その5 いいからかぐや姫賜れ

 突然の帝の来訪から三日後のことです。

「待たせたな、我が妻よ」

 再び帝がやってきました。

 屋敷の前に牛車を横付けして、何やら両手で箱を抱えています。

 かぐやは「妻じゃねぇよ」というツッコミを入れ忘れるほど、嫌な予感がしてなりませんでした。


 帝は屋敷の中に入り、箱の中身を取り出します。

「『仏の御石の鉢』だ」

 それは、いいものなんだかどうかもよくわからない、とりあえず綺麗かな、というかんじの鉢でした。

「これが…?」

「無論だ」

 真贋がよくわからないかぐやでしたが、帝は自信満々です。


「確かに、『仏の御石の鉢』だな」


 かぐやが困っていると、翁はその鉢を覗き込んで言いました。

「まだ持っていたのか」

「当然だ。オレは一度手に入れたものは手放さん」

 何やら物知り顔で、翁と帝は話しています。

「あの、お父様…、これは本当に…?」

「うむ、間違いなく『仏の御石の鉢』だ」

 断言されました。

オレが五年前に天竺まで行ったときに貰ってきてやったのだ。オレがはるばる訪れてやった記念としてな」

 いやあんた何様だ、と思いましたが、帝はこんなかんじの人なので、深く考えるのはやめました。

 翁もしみじみと語り始めました。

「あの時は大風で海が荒れてな。船が沈むんじゃないかと焦ったものだ」

「莫迦を言え。このオレが座する船が沈むわけがなかろう。オレを誰だと思っている」

 翁は昔何をして…、と思いましたが、帝の謎理論の展開により疑問が有耶無耶に流されてしまいました。


「ともあれ、だ」

 帝はかぐやを見据え、言いました。

「これで、貴様はオレのものになるわけだな」


「え、ええと……」

 かぐやは困惑します。

 まさか本物を持ってくるとは思いもしませんでした。しかも数日で。


 かぐやは頭をフル回転させながら、玉から読ませてもらった書物の記憶を手繰り寄せました。

(他に珍しいもの珍しいもの……。別に本当になくても空想物でもなんでも……)


