第二話 発動! プロジェクト・太陽ドル
プロジェクト1 アイドルを探せ!
「ちょっと、かあら! またそんな格好で」
ときは朝の食事時、場所は
対人スキル皆無のギフテッド少女、
「なんで、いつもいつも裸で寝てるの? ちゃんと服を着るよう言ってるでしょ」
「わたしは昔からこうだ。裸で寝るのが好きなのだ」
「裸で寝るのは構わないけど、裸のまま起き出してくることないでしょ。ちゃんと、服を着てから出てきなさいよ」
「別にかまわないだろう。この家には君と兄上しかいないのだ」
「兄さんがいるでしょ!」
「兄上は喜ぶだろう。兄上も男。仮にも現役JKの裸体を毎朝、見られるとなれば喜ばないはずがあるまい」
「だから、問題なんでしょ!」
「君の言うことはわからん」
「わからなくていいからほら、早く服着て!」
ユニット式の個室のなかからガタガタと音がしはじめたのは無理やり叩き起こして服を着せはじめたからだ。
森也の家にやってきたその初日。かあらはいきなり、一糸まとわぬ素っ裸で部屋から出てきてさくらを仰天させた。さくらは飛んでいって、かあらを部屋に押し込み、服を着させたのだが、聞くと裸で寝るのが昔からの習慣だという。以来、さくらはかあらが裸で部屋から出てこないよう、毎朝、起こしに行っているのだった。
そんなふたりのやり取りを聞いて森也が何をしているかと言うと――。
なにもしない。
現役JK同士のやり取りに男が口出しするなどそうそうできるものではないし、それでなくても他人の行動にいちいち口出しする気などない森也である。『我関せず』を決め込み、黙々と朝食の準備をしている。
オーブンのなかでは週に一度、まとめて作って冷凍してあるお手製パンが焼かれ、コンロに欠けられた鍋のなかでは朝の定番、豆と野菜のミネストローネがクツクツと煮立っている。そして、タンパク源としてのヨーグルトサラダ。色とりどりのフルーツの上に砂糖なしのヨーグルトをたっぷりかける。
オーブンがピーピーと音を立て、お手製パンが焼きあがったところで、さくらがまだ眠そうなかあらを引っ張ってやってきた。毎日、研究に没頭して夜遅くまで――と言うより、ほとんど明け方まで――起きているので、朝はいつも眠そうである。
「夜はちゃんと寝て、昼間、研究すればいいでしょ」
との、さくらの言葉に対して言った、かあらの言葉、
「『夜も寝ないで昼寝して』はクリエイターの基本だ」
には、森也も心からうなずいたのだった。
サラダ、スープ、お手製パンと手際よく並べ、淹れる紅茶は英国伝統のイングリッシュブレックファースト。朝に飲むならやはり、これである。
『パン』と言っても、森也特性の無発酵の平焼きパン。そのため、見た目は小さいが中身が詰まっていてズシリと重く、歯応えがある。小麦粉の他にクルミにピーナッツ、
「……まったく、IQ180超の天才がこんなだらしない性格だとは思わなかったわ」
「『だらしない』という言い方はないだろう。わたしはただ、わたしのペースで生きているだけだ」
「それを『だらしない』って言うの、まったく」
――兄さんもなにか言ってよ。
さくらが視線で訴えかけてくる。
森也は妹の無言の呼びかけに応じて
「かあら」
「なんだ?」
「裸で寝ると体が冷える。体を冷やしておくと寿命が縮む。研究に励める時間が少なくなるぞ」
そう言われて、かあらは――。
「おおっ!」
と、『目から
「これはたしかにうかつだった。研究に励む時間が少なくなるのは困る。よし、これからはちゃんと服を着て眠るとしよう。忠告、感謝する。兄上」
かあらは(一応)礼儀正しくそう言ってからつづけた。
「では、わたしは朝の排泄に行ってくる。ラッキースケベを起こしたくなったらいつでも来てくれ、兄上」
かあらはそう言ってトイレに向かった。チラリ、と、森也はさくらを見た。
「ああいうタイプには、ああ言うんだ。理屈が通っていないと絶対に納得しないからな」
「……なるほど」
さすが、兄さん。同類だけのことはあるわ。
そう、感心しているのか、呆れているのかよくわからない口調でさくらは言った。それから、ジロリ、と、兄を見つめた。
「……なんだ?」
「……ラッキーなんたら。起こしちゃ駄目だからね?」
「……起こさないって」
休日のその日は朝から
森也はさくらとかあらを引き連れて近くの山の斜面に向かい、瀬奈と落ち合った。落ち合ったのだが――。
かあらはことの最初からぶうぶう文句を言っていた。
「こんな山道を登るなど、いやしくも文明人たるもののすることか。文明人の脚は舗装された道路を走る乗り物を操作するためにあるのだ」
運動しない。
研究に没頭すると食事も忘れる。
おかげで体力は貧弱らしい。その上、山道の歩き方も知らないのですぐにバテる。息切れを起こす。
「疲れた。歩きたくない。どうして、この世にはタケコプターもどこでもドアもないのだ。理不尽だ。不条理だ。世の中、まちがっている!」
「ああ、もう! いちいち文句、言わないでよ。そんなこと言ったって仕方ないでしょう」
「仕方ないとはなんだ、仕方ないとは! そんなことで文明が発達すると思うのか。文明とは『いかに楽をするか』という目的のための、人類の
