【遠藤初陽視点】保健室で二人きり⑤

「寿都先生、出番です! 暴動を止めてこい、行けぇ、体育教師ぃ!」


 ビシッ、とグラウンドを指差すと、ムキムキ体育教師寿都は「おう!」と元気よくそれに応えて数歩走り出してからくるりと振り向き「いまお前、俺に命令した?」と尋ねて来た。気づくの遅くね?


「気のせいじゃないですかね。ご武運を」


 敬礼をして送り出すと、少々腑に落ちない表情をしていたが、それでも暴動は止めねばならんと思ったのだろう、首を傾げつつも走っていった。


 すげぇ、「コラーお前達ー!」って拳を振り上げながら走る人って、令和の時代に実在するんだ……などと感心している場合ではない。駒其の一を動かしたから、次は其の二を動かさねばならないのだ。


 こんな時のために、俺は職員間の『緊急校内放送』をチェック済みなのである。というか、放送に携わる人間は大体知ってる。もちろん、それなりに教師から信頼を得ておく必要はあるが、問題はない。何せ俺はC組学級委員長にして体育祭実行委員! 推しカプ成立のためならば己のプライベートをも犠牲にする男、遠藤初陽なのである!


「『養護教諭門別先生、グラウンド本部テントBまでお越しください。繰り返します、養護教諭門別先生……』」


 これでよし。 

 ちなみに、通常の校内放送と、緊急のそれとの違いはというと、二箇所だ。まず、『養護教諭』という部分だ。通常は『門別先生』のみである。まずここで、「緊急放送ですよ、あなたに関する緊急放送ですよ」と伝えるわけである。


 ここでズバリ「緊急放送です」と言わないのには理由があって、まだ大きな事件ではなく、職員のみで処理出来そうな場合など、「緊急」とアナウンスしてしまうことで、それを知らない生徒がパニックを引き起こす可能性があるため、速やかに校内の人間全員に知らせなくてはならない非常事態――地震や火事などを除いて、この方法が用いられる。


 それからもう一つ、『B』である。これは緊急の度合いだ。テントの番号ではない。その場合は『Bテント』になる。

 今回の門別養護教諭パターンだと『S』が意識不明レベルの重体、『A』は意識ははっきりしているが重症、『B』は軽症、『P』は集団食中毒である。


 まぁ、いまのところ負傷者は出ていないんだけど。ただ、白熱した生徒達が一斉に寿都に向かって行ったから、もしかして、ということもある。寿都もまさか生徒達を怪我させるわけにはいかないだろうから、防戦一方だろうし。


 おっ、来た来た。おっとり刀で門別が来た。ていうかマジで何か長いの持ってるぞアイツ。何だ? 竹刀……? あっ、職員室の前に立てかけてあるやつか! 


「鎮まれぇっ、馬鹿共ぉぉぉぉっ!」


 ――!!?


 校内一の美人教諭と名高い門別は、普段は声も細いし食も細い。もちろん身体も細くて、常に気怠げな雰囲気を纏っている、存在そのものが何となくエロい人だ。授業を担当しているわけでもないから関わる人間は少ないが、保健室でその気怠い雰囲気のまま生徒を受け入れ、数分〜数時間後に出て来たその生徒の七割は彼の虜になるという魔性の男である。打率七割バッターなんて恐ろしすぎて懐に入れない。


 そんな美人(男)養護教諭の聞いたこともない怒声である。腹から声が出まくっている。普段のあの吐息混じりのセクシーボイスはどこにいってしまったんだ。


 誰もが手を止め、ごくりと喉を鳴らして彼に注視している。その中でも全身をガタガタと震わせているのは、乱闘のど真ん中で、果敢にも生徒達を身一つで止めていた寿都だ。


「も、門別先生……!」


 青い顔で、その名を呼ぶと、それに気付いたか、門別が、すぅ、と目を細め、口元にうっすらと笑みをたたえた。『必殺・氷の微笑』だ。たったいま俺が名付けた。数人はそれにやられたらしく、うっ、と胸を押さえて悶絶してる。やめろやめろ、これ以上俺を忙しくするな。それにハーレム展開は管轄外なんだ。俺は一対一の幸せ甘々なイチャラブカップル派なんだ。いろんな生徒をとっかえひっかえする噂があるようなセクシー養護教諭は及びではないのである。それはR18もOKのサイトでやってくれ。


「寿都君、君ですか」

「ち、違う! 俺じゃない! 俺はむしろこの暴動を止めようと……!」


 ぷるぷると小刻みに震えながら首を横に振る寿都は、何だかいつもより一回りは小さく見える。縮んだ? すると門別はその辺にいた放送委員に「そこの君」と声をかけた。


「は、はいっ!」

「寿都先生が言ったことは本当ですか?」

「そ、そうです! 寿都先生は、暴動を止めようとしてましたぁ!」

「よろしい。まぁ、許してあげましょう。全員速やかに持ち場に戻れぇ! 体育祭を続行する! 寿都君はこちらへ来なさい」

「ひ、ひえぇ」

「返事はぁっ!」

「は、はいぃ!」


 何だ、そういうプレイか? いやいや、こいつらに構っている場合ではない。俺には推しカプ誕生の瞬間を見届ける義務があるのだ。悪く思うな寿都。どうせお前ら早晩デキるんだろ? 俺が手を下さずともさ。


 残念ながら、俺の特殊スキル・地獄耳に入ってきたのはそこまでだった。この後教師二人が別室に消えようが、そこでどんなアレコレが展開されようが知ったことではない。いまの俺は、友のために走るメロスだ。待ってろよ、セリヌン&ティウス!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る