プロジェクト3 ライブハウスに突撃せよ!

 白葉しろはから教えられたライブハウスは半地下の小さな店だった。

 森也しんやはさくらとあきら、ふたりと一緒にその店を訪れた。フロアは三〇人も入ればいっぱいになってしまうような狭いものだったが、窮屈きゅうくつさは感じなかった。

 客が一〇人もいなかったからだ。

 それも、森也たち三人含めて一〇人以下、である。狭いフロアも広く感じられるというものだ。

 「……お客って、こんなに少ないものなの?」

 テレビのなかでの大盛況のライブシーンしか見たことのないさくらが驚いた、というより、ほとんど怯えたような声を出した。『売れないマンガ家』として厳しい現実を身をもって知っている森也は納得顔でうなずいた。

 「ま、デビューしたてのマイナーアイドルのライブなんてこんなもんだ」

 言われて、さくらは現実の非情さに怖気おぞけを振るった。

 そのなかでひとり、やたらと上機嫌なのがあきらである。

 「うむうむ。これは良い。『最初のライブは観客ゼロだった』というのが、メジャーになったあとに、いいトークネタになるのだ」

 「メジャーになれるとは限らんだろうが」

 「なにを言う。何がなんでもメジャーになってやると言う気概きがいがなくてどうする」

 と、『ふんぬ!』とばかりにふんぞり返って、熱血ヒーロー系マンガ家らしいことを言う赤岩あかいわあきらであった。

 開幕までもう少し時間があった。

 森也はその間に改めて『ふぁいからりーふ』のデータを確認していた。

 「ふぁいからりーふ。赤葉あかば白葉しろは黒葉くろは青葉あおば黄葉おうはの五人組ユニット。センターを務めるのは赤葉か」

 「色+葉っぱって言う名前なのね」

 「つまりはFive Colour Leafというわけだな」

 「あ、なるほど」

 「しかし、赤、白、黒、青、黄、か。偶然かどうか知らないが、北条家の五色揃えと同じ色だな」

 「それは素晴らしい。我が富士幕府のご当地アイドルとしてぴったりではないか」

 「まあ、そうだが。出身も全員、関東だしな」

 将来性があるならぜひとも、組みたい相手だが。

 森也はそう付け加えた。

 「今年の三月にデビューしたばかり。全員、高一で同い年、か。ほう。センターは赤葉だが、ユニットリーダーは白葉なのか」

 森也の言葉にさくらが目を丸くした。

 「あの子がリーダー? とてもリーダーが務まるタイプには見えなかったけど」

 「まあ、そこは外からではわからない理由があるんだろう。他の四人がもっとリーダーに向かないとかな」

 「あの子よりリーダーに向かないって……それ、どんな人?」

 やがて、開演時間となった。

 ステージが開かれ、五人組のアイドルユニットが元気よく駆け出してきた……と、言いたいところだが、実際に駆け出してきたのは先頭を切るセンター赤葉だけ。黒葉、青葉、黄葉の三人はいかにも『マイペース』と言う感じで歩いての登場。白葉にいたってはあわてたのか、緊張のあまりか、いきなりコケそうになって黒葉に助けられる始末。真っ先に飛び出した赤葉がすでにステージ中央で手を振っているさなかにそんなことをしているのだから、メンバーの不一致感にも程がある。

 「……な、なんか、すごいバラバラって感じじゃない?」

 アイドルに興味がない分、テレビで、完成された売れっ子アイドルしか見たことのないさくらである。こんな不出来なユニットが『プロ』だとは信じられない。

 「たしかにな」

 森也も妹の言葉にうなずいた。

 「しかも、なんだ、あの白葉というやつ。ひとりだけガチガチに緊張してるぞ。あれで本当に歌って踊るなんてできるのか?」

 「……だから、リーダーが務まるとは思えないって言ったんだけど」

 それでも、とにかく、ようやく、ステージ上に五人並んで勢揃いした。

 それを見てさくらは言った。

 「……なんか、ひどくバランス悪くない?」

 センターに赤葉、向かって右側に青葉、黄葉、同じく左側に黒葉、白葉と立っているのだが、明らかに黒葉ひとり、背が高すぎる。おかげで、とにかく、並んだときのバランスが悪い。

