トランヴェルの魔女

ふしたくと

第1話 気がついたら魔女のフクロウ

「私は気がつけばフクロウになっていた」


それまでは普通に人間として生活を送っていた…。

しかし気がつけば私はフクロウになっていたのだ…。

しかも…魔女のフクロウとして…だ。


「トランブェル」

私は魔女に呼ばれた。

魔女は腕を伸ばし、腕に止まるように私に指示を出したのだ。

私は肩甲骨を動かす感覚で羽を広げ、彼女に向かって飛んだ。


未だにうまく飛ぶことができず、彼女の腕に止まることを苦手としていた。

今回も彼女の腕を通り越してしまい、彼女の豊富な胸に足がついてしまった。


「こらッ!」


怒られながらも私はなんとか彼女の腕にとまろうと再度羽を広げて足をばたつかせる。

バランスを崩しながらもなんとか腕にとまることができた。


「お前は本当に腕にとまるのが下手ね…それともわざと胸にとまろうとしてるのかしら…」


私は故意におっぱいにとまろうとしているのではない。

どうしてもうまく腕に飛び降りることができないのだ…!

どうやらこのフクロウは私の意思が憑依する前から腕にとまることを苦手としていたようだ。


「今日は魔女会へ行くよトランヴェル…久しぶりの外出よ」


どうやら今日は外に出れるようだ。今まで外出はほんの数回しかない。

だから私は外の世界のことをほとんど知らない。

実は外の世界どころか、この魔女が住む家の中も把握しきれていない。

魔女の家は二階建てでありとても広い。フクロウ専用の部屋もあり、部屋の中は森そのものである。

だから大して外の森と大差は無く、毎日部屋にいると言うよりは外にいるような感覚なのである。

この家には魔女とメイドと私しかいない。二人と一匹ではこの家は広すぎだ…。


「それじゃ行ってくるね!深夜2時頃に帰ってくるわ」


魔女であるマベルはメイドに帰る時間を伝え、

ペットのフクロウをつれて魔女会に出かけることにした。


玄関を出た先は暗い暗い森が広がっていた。

魔女マベルは杖を立て、杖の先端に光を灯した。

七色の光が森を照らしていった。


「たしか魔女協会はー…こっちだったかしら?」


彼女はブツブツつぶやきながら森の中を進んでいった。


「トランブェルも久しぶりに魔女協会へ行くよね」


(そうなのか…)


私は彼女の会話に相づちを打ちながら魔女会の情報を集めることにした。

彼女の話によれば、魔女会とは月に一度魔女たちが集まる会のことを言うらしい。

この大陸に住む魔女は魔女協会に属しており、魔女会で情報の共有をしているそうだ。 

(要は町内会の集まりみたいなもんか…)


そして彼女は二年の間、魔女会をすっぽかしているという。

今日はなんとしても参加しなければならないと彼女は言っていた。


なんとなくこの世界を理解し始めてきた…。

とりあえずこの世界には魔女が存在し、

その魔女の社会がある。

うん、それ以上のことはわからない。

何故自分は魔女のフクロウになったのか…。

何故自分はこの世界に来たのか全く検討がつかない…。


「うわあああああ!助けて!」


私がない頭でうんぬん考えている中、突然悲鳴が森の中で鳴り響いた!


「あれ、人間だ」


魔女マベルの目線の先に魔物に襲われている男女二人がいた。


「お父さん!助けて!」

「化け物め!カリアから離れろ!」


オオカミのような魔物が女の子の足に噛みついていた。

その女の子の父親と思われる男性は木の棍棒で必死に魔物を叩いていた。

しかし、むなしくもその攻撃は魔物に通じておらず、魔物はグイグイと女の子の足を食いちぎろうとしていた。


「あらあ…あの人間かわいそうに…」


魔女は人間が食われる様を見て微笑んでいた。


(おいおい…マジかよ…)


元人間としてこの状況を見過ごすのはとても忍びない気持であった。

しかし、自分の力で彼らを救うことができない。



(もう見ないふりするしか…)


「助けて下さい!」

男性が泣きながらこちらを見ている。


「どうか娘を助けて下さい!お願いします!」

「もう助からないわよ」

魔女マベルは冷たく言い放った。そして男性に向かって坦々と説明した。

「魔物に噛まれたら最後。その子には呪いの魔法がかけられているわ…。たとえその子を助けたところで後々血反吐を吐いて死に至るでしょう」


「お願いです…助けて下さい」

男性は泣き崩れながら助けを求めた…。


魔女マベルは冷たくあしらっていたが、

私は男性のあまりの必死さに心が打たれた…!

気がつけば私は魔物に向かっていたのである。

(やはり同じ人間として見過ごすわけにはいかない…!)


思い切って魔物の目に足の爪を刺してやった!

