第7話 へだたり


 鎌倉さんの家は、東京の郊外にある大きな都立公園の側に建てられていた。

 小高い坂の上にあって、建物からその公園を見渡せるようになっている。

 こういうのは、近代デザイン的、とでも言うのだろうか。

 四角い箱がいくつか重なったような構造をしていて、白くてなんだか可愛らしい見た目の建物だ。


「……へえ」

「どう?変な家でしょ」

「いや別に、変ではないけど」


 変ではないけど、ちょっと意外だった。

 もっと大きくて広い、いわゆる『豪邸ごうてい』、というものを想像していたのだ。

 

「うちの母親がね、建築家の人にあれこれ注文をつけて建てたらしいよ」

「へえ」

「帰ってこない家のためにね」

「……へえ」


 鎌倉さんは言葉の調子を変えずにそんなことを言う。

 吐き捨てるように、でも、寂しそうに、でもなく、その口調からは本心を読み取ることはできない。

 鎌倉さんの、お母さん、の話。

 他人の家のそういう話。

 もうちょっと聞いてみたいような気もしたけど、鎌倉さんはその後を続けず先に進んでしまった。

 

「さ、どうぞどうぞ」


 アンティーク調の洒落た造りの門扉もんぴを開いてその中に入って、鎌倉さんはこちらに手招きしてくる。

 いわゆる『豪邸』、っぽくはないとはいえ、ちゃんと庭があって、その奥には頑丈な造りの玄関扉がある。どこからどう見ても、立派な家だ。

 ふやけたスチールの風情が漂ううちのそれとは、比べるまでもない。


「夜野ちゃん?」

「……ごめん、今いく」


 訳もなく、なんとなく謝ってしまう。

 鎌倉さんはそんな卑屈な私を不思議そうな目で見ている。

 彼女のその手にはスクールバックと、それとは別に大きく膨らんだスーパーの袋が握られている。それと同じものが私の方にも。


 ――3,892円。


 先ほどのスーパーマーケットでのお会計の金額だ。

 これを高いと思うかどうかは人によるんだろうけど、私は高いと思う。すごく、高いと思う。

 クッキーに手を出したのを皮切りに、鎌倉さんはいろんな商品を買い込んだ。値段なんか気にしないで、ぽいぽいと。外国産のチョコレートとか、百円台ではない紙パックのオレンジジュースとか、よくわからない名前のチーズとか、他にも色々。

 いつか大人になって自分でお金を稼げるようになったら買おうかな――と私が思っていた品物たちが、拍子抜けしてしまうほどの軽さでカートに放り込まれていくのを見て、私は苦笑いをするしかなかった。

 そうやって膨らんだお会計を、鎌倉さんはクレジットカードで支払った。ごく自然な仕草で、なんでもないことのように。

 そういえば昨日のレストランでもそのカードを使っていたよなあ、と私はその様子を眺めていた。高校生でクレジットカードを使うのって普通のことなんだろうか、それとも裕福な家に限ったことなんだろうか。


 まあいずれにせよ、私には縁のない話だった。


「……」


 こ洒落た門扉の向こう側にいる鎌倉さんと、それを外から眺めている私。

 いくら彼女が気軽に手を差し出してくれていたって、その間にはどうしたって消えない隔たりがある。

 あ、白菜が並んでるじゃん、なんて野菜の見切り品コーナーについつい足を伸ばしてしまいそうになって、慌てて引き返した私と彼女とでは、価値観そのものに違いがあるのだ。

 ふとしたときにそれが形となって現れると、やっぱり苦笑いをしてしまう。


「……よいしょ」


 門扉を潜って敷地内の庭に入ると、わかっていたけどそれは拍子抜けしてしまうほどなんでもないことだった。

 この問題は大抵の場合、私の自意識ほうの問題なのだ。


「ちょっと待ってね、今鍵出すから」


 そう言って袋を持った手でバックの中を漁ろうとしているので、その荷物を持ってやる。と、鎌倉さんは少しだけ驚いたような表情を見せたあと、「ありがとう」、と笑顔になった。

 本当に嬉しそうなその笑顔。

 私の苦笑いには気がついていないみたい。


「……」


 そうやって隔たりを感じながらも、でもその向こう側にいるはずの彼女に対して「嫉妬」とか「妬ましい」とか、そういう感情が少しも湧いてこないのは、ちょっと不思議だと思った。



 

 

 

 



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