第042話 人か魔か…… ★


 俺はチラッとバックミラーで笑っている魔女を見た。


 この女、本当に魔女か?

 何故、この状況で笑える?

 何故、拳銃に弾が入っていないことがわかった?


「さっさと銃を下ろしてくれないかしら? 弾が入っていなかろうが、それがモデルガンだろうが、不快よ」


 クレアはこれ以上は無意味と判断したのだろう。

 ゆっくりと銃を下ろした。


「黄金の魔女、謝罪しよう」


 一応、俺から謝っておこう。


「そう。まあいいでしょう。では、上野までおねがい」


 上野か……

 動物園があるとこか?

 …………どこだ?


「少し話がしたい」


 まあ、どうせ魔女も適当に言っているだけだろう。

 自分の住んでいるところを教えるわけがない。

 適当に走らせよう。


「勝手にどうぞ」


 この女の余裕は何だ?

 銃に弾が入っていないことがわかったとしても、この状況で何故、冷静でいられる?


「クレア、頼む」


 俺は苦手意識を感じ、クレアに丸投げすることにした。


「ハリー、あんたが話すんじゃないの?」

「悪いな。右ハンドルは初めてなんだ」


 これは本当。

 しかも、道は狭いし、車が多いから集中したい。


「事故らないでね」


 魔女が薄っすらと笑う。


「黄金の魔女、私達はアメリカのエージェントよ」


 おい!

 いきなり言うヤツがあるか!


 俺がそう思い、ミラー越しにクレアを睨むと、クレアが睨み返してきた。


 クレアも余裕がないのか……


「アメリカ? ハロー」


 魔女が手を振った。


「ハロー……」


 クレアが呆れたように挨拶を返したが、急にハッとしたような表情になった。

 それを見た俺もようやく気付いた。

 この女、日本語をしゃべっている。

 この前の動画のような気持ち悪い言語ではない。


「あなた、あの言葉は何だったの?」


 クレアが聞く。


「言葉?」

「例のテレビのやつよ」

「ああ、あれ…………うーん、まだ言ったらダメな気もするけど、この状況じゃあ仕方がないわね。脅されて仕方なくって感じかな」


 確かに脅している状況に見えなくもないし、実際にそうした。

 だが、脅された方は余裕そのものだが、こっちにはまったく余裕がない。


「教えてくれ」

「そうね」


 魔女は肩にかけている白いカバンに手を突っ込んだ。

 俺は反射的に左手をハンドルから離し、懐に入れかけたが、すんでのところでやめる。


 相手は得体のしれない魔女なのだ。

 刺激しない方がいい。

 もう遅い気もするが……


 俺がそうしていると、魔女はカバンの中から無色透明な液体が入ったフラスコを取り出した。


「それはポーション、か?」


 だが、無色透明なポーションなんか見たこともないし、聞いたこともない。

 ポーションには必ず色がある。


「これは翻訳ポーションって言うの。これを飲めば、あんな感じになる。飲んでみましょうか?」


 翻訳ポーション?

 なんだそれ!

 そんなもんは聞いたこともないぞ!


「飲んでみて」


 クレアがそう言うと、魔女がポーションを一気飲みした。


「こんな感じ。どう?」


 魔女がしゃべった言葉は確かに日本語にも英語にもドイツ語に聞こえた。

 この前とまったく同じ状況である。


「ひゅー」


 俺は思わず、口笛を鳴らした。

 すると、クレアが睨んでくる。


「すごいわね。それ、どうしたの?」


 クレアはすぐに俺から目線を切り、魔女を見る。

 すると、魔女がニヤーと笑う。


「たまたまスライムからドロップしたわ」


 ふざけるな!


 俺はそう叫びそうになるのをグッと堪えた。


「すごいわね。30年間、スライムどころかどんなモンスターからもドロップしなかったっていうのに」


 クレアはまったく信じてなさそうに言う。

 まあ、誰だって信じない。


「私は運がいいから」


 これは絶対にドロップじゃねーな……


「もったいないことをしたわ。そんな貴重なアイテムを無駄に使わせてしまった」


 クレアが残念そうに首を横に振る。

 俺もそう思う。

 できたら本国に持ち帰りたかった。

 だが、どうせ…………


「もったいない? ふふっ」


 ほら。

 その笑いはいくらでもあるってことだ。


 魔女が躊躇なく飲んだことで予想はつく。


「売ってくれないかしら?」


 チッ!

