ナイトレイ公爵令嬢は微笑む

 数日後、根回しが終わったお父様が王宮へ乗り込みます。もちろんお一人ではなくローレンスお兄様や他の貴族家当主も同行予定ですわ。私はお母様と共に、正装に身を包んでご一緒します。サクソン伯爵家は近衛騎士の半数を率い、神殿の大神官様とお話があるとか。


 聖女が未婚で過ごす義務はありませんが、少なくとも他人の婚約者を寝取ったなら断罪対象となります。よくて追放、悪くすると……この世から離脱でしょうか。慈悲深い神様も、さすがに御元へ招くことはなさそうです。


 乗り込んだ王宮は、謁見の間まで我がナイトレイ公爵家の制服に着替えた騎士が並び、その様子は圧巻でした。ぴしっと乱れひとつない立ち姿で敬礼を送る先は、お母様です。悠然と歩くお母様の頭上に、見えない王冠が光った気がしました。


「義姉上! このたびは」


「言い訳も謝罪も不要。メイナードの処分はどうなりましたか」


 一切の言い訳は聞かない。謝罪で誤魔化されたりしない。言い切ったお母様の口調に、国王陛下は玉座を降りて深呼吸する。五段の階段を降りて同じフロアに立つと、マントを捌いて膝を突いた。通常はありえないのですが、今回は仕方ありませんね。


 先代国王陛下が与えた王位継承権は、お母様が一位、義弟で現国王陛下が二位。お母様が王位継承権の行使を行わなかったので、繰り上げで国王陛下が即位していました。この度の騒動でご立腹のお母様は、己の権利の行使を決定したのです。


 後ろに続く貴族達はその行使を見届け、王族の交代に賛同した者ばかりでした。八割近い貴族の賛成が得られたのは、皮肉にも先日の婚約破棄騒動が原因です。


「メイナードは塔に幽閉しました」


「……甘いわね、エグバード。あなたから国王の地位を剥奪します。王族の権利や権力が、他者を貶めるために使われてはならないの」


「はい」


 父親として息子の首を刎ねることは避けたかった。叔父様のお気持ちも理解できますが、それなら先に王位を返上するべきでしたわ。王位は元の順位通り、お母様に継承されます。ですが、王太子殿下は優秀な方でした。今回は他国の来賓と席を外しており、間に合いませんでしたが……本来は次期王として十分な素質があります。


「ヴィンセントを私の養子に迎え、王太子に据えます。異議のある者はこの場で申し出なさい」


 後からの批判は受け付けないと宣言したお母様の前で、お父様が最初に頭を下げた。従う意思を見せたナイトレイ公爵家に続き、各貴族家が首を垂れる。こうして王位の移行が速やかに決定され、実行されました。


 王族とは責任を負う者、国に一大事があれば首を差し出して詫びる。人々を導くための労苦を惜しまず、国のために己を犠牲に出来る人を差す言葉です。王太子を継続するヴィンセント義兄様には、その覚悟がありました。何も持たないメイナードと私が婚約したのは、彼の暴走を抑えるためです。


 窮屈な数年を過ごしましたが、すべてが無駄だったとは思いません。


「ブレント・サクソン様、私と婚約してくださいませ」


 王太子殿下の専属騎士として戦う黒髪の戦神、彼と出会い親しくなることが出来ました。あくまでも未婚の男女、婚約者がいるため節度ある距離でしたが。ようやく障壁が消えましたわ。


 私からの告白に、彼は嬉しそうに微笑み膝を突きました。差し出した手の甲に唇をそっと触れさせ、幸せそうに「お慕いしております」と伝える。彼の手が震えていて、私は感動で胸がいっぱいになった。触れたくても拒むしかなかったあの頃の涙が、報われる時がきたのです。


 貴族社会は残酷です。愛し合っていても家格が釣り合わず結婚できない者もいれば、大嫌いな相手でも政略で嫁ぐことがある。その義務を負うからこそ、豊かな生活が保障されるのです。理解しない王侯貴族がはびこるほど、世界は甘くありません。


 ――前王族がどうなったか、興味はございますか? 国王陛下は臣籍降下して公爵家を興されました。お母様が女王の座に就き、お父様は王配として支えております。ナイトレイ公爵家をローレンスお兄様が継いで、王太子ヴィンセント殿下は次世代を繁栄させるために努力中ですね。


 第二王子だったメイナードは幽閉された塔から解放され、今は平民に降格されたとか。同じく神殿を追放された元聖女ミサキとケンカしながら、一緒に暮らしているようです。と表現すれば綺麗ですが、あの二人は奉仕活動に従事しています。罪人に課せられる罰のひとつで、人が嫌がる仕事や掃除を担当して罪を償う。その期間は死ぬまで、と決まりました。いっそ国外追放の方が楽だったでしょう。


 サクソン伯爵家に嫁ぐ私は、日々幸せを噛みしめながら公爵令嬢として残りわずかな時間を過ごしています。いざとなれば国のために己を捨てるのが貴族ですもの。どの国でも同じ。たとえ、異世界に転移した聖女と転生した公爵令嬢であっても……ね。


 ヒロインだから許されるなんて、現実にはあり得ませんのよ? この世界は物語ではなく現実ですわ。気づけなかったのが敗因ですわね、自称女主人公ヒロイン様。

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