第092話 エージェント・ナナポン
俺は夕食の鍋を食べ終えると、ナナポンにヨシノさんのことやリンさんのことを説明し、今後のことを話し合った。
そして、遅くなる前にはタクシーを呼び、ナナポンを家に帰すと、俺とカエデちゃんはまったりと過ごし、就寝した。
翌日、昼前に起きた俺は準備をし、カエデちゃんが用意してくれた昼食を食べると、家を出る。
タクシーに乗り、ギルド裏口に回ると、そのままギルドに入った。
いつものように受付裏から入り、ロビーに出たのだが、今日は冒険者の数が多かった。
いつもは多くても10人程度なのに今日は20人以上いる。
さすがは休日である。
俺は不自然にスマホを取り出す有象無象を無視し、カエデちゃんのもとに向かうことにした。
「こんにちは」
俺はカエデちゃんの受付に行くと挨拶をする。
「はい、こんにちは」
カエデちゃんはやっぱり50パーセントの笑顔だ。
「ミレイユ街道ね」
「はい。あのー、後ろでスマホを構えている人が何人かいるんですけど……」
カエデちゃんが俺の後ろを見ながら教えてくれる。
多分、俺の長い髪とお尻を盗撮しているんだろう。
「無視よ、無視。サツキさんに取り締まるように言っておいて」
「そうします……これはちょっとひどいです」
まあ、仕方がないことである。
俺がちょっとコンビニに寄ると、こうなるもん。
盗撮ばっかり。
まだ声をかけてきて、握手してくださいの方が可愛げがある。
こちとら、サイン色紙まで用意しているというのに。
「じゃあ、行くわ。もうちょっとしたらナナカさんが来ると思う」
今回からは俺が先にフロンティアに行くことになっている。
ナナポンを先に行かせるのは危険だからだ。
「ちょっと怖いですけど、わかりました。気を付けて行ってください」
俺もナナポンがどんな格好で来るのかがちょっと怖い。
さすがにひょっとこや骸骨のお面はないと信じたい。
「はーい」
俺はカエデちゃんに手を振ると、後ろを見た。
すると、数人がサッと不自然に動く。
うっぜ……
いや、待て!
そうか……
これが昨日のおっぱいを見る俺へのヨシノさんの気持ちなんだ。
これは嫌われるわ。
俺は今度から気を付けようと思いながら盗撮冒険者を無視し、ゲートに向かった。
ゲートをくぐると、昨日と同じく、ミレイユ街道へとやってくる。
ただ、冒険者は昨日より少なく、3パーティーしかいない。
しかも、その3パーティーはシートを広げ、昼ご飯を食べていた。
冒険者達は地図を見ながら何かの相談をしているようだったが、すぐに注目が俺に集まる。
だが、すぐに相談に戻っていった。
やっぱり中級は民度がいいな……
まあ、後で話題にするんだろうけど。
俺はナナポンを待つことにし、誰もいない端に避ける。
そして、しばらく待っていると、1人の女性がゲートから出てきた。
その女性は金髪であり、肩より少し下くらいのロングヘアーである。
そして、その金髪を後ろに1本にまとめていた。
格好は黒ずくめのスーツを着ているうえ、サングラスまでしている。
どこぞのエージェントか?
というか、見たことある服装だな……
見覚えがあるのは当たり前である。
ナナポンを攫ったあの雑魚共とまったく同じ格好なのだ。
俺はその女を見て、さすがに呆れた。
何故なら、その女はそんな格好をしているのに見覚えのある可愛らしいうさぎのリュックを背負っているからだ。
ナナポンじゃん……
そのナナポンらしき女はまっすぐ俺の所に来ると、俺の前で止まった。
「どうです?」
ナナポンはサングラスをしているが、ドヤ顔をしていることだけはわかった。
「あなた、よくそんな格好ができるわね……あなたを縛って攫ったヤツらと同じじゃないの」
「ひょっとこや骸骨の仮面よりかは良いじゃないですか。これならギリセーフです」
まあ、冒険に行くのにスーツはどうかと思うが、SPに見えないことはない。
小っさいし、弱そうだけど。
というか、こいつ、チビだから全然、似合ってない。
「その金髪は?」
「ウィッグです! エレノアさんとお揃いにしました! 弟子ですから!」
何の弟子だよ。
「ふーん、カエデちゃんは何て?」
「何も。ただ、ため息です」
めんどくさくなったんだな。
「一応、聞いておく。あなた、これからもそれで行くの?」
「そうなります。あ、エレノアさん、透明化ポーションをください」
まあ、必要だろうね。
「後であげるわ。とりあえず、行きましょう。ここは人が多い」
さっきまで作戦会議をしていた冒険者達もさすがに俺とナナポンをガン見している。
「わかりました。あ、私のことはナンバーセブンと呼んでください」
「何それ?」
「7番目の弟子です」
6人もいねーよ!
