声って誰だろう?って思ってたんだー」
「にゃあー」
(リンは気づいてなかったのか)
「うん。わかんなかったよ」
「にゃにゃにゃ」
(はっはっはー)
(猫に見えるようにって約束を守ってるってことなのか?それにしてもすごく不自然だな。これはこれで慣れないとならないってことか…)
「リンー、エフイルー。ただいま。いい子にしてた?」
カレンの声でリンがパッと顔をあげる
「おねえちゃん、おかえりなさい!うん、エフイルとお話ししてたよ」
「そうなんだ。エフイルはお話もできるんだねー」
(この子はほんとうになぜついてくることになったんだろう?)
エフイルがついてくることになった時の状況を思い出しても、カレンには不思議でならない。なぜあんなにすんなりと認めてしまったのか?
(今考えてもわからないものはわからないわ。様子を見るしかないわよね。それしかできないなんて…なんて無力なのかしら)
「ねぇ、おねえちゃん、どうしたの?」
一人考えに沈んでいるとリンが気遣わし気に声をかけてきた。
「んーん。なんでもないのよ。それよりもお昼にしよっか」
カレンは帰りに紹介された猟師から分けてもらってきた鶏肉と持ち込んだ野菜で簡単なスープを作ることにした。
お湯を沸かしながら、じゃがいもとニンジンは皮をむいて適度な大きさに切り分けていく。鶏肉は骨から肉を削ぎ落としていく。一部はエフイルの分だ。
お湯が湧いたら具材と骨を入れて十五分ほど煮ながら丁寧に灰汁を取っていく。
最後に塩と野草を加えて味を整えたら出来上がりだ。
出先ということもあり簡単な料理ではあるが十分に滋養が取れるようにという、カレンの優しい気遣いがにじみでているようなスープである。
小皿に取り分けた鶏肉を載せて床に置き、椀にスープをよそってテーブルに並べていく。机の中央には黒パンがいくつか籠に入れられて置かれている。
質素ながらも暖かな昼食の時間が過ぎて行った。
◆◆◆◆◆
一方でその頃、イミリエンは神樹の森の中にある祈りの方陣で女王フィラ=ウィサネイロスと会っていた。話題はもちろんリンの事である。
そこは普段からフィラ=ウィサネイロスが神樹への祈りを捧げる場所であり、森の中に小さな空き地がありそこに複雑な方陣が描かれた場所である。
「で、大精霊が四人とも現れたというのはまことか?」
「保護者のカレナリエルがその様に申していたのでその通りなのかと存じます」
「さようであるか。そのような事は真君以来なかったこと」
「巫女様、真君とは?」
「そうか。イミリエンは知らなんだか」
「はい。不勉強でもうしわけございません」
「よい。その件を知っている者はもうほとんどおらぬのじゃ」
「さようでございますか」
「真君とはな、一言で言ってしまえば魔法が使える人間の祖にあたるのぅ。今から十万年以上も昔の事になる。非常に珍しい事であるがエルフとダークエルフの間に子が出来たのじゃ。」
「エルフとダークエルフ…ですか」
「その子供が成長して人間のと間に子を成した。三種族の混血だのぅ。この者が後の真君となったものじゃな。」
「その様な事が…」
「かつて人間という種族は魔法がつかえなかったのじゃが、この真君とその子孫達の中にマナとの親和性が高く魔法が扱える様になった者が生まれるようになったのじゃ。人間たちはその事を認めないし、伝わってもおらぬじゃろうがな」
「それがなぜあの少年に?」
「さてのぅ。少々調べごとをしてもらわねばならぬかもしれぬのぅ。手の開いている者はおるか?」
「はい。わたしの手の者が十名ほど使えます」
「では、早急に件の少年の事をできるだけ詳しく調べてまいるのじゃ」
「かしこまりました」
イミリエンはその他いくつかの指示等を受けると下がっていった。
◆◆◆◆◆
二日後の朝。
「リンー。そろそろ起きて顔あらいなさいよー」
宿舎にカレンの声が響く。
森は朝日に蘇芳色に染まり朝霧が立ち込めている。
窓からはカーテンの隙間越しに朝日が入り込み埃を照らして光の線を形作る。
目覚めた小鳥たちの鳴き声が聞こえる。そんな爽やかな朝だ。
「おねえちゃん、まだ眠たいよ」
「だめよー。今日は儀式の日なんだから早く起きて準備しないと」
そんな会話を交わしながらもカレンは朝食の準備をすすめていく。
(にゃあ、にゃあ)
そんなリンをエフイルもペシペシと叩いて起こしている。
一段落ついたカレンがその様子を見て笑いながらベッドまでやってきて、リンを抱き上げベッドに座らせる。
「さっ。起きるのよ」
頭をひとなでしてそう声を掛ける。
「わかったー」
そういってリンが両手を伸ばしてくる。
立ち上がらせてほしいらしい。
「しょうがない子ねぇ」
そんな事を口にしながらも満更でもなさそうな顔でカレンはリンを抱いて立ち上がらせた。
「顔をあらってきたら朝ごはんにしましょうね」
「はーい」
(にゃあ)
同時にベッドの上でエフイルも返事をした。
食事も終わりリンを儀式の衣装に着替えさせているところにイミリエンがやってきた。
「おはようございます。準備はできているでしょうか?」
「あ、イミリエンさんおはようございます。今着替えさせてるところなのでもう少しだけお待ち下さい」
「そうですか。かまいませんよ。準備ができたら前の広場に来てくださいね」
「わかりました」
リン達が広場に出てみると他の子らも徐々にあつまり初めていた。
「リンくん、おはよう」
「あ、エリー。おはよう」
エリーネルがリンの姿を見つけて寄ってくる。
「楽しみだけど不安だね」
「うん。そうだね。どんな精霊さんと契約することになるんだろうね」
(エリーネルはリンをみつけたことで緊張を紛らせたいのか。普段よりもよく喋る)
そんな事を考えながらカレンは二人の様子を見ている。
「そうね。わたしは水の精霊だと嬉しいな」
「どうして?」
「うちは宿屋をやってるでしょう?お水が出せるってすごく大事なの」
「そっかー。水の精霊さんが契約してくれるといいね」
「うん」
「リンくんは?」
「ぼくは…うーん。わかんない」
(リンは相変わらずのんびりしてるなぁ。わたしの方がよっぽど緊張してる。わたしの祝福の時はどうだったかしら)
二人の様子をみながらカレンは昔の事を思い出していた。
(にゃあ、にゃあ、にゃあ)
「なーに?エフイルも精霊と契約したいの?でもそれは無理よ」
「おはよう。みんな揃ったようですね。それでは儀式に向かいましょう」
頃合いを見ていたイミリエンの声が二人の会話に割って入ってきた。
「みなさん。わたしについてきてくださいね」
一同の顔を見渡すと踵を返して森の中の小道を進んでいく。
みなもぞろぞろとイミリエンについて歩いていった。
しばらく歩いていくと森が開けた小さな広場があり、そこには祭壇と地面に複雑な魔法陣の描かれた場所がみえてきた。祭壇の前には一人の女性を中心に七名ほどが祈りを捧げていた。
(あぁ、ここ。わたしもここで祝福をうけたのよね。懐かしいわ)
カレンも物思いに耽りながらもみなについていく。
「それでは保護者の方はこちらに」
魔法陣の手前あたりで立ち止まったイミリエンが振り返りといいつつ左手側(つまり右側)を示し
「みなさんはこちらに集まってくださいね」
といいつつ右手側(つまり左側)を示した。
一同は指示に従って移動していく。
それぞれが位置につくとイミリエンが祈っていた人々に準備が整った事を告げると、中心の人物だけが立ち上がって振り向いた。
その人物はプラチナブロンドに翡翠色の瞳。この上なく整った顔立ちに雪のように白く抜ける肌。小柄な肢体を白と緑のローブに包み中央にルビーのついた金のサークレットを付けている。その造形は神秘的で、凛とした佇まいは彼女こそが女神そのものであるかのようであった。
「皆の者、この佳き日に遠くよりよく集まってくれた」
その女性が静かに口を開く。
紡ぎ出される声は鈴の音のように軽やかでありながらも威厳がある。
「ここに集った子らは皆、神樹の子であり、今日、この日。皆は神樹の慈悲と精霊の恵みにより生涯の友たる精霊と契約を結ぶことになる」
そうこの女性が神樹の巫女である女王、フィラ=ウィサネイロスである。
女王の言葉は厳かに続いていく。
「精霊は常に自身と共にありその身を助けるであろう。森を愛し、森の恵みに生かされている事をわすれてはならない。謙虚さを忘れ奢りに身をまかせれば、いずれその身を滅ぼすであろうことを忘れることなかれ」
ここで言葉を切ると、手にした錫杖をトンと地面についた。
頭部の飾り環がシャラリと澄んだ音を立てると静かに舞を舞い始めた。
いつの間にか祈りを止めてこちらを向いていた六名から二名が進み出て舞をはじめる。
後ろの四名がそれぞれが手にした笛を吹き、鈴を鳴らし、鼓を打ち、琴を奏でている。
ゆるり、ゆるりと舞が続いていく。
ひらり、ひらりと舞が続いていく。
精霊達が集まり踊るようにゆらゆらと揺れている。
リンは言葉もなくただただ見守っているばかりだ。
周りの者はあるいは歓喜し、あるいは感動に打ち震えている。
巫女姫の舞が静かに終わりを告げた時、祭壇の背後に異変が起こった。
空間がゆらっと揺らぎ、徐々に人影が現れていく。
「あっ…」
リンが小さく声を漏らす。
そこに姿を現した者にリンは見覚えがあったのだ。
それは以前森で出会った四人の大精霊と見覚えのない二人。
ざわざわと場が騒然としはじめる。
「しずまりなさい」
女王の声が静かに響く。
「これはこれは。六大精霊の皆様方。ここにおいでになられるとは珍しいですね」
(じゃぁ残りの二人は光と闇の大精霊なんだ…)
「ちょっとした好奇心よ。きにするでない」
とは土の大精霊マルムの言葉だ。
「今日の儀式にはわらわたちが手を貸して進ぜよう」
「モルケ様もここ数千年は姿を見せなかったのにずいぶんと恐れ多いことです」
「ほんの気まぐれゆえ、おぬしが気に病むことではないぞ」
(神樹の祝福の儀式場に大精霊が集合するなんてことある?そんな話は聞いたことがないわ。一体どうなってしまうの?)
様子を見ていたカレンも理解が及ばず混乱するばかりであった。
ーーー
一章の山場にさしかかりました
大混乱の儀式会場ですがこのあとどうなることでしょうね
次回をお楽しみに
今回の登場人物のまとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
・エフイル 妖精王の子、白い子猫
ーーー
・エリーネル エリー タリオンに住むアネルの娘
ーーー
・フィラ=ウィサネイロス エルウェラウタに住むエルフ達の女王、神樹の巫女姫
・イミリエン 女王の武官、リン達の案内人
ーーー
・マルム 土の大精霊
・モルケ 闇の大精霊
次回、第八話 神樹の祝福 ③
2023/2/18 18:00 更新予定
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