第14話 うちあけ
私が話を終えると、鎌倉さんは真剣な表情をしていた。
さっきも見た、少し怖いくらいのその表情。意外と鋭い目付き。
そして一言。
「……ひどい」
と言った。
「夜野ちゃんはなにも悪くないのに、ひどいよ、そんなの」
「いやまあ、向こうも仕事で疲れてたんだろうし、一人で何もかもをやらなきゃいけないプレッシャーもあったんだろうから……」
「……フォローしたくなる気持ちもわかるけど、でも、勝手だよ。そんなの」
「……まあ、ね」
「………………私なら、そんなことさせないのに」
「え?」
ぼそり、と呟かれたその言葉の意味がよくわからなくて聞き返すと、鎌倉さんは「な、なんでもない」、と慌てたように目を逸らした。
「ほら、こんな風にご飯を作ってくれる人がいることのありがたみは、私が一番わかるからさ」
「……」
キッチンからリビングに移動した私たちの目の前には、ちょっと地味だけど、まあ頑張った方なのではないかな、という風情の食卓が並んでいた。
ご飯になめこの味噌汁、カリフラワー入りのポテトサラダに、肉じゃがにオニオンソースのチキンソテー、そしてお豆腐の入ったハンバーグ。
いざテーブルに並べてみると、ちょっと作りすぎたかな、と思えるほどの量だったけど、そんな心配と裏腹に、目の前の食器はすべて空になっている。
昨日レストランで見たときと同じ。
鎌倉さんの食べっぷりは豪快で、よくまあそんなに入るなあ、と思わず見とれてしまうほどだった。
私の方もそれなりに食べたけど、でもその満腹感以上に満足している。
自分が作ったものをこうも綺麗に平らげてくれる――というのは、その、なんというか、胃袋よりも心が満たされる感じがして、いいものだよなあ、ということを久しぶりに確認していた。
もちろん、誰にも話せずにいたことを何もかもを話してしまった解放感のようなものも、その中には含まれるんだろうけど。
「……」
「……」
そう、私は鎌倉さんに何もかもを話してしまった。
食事をしながらだったのは、あんまり重い雰囲気にしたくなかったからだ。
話を聞いて、鎌倉さんは「ひどい」と言ってくれたけど、私はむしろ人生のタブーのように考えていたそれを、こうしてあっさり打ち明けられてしまったことのほうに驚いていた。
別にあの日のことが消えてなくなったわけでもないし、母親とは今でも気まずいままで、家も貧乏なままで、私を取り巻く問題はなにも解決なんかしていないのに。
たった一言「美味しい」って言ってくれただけなのに。
その一言をくれる人がいることを、あの日からずっと、私はこんなにも待ちわびていたのか――と、自分でちょっと呆れてる。
「……直感、かあ」
「え?」
「昨日『なんで私を誘ったのか』って訊いたとき、鎌倉さん『直感だ』って言ってたでしょ」
「あ、うん……まあ」
「その時は鎌倉さんの言っている意味がわからなかったけど、今ならちょっとわかるかも」
私たちは、同じような悩みを抱えた、似た者同士だったんだね――という言葉は照れ臭くて、とても口には出せないけど。
「そ、そう……?」
鎌倉さんは相づちを打ちながら、目を逸らして複雑そうな表情をしている。
なんだろう、もしかしたら向こうもちょっと照れ臭いのかもしれない。
料理をしながら、彼女の家の話を聞いて――
食事をしながら、私の家の話をする――
それはつまり打ち明け話というやつで、他人とこんな風に踏み込んだ時間を過ごした経験が乏しい私には、そのあたりの心の機微がよくわからない。
「……」
「……」
二人の間に流れている沈黙。
気恥ずかしくて、もどかしくて、壊れてしまいそうで、それでも嫌な気分にはならなかった。
「……あの、夜野ちゃん」
その沈黙を破って、鎌倉さんが口を開いたときだった。
リビングのドアが、がちゃり、と開いて、その向こうから人が現れた。
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