第12話 月面逃走

 コロニーのガラス越しに照りつける太陽が眩しかった。地球よりも日差しはきつい気がする。

 一人になった。こっちの方が早い。あのカフェの人たちも所詮はコロニーで生きている。だから、みんな悪口を言ってそれで寝で起きたらまた切り替える。地球で働いている人の間にもよく見る光景に過ぎない。

 街はどこも同じ景色が続いている。そこに住宅があったり、会社や工場がランダムに並んでいる。

 行き交う人は無表情だ。初めて一二三と歩いた時よりも、コロニーに対する目が冴えて来た。私はいける、必ず帰る。根拠のない自信でも無いよりはマシだ。

 すれ違う月面ワーカーも一二三から貰った作業着のおかげで難なく通り抜けた。監視カメラには反応しない。もう30分ぐらい外を歩いているが何の問題も見つからない。一二三が「俺なしで外に出るな」と言っていたのは、カフェ・アルテミスで働かせるための嘘なのでは無いかとさえ思えてしまう。

 トトはひたすら巨大な門に向かって歩いた。記憶では食料輸送船から出た場所も門の近くだった。そこに行けば、こっそり乗って帰れるかも知れない。

 白い建物に太陽の光が反射している。目の前から複数の月面ワーカーがこちらを睨んでいる。普通の月面ワーカーと違いベレー帽を被り、手には妙な物を持っていた。それは教科書の写真で見たことがある。かつて第三次世界対戦で使っていた拳銃にそっくりだった。


「少女よどこへ行く?」

 先頭の男がそう言った。身長も異様に高い。二メートル近くある。

「あなたには関係ないでしょ」

「そんなことはない。我々は月面警察である。月の住人を管理、促進していくのが我々の役目だ」

「でも、私は急いでいます」

 そう言ってトトは何事もなかったかのように側を通り過ぎようとした。所がそれを遮るように月面警察は両手を広げた。その仕草から、絶対にここから先には進ませないという強い意志が感じられる。

 トトはそれ以上進むことが出来ず立ち止まった。内心かなり焦っていた。一二三の言葉が脳裏に浮かぶ。月面警察に見つかると最後に待っているのは死だ。

「十五歳以下の子供はMLTIに入学する義務があるはず。なのに君はなぜここにいるのかな?」

 別の月面警察がそう言ってトトの顔を覗いた。トトは地面に目線をやって月面警察と視線を合わせないようにした。月面警察の顔を見た瞬間に動揺して泣きそうになるだろうと思ったからだ。

「ふん、言葉で語らなくとも心は知っているさ」

 月面警察はそう言って手に持っていた拳銃をトトに向けた。よく見るとそこには引き金が付いていない。銃口にはカメラが付いていてトトの心を数値化している。

 ここで月面警察にとって想定外のことが起きた。何度あてがっても創造的知能指数が測れないのだ。エラー表示が銃に取り付けられた画面に出ている。

「どういうことだ?」

「おい、何をもたもたしている」

「俺じゃ無い。変だな。測定器が反応しないんだ」

 月面警察は内輪で何か揉め始めた。だが、まだ三人目がこちらを睨んでいる為、逃げれそうに無い。トトは一瞬の隙をうかがっていることがバレないようポーカーフェイスを貫いた。

「データがバグってるのかも知れない。確認した方が良いぞ」

「もうやってる」

 月面警察はトトを目の前にして全員顔を突き合わせた。銃についている小さな画面を見ている。そこには全て月の住人の個人情報が入っている。その視線は全てトトの方を向いていない。


 隙はここしか無い。トトは背を向けて走った。咄嗟の事に月面警察は反応が遅れた。

「しまった。おい、第二班応答しろ」

 後ろから聞こえてる声を無視して、一番近くの裏路地を曲がる。

 必死に足を動かす。監視カメラがトトを追う。トトは相手を振り切る為に死角を利用した。裏路地を曲がる。風が頬を打つ。

 月面警察の足音は鳴り止まない。それどころかどんどん大きくなっている。

 目の前の道は更に細くなり、二つに分かれていた。迷っている暇はない。トトは直感で左を選んだ。

 監視カメラが相変わらずトトを捉えた。そのまま同方向に動く。トトは不気味な感じがする。早く振り切らなければまずい。そう感じた。

 細い裏路地の奥に光が差している。向こう側は大通りだろう。トトはそこまで全力で走った。既に息は切れかけている。

光の向こうから人影が見えた。背の高い男だ。帽子をかぶっている。トトはそれが何者か分かった。それと同時に心が折れる音がした。

 月面警察の一人が回り込んでいたのだ。立ち塞がる男の前でトトは立ち止まった。後ろを振り返る。三人の月面警察が追いかけて来た。

「はぁはぁ…これで逃げられないな」

 立ちすくむトトに月面警察はジリジリと包囲網を縮めていく。終わりを悟った。子供と大人の力の差で初めから逃げることなど叶わなかったのだ。

 遥か遠くに見える地球を見つめた。これで最後かも知れない。だから一秒でも多く見ていたい。

「そこで止まれ」

 先ほどトトが逃げて来た方角から声が聞こえた。月面警察もトトも気になって振り返った。そこにはフードと被り、仮面を被った少年のような風貌の男の子がいた。

「なんだね君。その格好はふざけているのか?」

「僕は君たち月面警察に用はない。そこのお嬢さん。僕は君を迎えに来た」

仮面の子は少し恥ずかしそうにそう言った。トトはその声にハッとした。すぐに仮面の下が誰なのか分かったらかだ。

「どうやらMLTIは見直しが必要なようだ」

月面警察はそう言って仮面の子に創造的知能指数を測る測定器を当てがった。画面には80と表示されている。その瞬間、仮面の子は日記とペンを取り出す。

「なんだそれは?」

 仮面の子は何やら日記に書いている。全員がその行動に注目した。画面の数値がみるみる間に60前後まで下がった。

「何が起きている?」

「この二人一体何者なんですか?」

 月面警察は驚きを口にする。それはそうだろう。一人は創造的知能指数が表示されず、もう一人は急に指数が下がるのだから。

 仮面の子はトトに近づき手をとった。

「逃げるよ」

 小さくそう囁く。月面警察が呆気に取られている。トトは仮面の子に手を引っ張られながら、月面警察の横をすり抜け大通りに出た。

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