あぎぇぇ!っと魔物は悲鳴を上げ、女の子の足を離した!


「あーもう何してんのよトランブェル…そんなことしたら魔物がこっちにおそってくるでしょ~もうプンプン」


魔女マベルは面倒くさそうに杖を構え、魔物と対峙した。


「グルルル…」


魔物は片目を失いながらも襲う気満々であった。


「もう人間を助けるなんて信じらんなーい…ただでさえ今急いでるのに道草している暇なんてないのよ~全く…」



「ガア!!」


魔物は魔女マベルに襲いかかった!

…が、即座に魔物の頭が破裂し、粉々になった…。

瞬殺である…。


「もう無駄な殺生をさせて…どうせその子は助からないのに」

魔女マベルは頬を膨らませながら私のひたいに指を指し、「めっ」と私を叱った。


「カリア!」

男性は女の子に向かって必死に声掛けをしていた。

「お父…さん」

女の子は徐々に顔が青ざめていった…。


「だからもう助からないって言ってるのに」

「お願いだ!娘を…助けてやってくれ!」

「はあ?さっき魔物から助けてやったでしょうに。さらに助けろと言うの?そもそもその子はもう助からないって言ってるのに…本当にわからないやつだね~これだから人間は嫌い」

「頼む…!娘だけは…娘だけは助けてやってくれ…頼む」

「自分でなんとかしなよ~助けたって何の利益もないし」

「金ならいくらでも…娘が助かるなら何だってやる!」

「ふ~ん…でもなあ…お前ら人間にできることなんて限られてるしなぁ…怯えて群がることしか能の無いお前らが私にしてやれることなんて無さそうだけど」

「それに私が人間を助けたら魔女協会に何されるかわからないし」


(やはり魔女…人間を助ける気なんてこれっぽっちもない…)


「あんた魔女なのか…てっきり魔法使いだと…」


男は震えながら魔女マベルに説得しはじめた…。


「頼む…何だってやる!俺の命をやってもいい!」

「お前の汚い命なんていらないよ~…」


魔女マベルは眉にしわを寄せて考え、そして閃いた。


「んーそれじゃあさ…村の結界を解いてよ!」

「な…」


男は絶句した。


「あなた娘のためなら何だってやるんだよね。なら村の結界を解いてくれないかな」

「そんなこと…できるわけが」


人間の住む村では魔物が村に入れないように結界を張っている。結界を解くことは村に住む住民を危険にさらすことを意味していた。


「はあ?さっき何でもやるって言ったじゃない。人間って本当に嘘をつくのが得意な生き物よねーこれだから嫌い」

「頼む…村のみんなの命を危険にさらすわけにはいかない…頼む」

「はあああ?じゃあ娘の命は無いね」

「お願いだ…金ならいくらでもやる!頼む!」

「何でいちいちお前の要望に応えなきゃいけないの?

これだから人間はクズ…本当に娘を助けたいなら村の一つや二つ売るもんでしょうが」

「村のみんなは…家族だ…裏切ることはできない!」

「馬鹿馬鹿しい…これだから人間は知能が低い…

あのね~私が話してるのはさ…娘を助けるか、村の結界を解くかどちらかって言ってるの」

「それ以上それ以下もない。その二択を選べって言ってるの…

選択肢を与えてやってるだけでも有り難いのに何故あんたからあれもこれも要望がでてくるのかしら」

「立場理解してますー?あんたは今試されてるんですよー?

本当に娘を助ける気があるのか…ってね。つーか早くしないと娘死ぬよ?よく悠長に悩んでいられるね」

「…わかった…結界を解こう…」

「やっと決断したかーおっそーい。本当に娘を助けたいなら即決断するよねー。無駄に時間をかけて馬鹿みたい~娘が可哀想~」

「その代わり本当に娘を助けてくれ!」

「わかったから早く村の結界を解いてきなよ。お前ら人間と違って魔女は嘘をつかないからさ」

「先に娘の介抱を…」

「ば~か!先に結界でしょう?当たり前じゃない。何故お前の要望を優先にしなくてはならないのか」

「ほら…早くしないと取り返しのつかないことになるよ。もって後二時間くらいかなー?」

「くそ!」

男は啖呵を切って村の方向へ走り出した。


「ふふ…面白くなってきた」


魔女マベルは不吉な笑みを浮かべ、私の羽を撫でた。


「人間は本当に面白い…あいつらは即欠即断ができない不完全な生き物だ…それ故にこの後も何をしでかすかわからない…」

「あの人間がどう行動するのか見物ね…」

「魔女会もまだ時間あるし、ここで遊んでいきましょうトランブェル…」


私は恐ろしい魔女の隣で行く末を見届けることしかできなかった。もし私にも力があれば…少しでも話すことができれば…

彼らを救えたのかもしれない。

私はマベルとともにここで人間の行く末を観ることにした。

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