第15話高木文。1994

拝啓 高木文さま




いかがお過ごしでしょうか。


俺は今、アメリカのダラスにいます。

コットン・ボウルっていうフットボールの競技場に下見に来ています。

フットボールっていっても、サッカーではありません。

アメリカでは、フットボールというと、NFL、アメリカン・フットボールのことを言います。


いよいよ一週間後、スペインとの初戦です。

学校があるから第3戦しか来れないとのこと、残念です。

選手は、チケットを家族分貰えるから、全試合来て欲しかったです。


遅くなりましたが、ミサンガが切れたことを報告します。

ドーハでの最終戦が終わった後に切れて上空に消えていきました。

持ち帰れなくてごめんなさい。

あのミサンガに、何を願っていたのか。

気になります。


キャンプ地のホテルは決勝まで予約を入れてあるそうです。

どうやら、日本サッカー協会は、本気で決勝まで残ることを頭に入れているようです。

ドイツとスペインと、同組に入ったのにその楽観はすごいと思います。

日本代表が、ドイツとスペインと対等にやれるのは2022年くらいまで無理だと個人的には思います。

それでも、可能かどうか。

でも本気のヨーロッパの強豪と試合ができるのは嬉しいです。

それも世界最高の舞台で。


ワールドカップが終わったら、一度地元に帰ります。

そのとき、ミサンガのことを教えてください。




                     千反田大治




※※※※※




拝啓 千反田大治様

梅雨入りの時期を迎えましたが、千反田様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。




あれ? アメリカって梅雨があるのかな? って書きながら思っちゃいました。

やっぱり、大治くんは日本に留まっている器ではないと思っていました。

そう思うと、大治くんの技に嫉妬したあたしも日本国内ではまんざらではないと感じます。


この返事が届く頃は、日本は第3戦・ドイツ戦が終わっている頃でしょうか。

そのあとも、アメリカに留まれればいいね。

あたしも、なんとかアメリカへ行けそうです。

ちゃんと旅費はバイトして貯めたからね!

たぶん、この手紙よりも早くあたしはアメリカに着くと思います。


チケット用意してくれてありがとう。

そして2試合分無駄にしてしまってすみません。

でも、あたしが家族分に入っているのはなんか照れますね。


2022年にあたしたちは何をしてるんだろうね。

お互い、45歳だね。

あたしは普通に主婦をしていると思うけど、大治くんはまだ現役でプロサッカー選手をやっているような気がします。

たぶん、海外へ行ってるんだろうな。


ミサンガのことは、ナイショです。

というか、気付いてなかったら、あなたは人間失格です。

半年以上も連絡をくれなかったなんて正直酷いです。

本当にわからなかったら、これ以上あたしは何をすればいいのでしょう。

切れたら願いが叶うということなので、地元に帰って来たとき楽しみにしています。




                        かしこ

          

                        高木文


※※※※※




 アジア最終予選を終えて、アギレラは代表引退を発表した。

「世代交代のときだ。想いを受け継ぐ者が現れた。彼には簡単に僕のポジションを明け渡してほしくない」

 そうとだけ言って会見を打ち切った。


 アメリカ・ワールドカップ。

 日本代表は3戦全敗。

 すでにグループリーグ突破を決めて余裕があるドイツ相手に1ゴール決めるのがやっとだった。


 その得点者は10番を付けた大治。

 ブラジルの英雄、ペレを上回る16歳での史上最年少ゴールだった。

 ワールドカップの歴史に千反田大治の名前が刻まれる。






 大治にファンレターが届いた。

 ある一組の夫婦からだった。


 西片というその夫婦は『ドーハの奇蹟』で興奮しすぎて早産しそうになったこと。

 何とかこらえて予定日まで赤ん坊はお腹の中に居てくれて、未熟児にはならなかったこと。

 そして丈夫に生きていけるように、奇蹟の立役者から名前を取って『大治』と名付けられたこと。


 そういうことが書かれていた。




――この西片大治はどういう人生を歩むのだろう


 自分と同じように、サッカーが好きに育つのだろうか。

 自分と同じように、プロサッカー選手になるのだろうか。

 自分と同じように、2022年に消えるのだろうか。


 日本代表は4年歴史を先取りした。

 日本列島全体を4年早く熱狂が取り巻く。

 しかし、その反応は史実通り2002年日韓ワールドカップをピークに緩やかに衰退していく。

 なにも変わらなかったのかもしれない。

 なにかが変わったのかもしれない。

 ひょっとすると自分以外の誰かの運命を変えたのかもしれない。


 いくら考えてもわかるはずがない。


 もはや自分は西片大治ではない。

 新たなる恋人とともに、わかるはずもない道を歩いていくのだから。

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