いや、ナナカだからセブンなんだな。
「あなたって、この一週間でそれを考えてたわけ?」
「そうなります。エージェント・セブンとどっちがいいです?」
こいつ、マトリック○を見たな……
「ハァ……まあ、何でもいいわ。行くわよ」
「はい」
ナナポンはまったく似合っていない背中のうさぎのリュックから杖を取り出した。
「杖?」
「そら、そうですよ。魔法使いですもん」
真っ黒のスーツに金髪なのに、可愛らしいうさぎのリュックと杖……
「26歳にもなってジャージで美容院に行った私だけど、言わせて…………ダサいわよ」
「仕方がないでしょ! 他の候補が邪教徒かパピヨンマスクだったんですから!」
ナナポンが顔を真っ赤にして怒った。
まあ、確かにその選択肢だと黒づくめのスーツになる。
「じゃあ、それでいいわよ。人のこと言える格好をしていないしね」
「そうですよ。さあ、行きましょう!」
ナナポンが意気揚々と街道を進んでいったため、俺もあとを追った。
俺達は2人で並びながら街道を歩いている。
今日もとてもいい天気である。
「昨日、聞きましたけど、ハイウルフとグレートイーグルですっけ?」
隣を歩くナナポンが聞いてくる。
「そうそう。そんなに強くないけど、注意して」
「エレノアさんのそんなに強くないは微妙に信用できないです……」
「大丈夫だって。あなたの魔法と相性が良いし、危なくなったら助けるから」
「おねがいしますよー。ここでは私の透視が役に立たないんですから」
まあ、開けた平地だし、透視するものがないもんね。
「大丈夫よ。あ、あなたにこれを渡しておくから定期的に飲みなさい」
俺はナナポンに強化ポーション(防)を渡した。
「あー、言っていた防御力が上がるポーションですね。効果はどんなもんです?」
「検証が難しくてね。一応、私とカエデちゃんで試したみたんだけど、竹刀で叩いても大丈夫だったわ」
「…………え? 朝倉さんを竹刀で叩いたんですか?」
ナナポンがドン引きしている。
まあ、そうだろう。
俺も自分で言ってて、何を言ってんだって思ったもん。
「私だって叩く気はなかったわよ。カエデちゃんに叩いてもらったんだけど、その後、自分も試してみたいって言うから…………」
「ごめんなさい。ちょっと怖いです。私の頭の中には暴力を振るう彼氏しか浮かびません」
奇遇だな。
俺もだよ。
「やったのは沖田君じゃなくて私だけどね」
「何してんですか……」
「悪いけど、この件は忘れて。私も思い出したくない。とにかく、結構、防げると思うから一応、飲んでおいて。効果は1時間」
「お腹がタプタプになりそうですね」
俺は沖田君と冒険したくないっていうお前のためにTSポーションを飲んで、透明化ポーションを2つも飲んで、ここに来ているんだぞ。
感謝しろ。
「大怪我するよりは良いでしょって……あ、ほら、空に鳥が飛んでるわよ」
「あ、ホントだ……え? あれって、グレートイーグルでは?」
「そうね」
俺が頷くと、ナナポンは急いで強化ポーション(防)を飲み干した。
「よーし! えーっと、エレノアさんが引き付けて攻撃し、グレートイーグル避けて、上空に逃れたところで私が魔法を使うんですっけ?」
この辺は昨日、鍋を食べ終えた後に打ち合わせをしたのだ。
「そうそう。じゃあ、私が挑発でヘイトを集めるわね」
「ざーこ、ざーこって言ってみてくださいよ」
カエデちゃんだな……
「嫌。いくつだと思ってんのよ。10年遅いわ……おーい! そこの雑魚鳥ー、こっちにおいでー!」
俺がグレートイーグルに向かって叫ぶと、上空を旋回していたグレートイーグルが俺に向かって、滑空してきた。
「おー! 来ましたね。私は下がります」
ナナポンが俺の後ろに下がったため、俺はカバンから剣を抜く。
「さあ、来なさい!」
俺は剣を構える。
「エレノアさん、かっこいい!」
ナナポンが俺を褒めていると、グレートイーグルが俺に向かって突撃してきた。
俺はタイミングを合わせて剣を軽く振ると、グレートイーグルは昨日のリンさんの時のように剣を躱し、上空に羽ばたいていく。
「エージェント・セブン!」
「はい! ファイヤー!」
俺がナナポンに指示をすると、ナナポンが得意の火魔法を放った。
ナナポンが放った火の玉がまっすぐ飛んでいき、グレートイーグルに命中する。
すると、火の玉が一気に燃え広がり、グレートイーグルが炭となった。
そして、上空からひらひらと1枚の羽根が落ちてくる。
「エージェント・セブンは言いづらいからやめるわ」
長いし。
「私もむず痒いんで人がいない時は今まで通りで良いです」
ナナポンがひらひらと落ちてくる羽をキャッチしながら言う。
「よーし! 次に行くわよ、ナナポン」
「ナナポンはやめろ。エレノアさんでナナポンと呼ぶな」
マジギレされたし……
こいつの基準がまったくわからん。
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