「あ、あの、わたし、『蓬莱の玉の枝』が欲しいです!」

 かぐやは咄嗟に新たな要求を口にしました。


 苦し紛れに出た言葉でしたが、帝は気を悪くした様子もなく、

「……いいだろう、しばし待て」

 そう言い残し、屋敷を去っていきました。



 その三日後、帝はまた牛車を横付けしてやってきました。

「『蓬莱の玉の枝』だ。受け取るがいい」

 レスポンス早すぎでしょう。

 帝は盆栽のようなものを見せました。

 しかし、盆栽とは違い、松ではなく、細かく分かれた枝には七色の宝玉が実り、思わず感嘆の息を漏らしてしまいます。

「これ……、本物……ですか?」

 かぐやはまさか、と思いながら訪ねると、またも翁が覗き込み、唸り始めました。

「懐かしいな。あの時も苦労したものだ」

「莫迦を言え。俺のために労した経験など、値千金の至宝であろう」

 三日前と同様、訳知りな翁と帝がかぐやを置き去りにして話し出しました。

「あの時も海が荒れたからな。お前との船旅は災難ばかりだ」

「何を言うか。あれはただ自然がオレとの邂逅に歓喜し、むせび泣いただけだ」

「辿り着いた先にいた仙人を脅しにかかっただろう」

オレが遠路はるばる来てやったのだ。相応の手土産というやつだ」

 ただの侵略者だと思う。

 かぐやは喉まで出かかった言葉を呑み込みました。

「さて、これで貴様はオレのものになるわけだな」

 自信満々に口の端を吊り上げる帝に、かぐやは答えをためらいました。


「…………りゅ、『龍の首の珠』がほしいです!」

 かぐやはまたも苦し紛れで新たな要求を出しました。

 さすがにいい加減にしろと怒り出すかと思いましたが、帝は腕を組んで考えると、

「しばし待て」

 屋敷を去っていきました。



 三日後、帝はまた牛車を横付けしてやってきました。

 その手には、大きな水晶玉のようなものが握られています。

 まさか……

「『龍の首の珠』を持ってきたぞ」

「…………」

 かぐやは言葉を失いました。

「嫌なことを思い出す」

 そして毎度のごとく、翁はしみじみと語りだします。

「まさか龍と戦うことになるとは、さすがにあの時は死を覚悟したものだ」

「情けないぞ、龍の一匹や二匹程度で。あの時は貴様がもたもたしていたから珠くらいしか取れなかったではないか」

「鉄よりも固い鱗をとおすために奥義まで使わせおって」

オレの目の前で最高の剣技が披露できたのだ。光栄の極みであろうが」

 いつもの如く、訳知りの翁と帝の間でのやりとりが始まりました。

 龍と戦っただ奥義だとか、もう翁はなんなのか。

「さぁ、オレのものとなれい!」

 そんな疑問も、帝の求婚に吹き飛ばされました。


「『火鼠の皮衣』ください!」

 かぐやはやけっぱちになって叫びました。

 帝は屋敷から都へ戻り、三日後にまた屋敷へやってきて、

「『火鼠の皮衣』だ。受け取るがいい」

 予想していた通りの結果になりました。

 かぐやは顔を引きつらせ、頭を抱えました。

「遠慮するな、オレはあと三枚持っているのでな」

 そんな内心を汲むことなく、帝はふんぞり返って自慢を始めました。

 そして、予想通り翁も感慨深げに語るのです。

「皮をなめすのに苦労したな。お前が『火鼠ほいほい』などというわけのわからないものを作り出すから面倒なことになったのだ」

「あの時はオレの天才的な発想に、自ら身震いしてしまったな」

 『火鼠ほいほい』ってなんだよそっちを見てみたいわ、とは隠れてその様子を見ていた玉の感想です。

 ちなみに、本物かどうか確かめるために、ダメ元で皮衣に火をつけてみましたが、まったく燃える気配すらありませんでした。

 

 それはさておき、かぐやは考えました。この男に持ってこれないものはないかと。

 その末に、ひとつ思いつきました。

「では、『燕の子安貝』はお持ちですか」

「ああ、これのことか」

 帝は懐から小さな貝殻を取り出して見せました。

 いや取りに行くことすらないのか!とかぐやと玉は声にならない声でツッコミを入れました。

 対して、帝はなぜか急にご機嫌になりました。

「子安貝を求めるとは、そうか、そんなにオレとの子を求めていたとはな」

「え?どういう……」

 かぐやが混乱していると、翁が補足を入れてくれます。

「子安貝は子孫繁栄の意味がある。その形からな」

 かぐやは意味を悟り、顔を赤くして丸くなりました。

(余計な事言ったーーーー!)

 続いて、顔を青くします。

(まずいまずいまずい!このままでは帝のものになっちゃう!いいの?いいの?いいわけあるかぁ!物質的には裕福だけどあんなの夫にしたら精神削がれるわぁ!)

「そこまでオレを求めるのならば仕方がない。おい、ねやを用意せい!」

「親の目の前で娘抱こうとするな」

 さすがにこの展開には翁が黙っていませんでした。

「ほう、貴様、オレの行動を妨げるとは、不遜も甚だしいぞ」

 帝は翁の前に立ち、冷たい視線で見返します。


 翁と帝は庭先へ出ると、改めて対峙する。

「かぐやが欲しくば、この儂を倒してからにしろ」

 遠雷のような低い声で、翁は言い放つ。

 非常に格好良く言っているが、玉は「ああ、これ前に一度言ってみたいって言ってた科白せりふだ」と呑気に笑い、かぐやは「だったら最初からそう言って断ってよ…」と項垂れました。

「ふん、口で言ってもわからんようなら、力で示してやろう。身の程を知れ」

 帝は変わらぬ傲岸不遜な物言いで、腕を組みます。

 今、二人の男が激突する。

 そんな空気が高まったところで、


「待ちなさいっ!!」


 天から発せられた大音声だいおんじょうが、場を諫めました。

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