第九章 歪み

第九章 歪み 1

傀暦かいれき百三十年十一月二十五日>

 連邦最高議会で挙げられていた議題は、桃連邦を取り巻いているいくつもの懸念事項についてだった。


「鬼ヶ島の経済状況が活発化し、好景気に入ったことは確実です。経済立て直し策が功を奏している模様で――」


 鬼ヶ島の景気状況が活性化しつつあることを述べ続ける外務局職員。

 生産と消費の間に大きな不均衡が起こり、不況となっていた鬼ヶ島の経済状況。

 その不況を立て直した猩峰鬼しょうほうきの経済政策案と手腕は見事だった。まさに政治と経済に優れた実用主義者だ。

 政府が借金を負うという島債発行。その借金をもって失業者への給付金、銀行の金融緩和、企業への補助金、公共事業活性化を行うと聞いた時、給付金は良くても他の政策は上手くいかないだろうと思っていた。

 今まで市場への政府介入と経済政策は限定的で、大規模なものは行われてこなかった。政府が市場経済に積極的に関与することは、公正な競争を阻害し自由市場経済を好く気風が強い鬼ヶ島の島民には合わないと思っていたからだ。でも、一連の政策は考えとは裏腹に成功を収めていた。

 生活困窮者や失業者を道路、輸送船、橋、救急医療等の政府主導の公共財供給のため、公共施設建設に大規模雇用を行った結果として失業率は格段に低下した。企業への給付金と金融緩和も相まって、市場経済は活発化していた。

 合わせて、蒸気機関を搭載した大型輸送船の開発成功により、他街との貿易が今までよりも遥かに活発になっている。珈琲豆や高品質の鬼のパンツといった、鬼ヶ島独自の商品も高い収益を上げているとのことだった。

 当初は島債を五年掛けて償還しょうかんする予定が、現在の好景気による税収入で既に年数を短縮する検討案が出ている模様でもあった。

 この転換と相まって桃連邦からは市民の流出が増加。住居比率が五対五を越え、四対六に迫る勢いだった。

 公共投資で経済回復を行うという先進的な経済政策は市民の暮らしにとって、精神的支柱となり魅力的に映っていた。

 そして、社会保障という鬼ヶ島内で以前に制定した制度も、富の再分配という観点から評価が高まり、格差が可能な限り縮小したことも影響していた。

 桃連邦は集団農業、集団畜産業、集団漁業などにより食料生産力は高い。食料自給率も連邦内市民の消費量を大きく上回る生産量だ。等しく食料は分配され、飢えることはない。

 鬼ヶ島では自給でまかないきれない食料は、桃連邦や他村から輸入を行っている。なので、食料品の値段が変動し買えなくなることもある。

 けれども、鬼ヶ島へ転居を望む者たちは、豊かさ、高い賃金、豊富な物資とみんな口々に言っている。


「市民の流出はやはり日常生活と経済の硬直性、抑圧性に起因している部分もあるかと」


 連邦議員の誰かが発言した。

 転居する者たちは色々な自由、桃連邦にはない自由を求めているとも聞いていた。


「その件ですが、官僚機構の肥大化への不満。成果に応じた報酬と昇進が行われないことへの不満も出ております」


 労働局代表のキジ尾が続けて言う。


「先月議題に上がった労働者の怠けですが、ここ最近顕著となっております。著しく生産性の質が低下してきています」


 先月初旬、鬼久夜きくよさんから聞いた労働者の怠け癖は気付けば、桃連邦内のいたる所で発生していた。どの職場でも怠けを行う者がおり管理者からの指導、減給などの対策を行っても巧妙に、そして悪質に抜け道を見つけて怠ける者がいた。管理者や同僚を賄賂で買収している者もいると報告が上がってきていた。

 何故そこまでして労働を行いたくないのか? 何故、働くことに意義を見出だせないのか、私は心底理解出来なかった。

 鬼久夜さんから熱い説得を行ってもらうも、どの者も聞く耳を持たなかった。

 私も農場や工場など労働者の所に行き、演説や説得、話をするも相手の心に響いている実感がなかった。口では反省や理解を示す者もいたが、本心から言っている者は少ないと感じ取っている。

 改心し理解を示してくれたのは極少数の者だけである。


「生産性が下がり、労働者の意欲とやる気が下がって更に怠ける者が増え……と悪循環に陥り始めております」


 キジ尾はそう報告を終え私の顔を見る。


「抜本的に解決して行かなければならないと思う。労働の尊さ、桃連邦にとっていかに労働者というものが社会を作り上げているかを、再認識してもらわなければならない。同志諸君、具体策はありますか?」


 一時の沈黙の後、キジ尾が発言する。


「抜本的にと言うと……共産主義体制で良くない所を資本主義体制から取り入れる。つまり、混合経済というのはどうでしょうか?」


 彼の続けられていく説明を耳を澄まして聞いた。

 キジ尾は共産民主体制としての混合経済を推奨した。資本主義と共産主義の折衷せっちゅう案だった。


「市場原理に基づく組織同士の競争がなければ、やはり意欲が上がらない。また、変革、技術革新が起こりにくく発展が止まってしまうと職員からも意見が出ております」


 キジ尾の発言にざわつく中、犬助が続けて口を開いた。


「僕も同志キジ尾の意見には一理あるかと思います。根本的にはみんなが豊かであれば思想形態イデオロギーの違いに拘泥こうでいする必要はないかと。今の桃連邦はやはり多種多様な欲求、需要を満たせなくなっているかと思います。お店の料理も同じものばかりですし……」


 悲しい顔をする犬助。美食家の犬助は以前よりも種類や創意工夫が少なくなった桃連邦の料理に苦言を呈していた。


「確かに同志犬助の言う通りです。僕も創意工夫がなく、どれも同じような統一的な服は良くないと思っていました。靴一つとっても種類が三、四種類しかないのは辛いです。また、鬼のパンツのような高品質の商品は企業努力の賜物たまものであって――」

「話題が逸れているよ、同志キジ尾」

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