その7 合い戦はむ帝

 翌日、再び天から舞い降りた白装束の集団は、我が目を疑いました。

 昨日訪れた時には小さな村程度の規模だったはずの場所が、今はそれが嘘のように賑わっていました。

 出店が並び、人の往来は増え、昨日とは別の場所に降りてきてしまったのではないかと疑ってしまう程でした。


「遅かったではないか。待ちわびたぞ」


 月の男をはじめ、天から舞い降りた白装束の集団を出迎えたのは、帝でした。

「なんのつもりだ?」

 代表して月の男が尋ねると、帝は自慢げに答えます。

「なに、少々趣向を凝らしたまでだ。傾国けいこくをきっかけにしたいくさは珍しい話でもないが、それではあまりに非効率だとは思わんか?」

「同意しよう」

 月の男が首肯すると、帝は口の端を吊り上げます。

「ならば、早々に決着だけをつける方法がいいとオレが気を利かせてやったわけだ。この方法ならば一刻程度で全ての決着がつく」

 帝は大仰に腕を振ると、その後ろで大きな横断幕がバッと広げられました。


 『第一回 かぐや争奪武闘会』


 横断幕が広がった瞬間、周囲の人々が「わぁーーーっ!」と湧きました。

 帝の仕込みです。

「勝負は貴様らとオレたちから代表者三人を選出して戦う、三対三の勝ち抜け方式だ。勝敗は降参するか戦闘不能になるかで決まり、三人目、つまり大将が負けた方が負けとなり、勝者側があの麗しきかぐやたん姫君をいただく」

