復讐の現場
平野武蔵
復讐の現場
ゲイバー「つぶらな瞳」の裏口から少し離れたところでオーナーが現れるのを待った。
タクシーがやってきた。裏口の前で停車し、オーナーが降りてきた。
彼が裏口のドアを開けて店の中に入ろうとしたとき、背後から駆け寄りスタンガンを彼の背中に押し当て気絶させた。
足首をつかんで店の中に引きずり込むとドアを閉めて鍵をかけた。
フロアの中央にあるお立ち台の上に椅子を据え、気絶したオーナーをビニールひもで縛り付けた。手は後ろ手に上半身は背もたれに、足は椅子の脚に縛り付け、口にはガムテープを貼った。
店のキッチンでヤカンに水を汲み、彼の頭上で傾けた。
オーナーはうなだれていた顔を跳ねあげて意識を取り戻したが、声を出すことも飛び上がることもできなかった。
自分の店なのに砂漠の真ん中に放り出されたような表情をしていた。
「何で自分がこんな目に遭ってるのかって? でもな、質問するのは俺のほうだ。お前は人形のように首を振って答えろ。いいな」
床に滴を垂らしながら彼はおそるおそる頷いた。
「・・・お前はマインド・ボムか?」
彼は目をそらした。
彼の頬を張った。鋭い音がフロアの静寂を切り裂いた。
「もう一度訊く。お前はマインド・ボムか」
彼が何か言った。口がガムテープでふさがれているので言葉にならなかった。
ガムテープを一息にはがしてやった。
「愛していたのよ!」
彼が叫んだ。
その言葉を聞いた瞬間、目に涙があふれた。
怒りと悔しさと自己憐憫の感情に押し出された涙だった。こらえることはできなかった。
「愛していただと? お前とやったおかげでなあ、俺はマインド・ボムになっちまったんだぞ! ちくしょう、俺はただ金が欲しかっただけなんだ! ちくしょう、なんでマインド・ボムだって言わなかったんだよ!」
彼は再び目をそらした。
「お前は人の命より自分の欲望の方が大切なのか、ええ? まったく笑っちゃうよな。結果的に俺は10万で自分の命を売っちまったんだ。なあ、おい、笑っちゃうだろ? 笑えよ、この野郎、笑えこのホモ野郎、笑えオカマ野郎、笑え! 笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え!」
涙が滴となって頬から首筋へと伝った。
しかし、いまは泣くのをやめねばならなかった。
深呼吸をして気持ちを静めた。
「よし、裁判ごっこだ。お前は被告人、俺は裁判官。裁判官が判決を言い渡すところから始める」
咳ばらいをし、マイクテストみたいにアー、アーと発声練習をしてから威厳のある声を作り判決を言い渡した。
「被告人は自らがマインド・ボム陽性である事実を認識しながらも、その事実を隠蔽して被害者と性的関係を持った。自らの欲望を最優先にした被告人の行為は非人道的であり情状酌量の余地はない。よって被告人は・・・」
ズボンの後ろポケットからジャックナイフを引き抜いた。
「死刑!」
* *
一週間後…
「手違いがあったんです」
所長と名乗る男が言った。
僕はマインド・ボムの検査を受けた保健所に来ていた。
オーナーを殺した後で、アパートに戻ると留守電にメッセージが残されていた。
保健所からで、伝えたいことがあるから御足労願えないかということだった。
「手違いって・・・?」
「陽性反応が出た血液はあなたのではなく別の方だったんです。ところが結果を誤って送ってしまった。検査のミスではなく事務的な手違いです。そのせいで大変な心労をおかけしてしまった。本当に申し訳ございませんでした」
そう言って所長は深々と頭を下げた。
「手違い・・・」
「申し訳ございません」
「遅すぎるよ」
所長はさらに頭を深くした。
「遅すぎるんだよ」
僕はすでに取り返しのつかないことをしてしまった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます