むのう
出汁の素
第〇話 傷心
「Помоги мне(助けてくれ。)」
「Пожалуйста, откройте ворота(門を開けてくれ~)」
そうロシア語で叫びながら、タイヤの無い、浮いた車に乗った多くの人達が、吹雪の中、国境の門の前に集まっていた。
ドドドド
遠くの方から、地響きが鳴り響き、その音は、姿は見えないが少しずつ近づいて来た。中肉中背中年のおっさんから定時の引き継ぎが終わり配備についた私に、銀髪の端正な顔をした青年兵が私のところに駆け寄って来た、
「どうしましょう、隊長。」
「どうしましょうって?」
説明もなく、私に指示を求める青年にポカーンとした顔で答えた。私は、13歳の私に説明なく指示求めるなよと、苛立ちを覚えつつ説明を聞いた。
「2000人程度のソビエト連邦の難民が国境の門の前で保護を求めてます。」
「は?聞いてないよ。あの、おっさん。」
「その後から地鳴りがどんどん近づています。」
「地鳴り?」
私は、黒髪をなびかせながら、門の上の監視棟に駆け上がり、ポシェットから望遠鏡を取り出して、レンズを拭き地鳴りの先を眺ると、巨大な魔物が数十頭とゆっくりと近づいて来ていた。
「まじ?」
「隊長?」
私の独り言に反応した部下に、私は叫んだ。
「直ぐに援軍要請して。巨大な魔物が50弱近づいて来るわ。中型以下は見えないけど、多分膨大な数よ。ダンジョンから溢れたわね。これはスタンビードよ。」
「は、はい。」
急な指示と、説明に戸惑いながらも、返事をする部下を尻目に、右耳に着けたイヤホンマイクに触れた。
「オペレータ。記録して。」
「はい。」
イヤホンの先から、乾いた声が返ってきた。私は、冷静さを保ちつつ、はっきりした声で記録に指示を残した。
「大東亜帝国軍近衛咲夜中尉は、大東亜帝国軍魔獣対応規則第195項に基づき、当直最上級指揮官である、ソビエト連邦第27国境警備連帯第1国境検問所配備第2中隊長として、魔獣対策条約第15条の魔物被害と認定し、被害外国人の一時受け入れと、越境交戦を実施するものとする。以上。録音終了。」
私は、落ち着いて、ドキドキする気持ちを何とか抑えながら次の指示を出した。
「被害外国人の受け入れを急げ。条約上、人権の一部制限は認められているから、全員に手錠をかけるか、交戦に参加させるか選択をさせ、どちらかを選んだもののみ受け入れよ。手錠をかけたからと言って暴力は厳禁だ。人がいないんだ。そうだ、第一中隊の佐久間中尉は?」
「急いで幹部の部下達を連れて逃げるように本部の落合の方に走っていきました。もう休みだと行って。」
あいつ、分かっていて逃げたんだな・・・・。殴り飛ばしたい。そんな気持ちを抑えながら、200人からの部下、他部隊を含めれば600人に昇る命を守るために、最悪な状況を何とか乗り切らないといけない。休暇中の可児中尉と、検問所長を兼ねる伊達大尉が戻ってくるまで後6時間近くある。思わず暗くなった。だが、そんな顔をしているわけにはいかないので、
「そう。大尉が、本部に行ってる時に、逃げたの?とりあえず、すぐに本部に援軍要請。住民達も落合に避難させるように。第一種警戒宣言を。他の部隊も起こして、協力させる様に。全員何とか生き延びようね。」
「「「「はっ。」」」」
部下達は、13歳の私の指示に従い、散っていった。私は、屋上に、登りバックから無数の小型ドローンを取り出し、銃を用意した。その間もイヤホンには、部下達からの報告が続いた。
「本部からは、住民の撤退に専念する為、現有戦力で持ち堪えろ。と、」
「樺太総統府にこのことを含め伝え、援軍要請を。」
「住民の避難指示終了。マニュアル33に従い、避難を開始しました。」
「よろしい。」
「難民の内、従わないもの達が多く、」
「従わないもの達は入れなくていい。後1分で閉めると言え。本当に閉めろ、もうすぐ戦闘開始だ。」