「いいだろう。こちらも長々と戦に興じる気はない。たとえ茶番でも、早々に決着をつけられるのならば望むところだ」

 こうして、かぐやを賭けた日ノ本と月の集団との武闘会が始まったのでした。


 会場となった広場を囲うように集まる群衆の中心に、二列に男女が集まりました。月から来た集団、その代表者三人の男たちと、翁・帝・玉の三人が向き合っています。

「いけぇ、翁ぁ!」

「かぐやちゃんを守れぇー!」

「え?まさか玉さんが戦うの?」

「というか、あのやたら顔のいい派手な衣装の男は誰だ?」

「え?帝?またまたぁ、そんなお方がこんなところにいらっしゃるわけが―――」

 色々な意味で、集まった民衆は盛り上がっている様子です。

 ちなみのかぐやはというと、広場に面する民家の軒先で、帝が用意した厚くて大きな座布団の上に座らされ、民衆の晒し物になっていました。

 これまでかぐやを人目に触れさせずにきた翁の努力はなんだったのか、と思わせますが、帝がそんなこと気にしてくれるはずもないので、翁も玉も文句を言いませんでした。


「して、先鋒は?」

 帝の問いに、三人並んだ男の一人が一歩前に出ます。

「ふん、いいだろう」

 対して、帝も一歩前に出ます。

「っていうか、ホントにいいの?その……一応帝なんでしょ?」

 少し不安になった玉が、帝がこんなことに参加していいものかと、こそっと翁に耳打ちします。

「好きにさせればいい」

 聞かれた翁は腕を組んだ姿勢でぼそりと呟くのみ。

「実はかなりの強者つわものとか…?」

 半信半疑のまま、玉は帝の好きにさせることにしました。


 先鋒の二人がお互いに距離を取り、改めて広場で対峙し、翁たちは周囲の群衆の近くまで下がります。

 帝はすらりとした体躯ですが、相対している先鋒の男はさらに細身に見えます。

 細身の男が口を開きます。

「我が名はフルムーン・三日月。月最速の戦士なり」

 名乗りを決めたつもりでしょうが、玉は「お前もフルムーンなんちゃらか」と心の中でツッコミを入れました。

かばねみたいなもんかね?」


「ご説明しましょう」

「え!?」


 玉が突然の発声に驚くと、いつの間にか隣に白装束の女が立っていました。

「驚かせてすみません。わたくしはフルムーン・満子みつこ。フルムーン・月子の母です」

 いきなりかぐやの母親が現れました。妙に気品のある、落ち着いた雰囲気の女性です。

「『フルムーン・月子』全てが我が娘固有の名前なのです。『フルムーン』は家や役職を示すものではなく、『フルムーン』と『月子』を分けるものではないのです」

 つまり、『フルムーン・月子』全てが名前で、『フルムーン』とは姓ではないらしいです。この話、かぐやに聞こえていたらまた騒ぎ出していたことでしょう。

「それを言いにわざわざ?」

「説明を欲している空気を感じましたので」

 説明したがりなんだろうと思ったが、玉は口に出すのをやめました。

「決して説明したがりなどではございません」

「……」

 ある意味自覚はあるようでした。


 それはさておき、フルムーン・三日月の名乗りに対して、帝は腕を組んで仁王立ちの状態で「ふん」と一言。

「最速か」

「いかにも」

オレはこの国の頂点である帝であるぞ。そのオレに立ち向かわねばらなん己の不幸を呪うがいい」

 相も変わらず偉そうな帝が、視線で合図すると、身なりのいい男が銅鑼の前で構えを取ります。どうやら帝のお付きのようですが、こんなことする前に帝の行動を諫めろよと玉は思いました。


 ゴォォォン―――――!!


 戦いの開始を告げる銅鑼が鳴りました。

「征くぞ!」

「ふん」

 フルムーン・三日月は駆け出すと、一足で帝の懐に飛び込みました。

「なかなかではな―――」


 そして、余裕顔の帝の胴に神速の掌底を叩き込むと、帝の体は冗談のように後ろに吹っ飛び、地面をザザァーー!と滑りました。


 銅鑼を叩いていた男は「み、帝ぉぉぉーーー!!」と半狂乱状態です。

 こうなる前に止めればよかったものを。


 地面に臥したままの帝。周りがざわつきましたが、帝はゆっくりと顔を上げます。

「よ、予想以上だ……。このオレの…、想像の上をいく、とは……、褒めて遣わすぞ、ぐぅ」

 息も絶え絶えで辛そうな帝は、口にする言葉だけは相変わらずでした。

「まだ戦うか」

 フルムーン・三日月は帝に向かって歩き出しますが、

「まぁ待て」

 帝がそれを制止します。


お前強すぎだろ貴様の強さはよくわかった痛くて辛くてしょうがないから貴様のその力に免じてもう朕の負けでいいよここで身を引いてやろう


 はて、いつもの帝節みかどぶしに聞こえましたが、心の内が漏れている気がします。


もうこれ以上殴るのはやめてください朕が本気を出してしまうとこの場の興が冷めるというものだこちらの負けなのでもう許してくださいここは貴様の勝ちということで場を収めようではないか


 はて、いつもの帝節みかどぶしに聞こえましたが、なんだかちょっと情けない感じが見え隠れしているように思えます。


「……そちらの降参、ということでいいのか?」

 フルムーン・三日月が確認を取りますが、

こちらの負けですそちらに勝ちを譲ってやるだからもう殴らないでください朕が貴様ら三人全員に勝っても盛り上がりに欠ける故な!」

 

 なんだかこれ以上帝に喋らせるのは危ない気がしてきました。

 威厳的な意味で。


「ってか帝って弱いの?」

 玉は当然の疑問を口にします。

「ああ、体力は人並みで、武芸もてんで駄目だ。帝だからな」

 翁は当然のように答えました。

「じゃあなんで出てきたわけ!?」

「当然だろう、帝だからな」

 そう言われ、「まぁそうか」と、玉は納得してしまいました。



 その光景を見ていたかぐやはというと—――

「なっさけなー」

 性格のせいでかなり減点されていた帝の男としての評価が、更に大暴落。

 帝はかぐやの中で「惜しい」から「いやないわー」に格下げされました。

 


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