なんやかんやで文化祭を楽しむ二人・白雪姫編

【南城矢萩視点】C組の白雪姫①

 体育祭も無事終わり、文化祭である。


 なんやかんやで俺はいま、コテコテの王子衣装に身を包み、ダンボールで作られた棺の中を覗き込んでいる。王子様が棺を覗き込む、でもうおわかりだろう、白雪姫である。いや別に、白雪姫は王子が棺を覗き込む話ってわけじゃないけど。だけど白雪姫以外に王子が棺を覗き込む話ってあるか? 少なくとも、俺は知らない。――眠れる森の美女? いやあれはベッドで寝てるやつだろ? 生きてるから。棺に入れんな。


 男子校の――しかも一般公開している文化祭というのは、とりわけ、近くにある女子高や共学校の女子生徒を意識しまくった催し物が多い。いくら同性カップルが多い我が校とて、やはり大半は女子が好きなのである。明らかに女子受けを狙ったであろう『執事喫茶』や『女装喫茶』、それからズバリそっち方面の受けを狙った『BL喫茶』なんてものもあるらしい。喫茶店がとにかく多い。ここはフードコートか。


 それで、だ。

 

 こんなにも何らかの変わり種喫茶店が乱立する喫茶店競合区において、俺のクラスは何をしているかというと、見ての通り演劇だ。別に競っているわけではないにしろ、出てきた案はことごとく何らかの喫茶店と被っていたため、そっち方面はすっぱり諦めたのである。

 じゃあ何をするかという話になった時、遠藤委員長が立ち上がった。


「いっそ演劇をやろう! 演目は白雪姫だ!」


 ウチのクラスにはちょうど演劇部が数人いるのだが、部員数の少なさから今年は部としての活動が出来ないらしい。それを知っていた遠藤が同情して発案したという流れのようだ。言い出しっぺだからと、脚本家兼監督を務めるとまで言い出し、クラスメイトはもちろん担任の度肝を抜いた。あいつ、マジで多才だな。


 シーンはいよいよクライマックス。毒林檎で倒れた姫にキスするシーンである。その棺の中にいるのは、美術室にある石膏像か人体模型――のはずだった。もちろん白雪姫は白雪姫でいるのだが、このシーンだけは、その後の演出の兼ね合いと、あと普通に男同士でキスとか演技でもしたくないし、フリだとしても嫌だ、と俺が駄々をこねたために、石膏像か人体模型になる予定だった。俺は頼むから石膏像にしてくれ、とお願いした。


 なのに、当日の土壇場になって急に遠藤監督が言い出したのである。


「この劇にはリアリティが足りない!」と。


 だとしたら脚本の段階で気付け。当日に気付くな。


 そんなことを言われても白雪姫役の角田かくたははっきり言ってウケ狙い白雪姫なので、ゴリゴリマッチョの空手部だ。何なら最後、王子を軽々とお姫様抱っこして退場することになっている。そんなやつにいまからキスしてくださいと言われても、絶対に嫌だ。いや、角田じゃなくても嫌だけど。というか、夜宵好きなヤツ以外は絶対に嫌だ。


 という俺の思いが通じたのか。


 クラスの仕事(夜宵のクラスのA組はさすが特進クラスだけあって、何かよくわからない文豪だの何だのの展示だった)を終えた夜宵を「ちょうど良いところに来てくれた神田! なぁお前この後二時間くらいあいてない?」と無理やり引っ張って来て予備のドレスを着せ、「何もしゃべらなくて良いから、ここに寝て、ずっと目を瞑っててくれ!」と、断る隙も与えずに棺の中に寝かせてしまったのだとか。もちろん眼鏡も没収だ。


 お前夜宵に何てことさせてんだ!


 いや、正直、グッジョブとしか言いようがない。

 遠藤、お前なんかよくわからないけど、すごいな。もしかして俺の気持ち知ってたりする? なわけないか。


 とにもかくにも、ダンボールで作られた棺の中には、じっと目を瞑ってこちらのアクションを待っている夜宵がいる。客席からは見えないはずなんだけど、ロングヘアのウィッグまで被せ、ご丁寧に軽くメイクまでさせて。ええと、普通に可愛いです。脳が混乱する。えっ、マジで普通に可愛いんだけど。こんな可愛い夜宵が、まさにキス待ち顔で横たわっている。いや、本当にするわけじゃないんだけど。


 ないんだけど。


 ……しても良くね?


 り、リアリティ!

 だってほら、リアリティを追求した結果だから!

 俺ってそういうところ本格志向だから!


 だけど、夜宵の了承もなしにやってしまって良いのだろうか。これで嫌われたりなんかしたら、俺もう生きていけない。俺は良くても夜宵は嫌だよな、男とキスなんて。

 

 まずい。

 客席がざわつき出した。

 そりゃそうだろう。「あぁ姫よ! どうか私の口づけで!」って叫んで棺の中に顔を突っ込んだ王子が微動だにしないのである。何らかのトラブル発生ではと思うところだ。するにせよ、したことにするにせよ、いずれにしても、動かなくてはならないのである。


 だけれども、勇気が出ない!

 出ないんだったら、したことにして顔を上げ、舞台袖に控えている照明担当にアイコンタクトすれば良いのだ。そうすれば暗転からの棺撤収、ムキムキマッチョの角田白雪姫がじゃじゃーんと現れる手筈になっている。


 だけど、こんなチャンス、二度と来ない!


 どうする。悩む時間はない! だけれども勇気が出ない!


 と、


『話は三週間ほど前に遡る――』


 !!?


 こ、これは、遠藤の声!?


『狩りの途中で道に迷ったヤハギ王子は、どこからともなく聞こえてくる美しい歌声に馬を止めた』


 遠藤!

 お前! 劇中では一切語られていないエピソードをアドリブで――!?


 なんかお前、俺へのサポートが手厚いな! 俺前世でお前のこと火事場から救ったりしたっけ!?


『ら゛~ら゛ら゛~ら゛ら゛ら゛~♪ る゛る゛~る゛る゛る゛~♪』


 ちょっと待て。それ白雪姫の歌!? そこまでいる!? あのさ、助けてもらっといてこんなこと言うのもなんだけど、お前の歌、下手ジャイアンリサイタルなんだよ。あぁもう、客席が別の意味でざわつき出したぞ。


 いや、遠藤の歌に色んな意味で聞き入っている場合ではない。友が時間を稼いでくれているうちに覚悟を決めるんだ!


 夜宵ごめん。

 これはその、演技のやつだから。リアリティを追求した、その、アレだから!


 棺の縁に手をかけ、ぐ、と身を乗り出す。


 と。


「!?」


 夜宵の手が伸びて、衣装の襟を掴まれた。

 閉じられていた瞳が、うっすらと開く。そしてうんと密やかな声で、夜宵は言った。


「良いよ」

「い、良いよ、って」

「しても、良いよ」

「や、やよ――」

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