 先を越された。

 やっぱり俺が後部座席で尋問係をやるべきだったか?

 でもまあ、同性の方が良いだろう。


「いくつ?」


 嫌な質問してきやがるぜ。

 この魔女、俺らで遊んでるな。


「検証したいし、2つかな?」


 バカ!

 もっと吹っ掛けろよ!


「2つで良いんだ…………じゃあ、どうぞ」


 魔女はカバンからさっきの無色透明のポーションを2つ出し、クレアに渡してきた。


 チッ!

 この魔女、マジで持ってやがる!


「いくらかしら?」

「…………決めてなかったわ。まだ、発表もされてないしねー。そうね。弾が入った拳銃と交換しましょうよ。最近、物騒だし」


 銃…………

 こいつ、クレアが銃弾の入った拳銃を隠し持っていることに気付いてやがる!


「はい、どうぞ」


 クレアがお尻の下から拳銃を取り出し、魔女に渡したのだが、銃を渡すのはマズくねーか?


「あら、早い。じゃあ、商談は成立ね。あ、誰にも言ったらダメよ?」


 魔女はカバンに銃を入れた。


「わかってるわよ」


 銃を使うかと思ったが、使わない…………


「話は終わり? ところでハリー、上野はそっちじゃないわよ」


 魔女がバックミラー越しに俺を見て、言ってきたのだが……


「何故、俺の名を!?」


 こいつ、どこまでわかっているんだ!?


「…………は? さっきクレアがそう呼んでたじゃない」


 そういえばそうだわ。

 落ち着け、俺。


「あ、そうか」


 クレアがめっちゃ睨んできたが、勝手に人の名前を呼んだのはお前だ。

 俺もお前の名前を呼んだけど。


「それで? 上野は?」

「悪いが、ここはどこだ?」


 マジでわからん。

 このタクシー、ナビついてないし。


「ハァ…………もういいわ。適当に走って話が終わったら下ろしてちょうだい。本物のタクシーで帰るわ」


 魔女は諦めたようにため息をつくと、背もたれに背中を預けた。


「あなたは何者……?」


 クレアがなんとか言葉を出し、魔女に聞く。


「黄金の魔女、エレノア・オーシャン」


 自ら魔女を名乗るか……


「あなた、その髪は地毛?」


 ノーマンの調査の結果、この魔女が美容院で髪を染めたという情報は掴んでいる。

 ジャージで来た黒髪の女だったらしい。

 さて、どう答える?


「髪? きれいでしょ。昔から金髪に憧れていたの」


 地毛じゃないことをあっさり認めるか……


「その目は?」

「カラコン。あなたみたいな金髪碧眼って良くない?」

「あなたは黒の方が似合いそうよ」


 俺もそう思う。

 日本人は黒だろ。

 ましてや、そんなに真っ黒なんだから。


「ないものねだりかもね。で? そんなことが気になるの? 言っておくけど、髪染めポーションなんてないわよ」


 あってもいらねーわ。

 その辺で似たようなものを売ってるし。


「黄金の魔女はその髪から来た名かしら?」

「そうじゃない? 自称したわけじゃないから知らないけどね。でも、気にいっているわ。黄金は髪じゃなくてマネーの方だけど」


 儲けてそうだしな。


「羨ましい限りよ」

「そう? ねえ、私からも聞いていい?」


 魔女が聞いてくる。


「何かしら?」

「単純な疑問。アメリカのエージェントがなんでいるの? 話を聞きに来ただけじゃないでしょ」


 まあ、聞いてくるわな。


「1つはオークションに参加しに来たのよ」

「ネットでやりなよ」


 まあ、入札なら本国でも出来る。


「どうせ受け取りがあるもの」


 クレアのヤツ、もう落札した気でいやがる。

 さすがにため込んでんな。

 俺はちょっと微妙。


「そう。良かったわね。他の理由は?」


 どうする?

 言うか?


「あなたが人気すぎてね。強引にデートに誘う人が多いのよ」

「知ってる。菓子折りどころか銃を突き付けてくるブロンド女と運転手もロクにできない筋肉男がいるわ」


 俺らか?


 俺は左腕をハンドルから離し、自慢の力こぶを作って見せつけた。


「そう、あなたよ、筋肉バカ。今度からは東京の地図を頭に入れておきなさい」


 そうするか……

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