第四章 猩峰鬼(しょうほうき)の懸念

第四章 猩峰鬼の懸念 1

 <傀暦かいれき百二九年七月二十日>

 鬼ヶ島にある会社の執務室で、沢山の資料の山と向かい合いながら必要な決裁を行い、手元にある沢山の様々な資料に目を通し続ける。

 朝からずっと執務室に缶詰状態で終わりが見えないと思っていたが、夕方になりようやく終わりが見え始めてきていた。

 通常より大きめの机を使用しているのに、積み上げられた資料や散乱した紙の束のせいで、机が見えなかった状況も今は改善されつつある。

 いろは村と鬼ヶ島が直面している経済不況の波にどう対処していくか、最優先で考えねばならなかったが、経営するいくつもの会社の経営危機をおざなりには出来なかった。

 経済の立て直しに躍起になって、自分の会社の倒産を招けば本末転倒だ。

 経営判断を誤れば幾数百名もの従業員が路頭に迷う……。そうなれば、まさにこの世の悪夢だ。

 経営判断は各会社の取締役や社長に可能な限り任せていたが、殻もついたひよこ同然のやつらには全てを任せきれなかった。

 従業員の生活、家族、取引先の会社。管理職、経営者として背負うものがどれほどのものか分からぬ奴には何も任せられない。飼っている金魚すら信用して預けられないと確信があった。

 湧いて出てくる余念を振り払ってはまた湧いて出てくる別の余念も振り払い、様々な書類に目を通し頭を最大限回転させて片付け続ける。

 あと少しでようやく終わりそうだった。


「失礼します。猩峰鬼しょうほうき様、伝達事項です」


 秘書の女性、美鈴みすずの声が聞こえたと同時に、扉を素早く叩いて開ける音がした。速歩きで近付いてくる。


「帰るまではこの決裁書類の山を片付けるのが優先だと言っただろ! 他の雑多なことは帰る時に聞くと言ったが!」


 彼女に目もくれず、資料内にまとめられた統計表や図表を見続ける。


「猩峰鬼様の優先事項と、私の伝えるべき伝達事項の優先具合を勘案した結果、私からの伝達事項を優先すべきと判断いたしました」


 彼女より一回りも大きい赤い体を持ち、苛立つ強面の俺に何一つ臆さず、美鈴は淡々と述べた。

 この誰に対しても物怖じせず、自らの仕事を全力で責任感を持って望む姿勢は高く評価していた。だからこそ、常に俺を支援出来る側近として秘書に抜擢させている。

 鬼族でないからとか、女性であるからとか、わけの分からない事を言い反対していた輩より格段に有能だった。

 種族や性別だけで判断し、性格や中身、仕事の業績を見ない無能は根こそぎ権限と役職を剥ぎ取って、一従業員に降格させた。

 職責も果たせない無能がただ椅子を温めるためだけに存在するなど、怠惰も良い所だった。彼女の爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。

 その彼女が最優先で伝える必要があるということは本当に最優先のことなのだろう。彼女の判断力は常に研ぎ澄まされていた。


「結論から、そして手短に頼む」

「評議委員に立候補していた桃太郎、犬助、猿彦、キジ尾の計四名が当選しました。当選発表と同時に共産党と称した徒党結成を表明。直後、現職評議委員三名が入党を宣言しました」


 資料から目をすぐさま離し、筆記板ボードを持ち灰色の女性用背広を着た美鈴の顔を見る。肩まで伸ばした髪と、いつもの無表情がそこにあった。

 今日が評議委員選挙の開票日であったことを思い出す。それと同時に立候補していた桃太郎という奴や、他三名のことも頭に浮かべる。


「何? 当選するとは思っていたが党結成とは何だ。それに現評議委員の入党だと?」


 桃太郎、犬助、猿彦、キジ尾は民衆の人気をわずか数ヶ月で絶大に集めていた。

 評議会、とりわけ俺を含め会社経営をしている現評議委員への支持率が下がるのと対象的に、桃太郎たちは支持率を上げていた。

 平等と格差是正の言葉を、見事な宣伝材料としていた。

 資本家や経営などを生業なりわいとしておらず、まっさらな一般市民として立候補した奴らは、民衆から大きな注目と期待を浴びていた。

 特に中心となって活動している桃太郎は新聞やラジオなどで「時代の寵児」、「初の専業評議委員か?」などともてはやされていた。

 街頭に貼られたはり紙の顔は凛々しく整った顔立ちをしていた。その顔を見て、まだまだ若い小僧だと思っていたのを思い出す。

 恐らく四名とも当選するとは思っていたが、党の結成だと?


「党結成は多数決に抗い、一丸となって意見を通すためと説明しておりました。評議委員の入党に関しては、秘密裏に根回しがあった模様です」


 簡潔明瞭な回答をして、そのまま美鈴は続ける。


「幾名かの関係者へ先ほど電話し聞き取り調査を行った所、入党を宣言した評議委員は会社経営が悪化している従業員たちの意見に押され、決めたようです。入党を拒めば暴動、同盟罷業ストライキも辞さない勢いに気圧されたとのことです」

「従業員を簡単に解雇し、切り捨てていた会社の評議委員どもだろ? そのツケが自分自身に回ってきたから、慌てふためき同調でもしたんだろう」

「はい、おっしゃる通りかと。共産党へ入党した三名は魃洛はつらく源次げんじ魅礼みれいです。三名とも経済不況の煽りを受けた際、すぐに人件費削減へと舵を切り、自身の経営する会社傘下の従業員たちに解雇通知を出し、解雇を強行した者たちです」


 三名の忌々しい顔を思い出す。評議会で不況対策を行う討論の際、三名は従業員の大規模解雇をほのめかしていた。怒鳴るように反対意見を出すと、「猩峰鬼様の意見は理解し尊重させて頂きます」と言っていたが、会社の各従業員へ解雇通知をいけしゃあしゃあと翌日には出していた。


「だから補償金もなく解雇するなと言ったのだ。解雇するにしても、次の働き口を見つけてやるか、見つかるまで面倒を見ろと言ったのに! 目先の利益に囚われて招いた結果に、また目先の利益で行動するとはな! 救いようがない」

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