 「あの黒葉というのひとりだけ、アイドルではなくモデルの外見だからな。他の四人がせいぜい一六〇あるかどうかなのに、黒葉だけ一八〇近い。アイドルと言うには顔立ちが整いすぎているし、おとなっぽ過ぎる」

 「おとなっぽいとダメなの?」

 「アイドルの魅力は基本、『子供のかわいさ』だからな。幼さを残していないと厳しい」

 「なるほど」

 「それでいて、他の四人はちゃんとアイドル系だからな。そりゃ、並んだら黒葉ひとり浮きまくって、バランス悪いわな」

 何を考えてこんなユニットを組んだんだか。

 本気でそういぶかしむ森也であった。

 「ヤッホー! みんな、来てくれてありがとおっ。みんなの恋人、アイドル赤葉、参上!」

 センターの赤葉が大きく腕を振りながら元気よく挨拶する。

 観客が一〇人にも満たないような会場で、それでも、腐るような様子は一切、見せずに大観衆を前にしたような挨拶をしてのけたのだ。褒めてもいいだろう。なかなかのプロ根性の持ち主のようである。

 アイドルと美少女と、熱血が大好きなあきらが自分も大きく手を振って赤葉に応える。赤葉は嬉しそうに視線を合わせて手を振り返した。アイドルからのレスを得られて赤葉は大満足である。

 それから、他のメンバーも挨拶した。挨拶はしたのだが……。

 「黒葉。よろしく」

 「青葉です、よろしくお願いします」

 「黄葉です。皆さん、よろしくね」

 黒葉はそっけなく、青葉は礼儀正しいが無愛想に、黄葉はおっとりとした様子でそう言っただけ。それ以上の言葉はない。

 「……あいつら、本当にアイドルか? 売る気あるのか? それっぽいことしてるのは赤葉だけで、他のメンバーは愛想なさ過ぎるぞ」

 愛想のなさでは人後に落ちない藍条あいじょう森也しんやをしてそう言わせるほど『やる気のない』挨拶ばかりだった。

 「え、えっと、あの、その……」

 最後に白葉の番になったのだが、いきなりしどろもどろ。意味不明の声を出すばかりで言葉になっていない。

 「どうしたの、あれ?」

 さくらが思わず尋ねた。

 「考えておいた挨拶を忘れたんだろう」

 「挨拶を忘れる? そんなこと、あるものなの?」

 中学の頃から生徒会役員として、壇上での挨拶は何度もしてきたさくらである。そんなときは前の晩に何度も練習を繰り返して挨拶全文を頭に叩き込んでのぞんだ。おかげで、挨拶に失敗したことはない。そのさくらにしてみれば『挨拶を忘れる』なんて考えられない。

 ――ほんとにプロなの?

 そう思わずにはいられない。

 さくら同様、そう思ったものがステージの上にもいた。

 赤葉である。

 センターを務める赤葉が端っこに立つ白葉を睨み付けて叫んだのだ。

 「なに、口ごもってるのよ! それでも、プロなの⁉」

 「あ、あの、その……」

 いきなり怒鳴られて白葉はうろたえた。

 ステージ上でいきなり怒鳴る方も怒鳴る方だが、怒鳴られてうろたえるばかりの方も問題。『プロ意識があるのか』と問われても仕方のない光景だった。

 赤葉と白葉、ふたりの間に立つ黒葉が白葉をかばうように赤葉に向き直った。

 黒羽の身長はおそらく一七五~一八〇,赤葉は一六〇前後。二〇センチからの差があるのだから、やはり、こうして立ちはだかると威圧感がある。しかし、赤葉はそれだけの身長差にもかかわらず一切、怯むことなく黒葉を睨み付けている。よほど向こうっ気の強い性格らしい。それは良いのだが……。