10分ほどで準備が出来た時には、吹雪が収まり、魔物達の先頭が後数分の距離に近づてきた。
「オペレータ。マイクを全員に繋いでくれ。」
「はっ。繋ぎました。」
私は、大きく深呼吸をした。
「ありがとうございます。皆さん。私は現在の国境警備隊担当司令官の近衛咲夜です。今からスタンビードとの戦闘を開始します。これからの攻撃で大型の魔物達を殲滅させれなければ直ぐに撤退指示を出します。そのつもりで、進むていてください。では、戦闘を開始します。」
そう言うと、無数ドローンは飛び立ち、魔物も群れに突入。目の前が無数の光に包まれた。そんな光景を眺めつつ、私は、なんでこんなことをしているんだろう・・・。と物思いにふけった・・・。そもそも、私がこんな環境を経験する原因は、2年程前にさかのぼる。
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「桜、お前との婚約を破棄し、お前の姉、操と婚約する。これは、お前の父、近衛公爵代行である道沖殿からも了解をとっている。」
品のない露出度満点のドレスを着た異母姉の操が、既に元婚約者の皇族の一員である小関宮禍仁殿下に、胸を押しつけ、ペッタリと寄り添って、私を見下した目で見つめている。舌舐めずりして私を睨んた。中学に入ったばかりの12才の思春期バリバリの男の子に、14才の操は何やってんだって思える感じで、私は一気に冷めてしまった。生まれてすぐに殿下と許嫁になって、母が事故で死んで、継母と異母姉二人が急に現れて父が離れていって、今は殿下も私から離れていった。
「桜。魔調べの儀で、魔力を得られなかった無能な貴女は、この近衛の恥だわ。お父様から、お前とは親子の縁を切る。どこへでも行けとのことでしたわ。まあ、優しい私が取り持って、貴方の荷物を取りに行くことと、貴方の口座に当面暮らせるだけのお金は振り込んでおいたわ。所謂手切金よ。どっちにしても早かれ遅かれ華族から追放される運命なんだから。それで好きなところへお行き。オーホホホホ。」
「操は優しいな~ガハハハ。優しい最高の女性だな。ガハハハ。桜、お前は勉強も剣術もできて、いっつもいっつも比較されて、史上最年少の皆伝だとか、北の麒麟児だとか、ムカついてたんだ。何で学科の進度が俺より進んでいるんだ。あり得ない。でもな、そんな薄汚いお前が、実は無能だったとはな・・・。今まで、自分の能力を鼻にかけてきた分、神が罰を与えたんだろうな・・。ガハハハ。幼いときに能力が高い者程、多くのジョブを得られると言われているが、無能なんて、どこまで神に嫌われたやつなんだ。そんな女じゃなく、優しくて、神から才能を与えられた、操と婚約できて俺は幸せだよ。」
「ありがとうございます。オーホホホホ。如月も、皐月も無能な貴方と離れられるって喜んでたわよ。お母様も目障りな貴方が居なくなって、ウフフフフ、オーホホホホ。」
当時、近衛公爵家の公爵孫の地位にいた私は、全臣民が受ける魔調べの儀で魔力を得られなかった。その結果、魔調べの儀から放心状態に近かった私は、北京のサマーパーティーで、婚約者に豪快に婚約破棄され、家を追われた。
その後、乗ろうとしていた飛行機が墜落する等、何度か死にそうな目にあいつつ、傷ついた心を引きずりながら、命かながら現役を半ば引退した祖父母が静養する東京に逃げてきた。祖父母は暖かく私を迎えてくれた。まぁ、父には思うところがあったみたいだが、私を一番に思ってくれて、私のことを匿いながら高い教育を受けさせて貰った。戸籍上は、本来乗るはずであった飛行機が墜落し、この世から居ないことになっている私は、桜を咲夜(さくや)と名前を変え、小学校は、地元の学校に通った。祖父母が優秀な家庭教師を雇ってくれて、何とか、東京の最高峰の中学に入学することが出来た。
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