疲れのあまり、ゾンビ化した表情で、呪いのようにそう告げる姿がちょっと怖い、かあらであった。
ともかく、目的地までたどり着き、瀬奈と落ち合った。森也と瀬奈は斜面を見渡しながらさっそく話をはじめた。
「このあたり一面を整備して地域の食料庫にかえるわけか」
「そういうことだ。観光業を成り立たせようとするなら『地域の食』は欠かせないし、そのために必要な食材は地域で栽培しないと、せっかく稼いだ金が外に流れていくだけだからな」
「それはわかるけど、こんな斜面じゃ大した収穫は望めないぞ。棚田にしたところでさしたる収量は望めないし……」
この赤葉地方にも先祖代々、受け継がれてきた棚田はある。
棚田は見た目はたしかに美しいが、労ばかり多くて収量は少ない。効率的とはとうてい言えない。瀬奈は赤葉出身だけあってそのことを骨身に染みて知っていた。
――棚田に頼っていたところで未来はない。
そのことを知っているのだ。
「棚田にするつもりはない」
それが森也の答えだった。
「米に限らず穀類はあくまでも平地のものだ。山には向かない。山に向かない作物を無理やり作るなど単なる非効率。山では山に向いた食生活を確立すべきだ」
「山に向いた食生活?」
「まあ、それは必要な料理人が集まってからだ。当面は地域から人を呼ぶための行動を展開する。そこで、かあらの出番となる」
「わたしの?」
と、かあら。疲れのあまり、すっかりふてくされて寝転がっていたのだが、名前を呼ばれてようやく起き出した。ちなみに、山道を歩くのはゴメンだが、山で寝っ転がるのは気に入ったらしい。
「これはなかなかに気持ちがいいな。行きと帰りを背負ってくれるなら毎日やってきてもいいぞ」
と、なかなかに図々しいことを言っていた……。
「そのために、わざわざお前を連れてきた」
森也が言った。
「この斜面は食糧の生産地にするだけじゃない。太陽力発電システムを整備し、バイオガスプラントを作る。食糧とエネルギーを同じ場所で、同じ時に生産する。週末毎にやってきて非日常の一時を楽しみつつ、一週間分の食糧とエネルギーを一緒に買っていく。そんなライフスタイルを提案し、客を呼ぶ」
「おお、なるほど」
喜びの声をあげたのは、生まれ故郷の赤葉の地を『大いに盛りあげる』ことを悲願とする瀬奈である。
「それで、お客がきてくれれば赤葉の地も大いに盛りあがるわけだ」
「そういうことだ。しかし、電気を買って行くには蓄電池なり、燃料電池なりが必要だ。小型・高性能の蓄電池と燃料電池の開発が欠かせない。その点をかあらに担当してもらう」
「任せろ!」
と、かあら。自分の得意分野の話になって疲れも吹き飛んだようである。
「我が愛しのプルートウを蘇らせるため、燃料電池の研究はずっとつづけてきた。さすがに、現実のロボットに原子力など使うわけにはいかないからな」
使えるものなら使いたいが。
そう付け加えることを忘れない、かあらであった。
「しかし、開発するのは望むところだが、研究するにも、実際に製作するにも金がかかるぞ。その点はだいじょうぶなのか?」
「大丈夫ではないさ」と、森也。
「このコストが最大の問題なんだ。解決するためにも一刻も早く、アイドル業界とコラボしたいんだが……」
「プロジェクト・
「そうだ。ドルヲタは推しを応援するために使い捨てのグッズを買うかわりに、推しに直接、課金する。事務所はその金でアイドル印の太陽電池を製作。無料でレンタル。レンタルされた側は無料で提供されたシステムで生産される無料のエネルギーを売って利益を得る。同時に、そのアイドルを推す拠点となることでヲタを呼ぶ。そのシステムを展開していくためにも早く、適当なアイドルを見つける必要があるんだが……」
「しかし、そんな都合よく協力してくれるアイドルが見つかるか?」
「それが問題だ」
と、森也。ハムレットを気取って深刻な表情で言ってのける。本質的に陰キャなだけに、そういう暗い表情が似合う森也であった。
「すでに売れているアイドルが、失敗するリスクを冒してまで、そんな未知数のプロジェクトに参加する必要はない。かと言って、売れていない、将来性のないアイドルと組んだりしたらこちらが終わる」
「つまり、まだ売れていなくて、しかし、将来性があって、しかも、太陽ドルに協力してくれるアイドルを見つける必要があるわけか」
「そういうことだ」
「そんなアイドル、そう都合よく見つかるわけないよなあ」
「だろうなあ」
と、瀬奈と森也はそろって天を仰いだ。
――まだ売れてなくて、でも、将来性のあるアイドル、か。
それまで黙って話を聞いていたさくらは思った。
――うちの高校にも芸能科はあるけど、そんなアイドル、都合よくいないよね?
そして、翌日。
高校の教室に入ったさくらのもとに『まってました!』とばかりに、中等部の頃から『それが自分の使命!』と信じて疑わない校内スピーカーのクラスメートが興奮気味に話しかけてきた。
「ねえねえ、知ってる? 芸能科に新人アイドルの新入生が入ったんだって!」
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