 「おいおい、いまは公演中だぞ」

 森也が思わずそう言った、そのときだ。

 黒葉が赤葉に向かって言った。明らかに喧嘩腰の口調だった。

 「いちいちそんな責めるような言い方しなくてもいいでしょう。そんなの、ただ怒ってるだけじゃない。いちいち偉そうなのよ、あなたは」

 「センターが偉くなければ、誰が偉いって言うの」と、赤葉。

 「怒ってなにが悪いって言うの! 白葉がトロいのか悪いんでしょ」

 「あ、あの、ふたりとも、落ち着いて……」

 責任を感じたのだろう。白葉が仲裁ちゅうさいに入ろうとした。しかし――。

 「トロいやつは黙ってて!」

 「ヒッ……!」

 赤葉に一喝されて震えあがった。

 そんな赤葉に対して今度は黒葉が食ってかかる。

 ステージ上では観客そっちのけで口論――と言うか、はっきりと口喧嘩――が巻き起こった。

 「おいおい、あいつら、ガチで喧嘩してるぞ」

 「あれ、本当に本気なの? そう言う芸とかじゃなくて?」

 「お笑いならまだしも、アイドルがこんな芸はしないって」

 「ううむ、いかん、いかんぞ、ふぁいからりーふ! 観客のことを忘れて自分たちの世界に没頭するなど、プロにあるまじき行為。プロ意識が足りん!」

 「毎度まいど、〆切を忘れているやつがプロ意識を語るな」という、あきらに対する森也のツッコミはさておき――。

 ステージ上での赤葉と黒葉の争いは収まる気配がない。

 なにしろ、青葉は『我関せず』とばかりに突っ立っているだけだし、黄葉は『あらあら』と言いたげな様子で――まるで、子供の喧嘩を見守る母親のように――微笑んでいるだけ。そして、原因となった白葉はと言うと、オロオロするばかりでとうしていいかわからない……と言った様子なので、止めるものが誰もいないのだ。

 他の――数少ない――観客の様子を見てみると『あ~あ、まただよ』という感じなので、これがいつもの調子なのだろう。ある意味、この争いがふぁいからりーふの芸風となっているのかも知れないが、

 「これでよく、プロとしてやっていけてるな」

 と、森也が思わず呟くほど無様な姿だった。

 そうこうしているうちにおそらく、ステージの裏からなにかの合図があったのだろう。赤葉がようやく事態に気付いたようだった。あわてて観客に笑顔を向けて取り繕おうとする。やがて、音楽が流れ、歌がはじまった……のだが。

 「……なんだ、あれは。歌も踊りもバラバラだぞ」

 「センターの赤葉だけ、ダンスの次元がちがうな。あれはよほど本気で打ち込んだことがあるぞ」

 「歌もなんか一曲に聞こえないんだけど」

 「音程も、調子もバラバラだからな。無理もない。なにより、青葉だけ歌がうますぎる。あの歌唱力はアイドルではなく歌姫と言うべきだ。ひとりだけ次元がちがうから浮きまくっている」

 と、問題山積のふぁいからりーふだが、なかでも飛び抜けて問題が多いのはやはり、白葉。冒頭、いきなり立ち位置をまちがえて黒葉に腕を引っ張られる始末。それからも、

 「白葉のやつ、歌い出しトチったぞ」

 「歌うだけでいっぱいいっぱいで振り付け、忘れてるぞ」

 「まわりが見えていない。他との距離がつかめていない。赤葉が露骨に邪魔者扱いしてるな」

 「白葉のやつ、歌詞の三分の一はまちがえてるぞ。そもそも、まともに発声できていないから聞き取りにくい。まともに練習してるのか、あれは」

 森也がそう立てつづけにツッコむほどのふがいなさ。とうてい、プロとしてステージに立てるレベルには達していない。そんな白葉の姿にわなわなと身を震わせていたあきらがついに――。

 キレた。

 「うぬうぅぅ~、もう我慢できん!」

 叫んだ。

 腕まくりした。

 「あんなダメッ子、わたしが支えてやらなければ本当にダメになる! 北条三世赤岩あきら、白葉応援団長就任だ! がんばれ、しろハー、わたしが付いている!」

 ステージ上の歌声をかき消すようなあきらの大声が店内に鳴り響いた。

 かくして――。

 ふぁいからりーふのライブはまったく盛況を迎えることなく終わったのだった。

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