第040話 スーパーブラックナナポン


 俺とナナポンは鉱山から出て、外の小屋の前にあるテーブルで休憩していた。


「疲れますねー」


 ナナポンが背負っているリュックからペットボトルのお茶を取り出し、それを飲みながらまったりとしている。


「そう?」


 俺はカバンからレベル1の回復ポーションを取り出し、それを飲みながら聞き返した。


「…………いや! 何を飲んでいるんですか!?」

「レベル1の回復ポーション」

「50万円!? もったいないですよ!」


 そう言われると、すごくもったいないように聞こえる。


「これ、原価600円よ。ちょっと高いけど、体力を回復できるなら別にいいじゃない」

「600円…………」


 ナナポンはそうつぶやくと、リュックから財布を取り出し、600円をテーブルに置く。


「学生からお金なんか取らないわよ」


 俺はカバンからポーションを取り出し、テーブルに置いた。


「あ、ありがとうございます」


 ナナポンはポーションを手に取ると、じーっと見た後にゆっくりと飲みだす。


「ポーションって味がないんですね…………って、すごい! 疲労があっという間に消えた!」


 ナナポンが驚きの声をあげた。


「それで洗顔したらニキビとかも治るわよ」

「へー…………洗顔?」

「そう、洗顔。もっと言えば、それでお風呂に入ると、肌がぴちぴちになるわね…………寒かったけど」


 さすがに10月に水風呂は寒いわ。


「エレノアさん…………バカ? それ、いくらになると思ってんですか?」

「あくなき探求心よ。それにお金はある! 私はもう半額弁当を買っていたあの時とは違うの」


 他にもケトルに入れてお湯にし、ラーメンを作った。

 この実験により、ポーションは熱すると、ポーションの効果がなくなることが判明した。

 なお、この実験に意味はない。


「成金バカじゃないですか」


 バカって言うな。


「ふっ、この手を見なさい」


 俺はナナポンに俺の美しい手を見せる。


「へー、ほー」


 ナナポンは俺の手を撫でたり、さすったりしてきた。


「どうでもいいけど、あなた、男嫌いじゃなかったの?」


 めっちゃ触ってくるやん。


「いや、女性じゃないですか…………私、今日一日でわかりました。あなたはずっとエレノアさんでいるべきです」

「死ね。俺にはカエデちゃんがいるの」


 ペッ!


「怖っ。そんなに朝倉さんが好きなんですか?」

「オアシスだから。ブラックな会社と上司で病んだ俺の心を癒してくれる砂漠のオアシスよ」

「そうですか。蜃気楼じゃないといいですね」


 俺、こいつのこのブラックなところは嫌いだな。


「ほら、もういいでしょ。もう1回アタックしたら帰りましょう」


 俺はナナポンの手を払う。


「わかりました。早く朝倉さんと一緒に暮らせるといいですね」


 良いこと言うね。

 でも、1人暮らしの俺の家に来たくないだけだろ。

 ポーション風呂に入りたいという欲が見えるわ。


 休憩を終えた俺達は夕方になるまでハイドスケルトンを交互に狩り、この日の冒険を終えた。

 今日は2人共、レベルは上がらなかったが、初日にしては良かったと思う。


 冒険を終えた俺はナナポンを先に帰し、時間差で俺もギルドに戻ることにした。

 あまり、エレノアさんと一緒にいるところは見せない方がいいからだ。


 ナナポンが帰って10分くらい経った後、俺はゲートをくぐり、帰還した。


 ロビーに戻ると、他の冒険者がチラホラと見えるものの、ナナポンの姿はなかった。

 俺は帰ったのかなーと思いながらカエデちゃんのもとに行く。


「あ、おかえりなさい。お疲れ様でした」


 俺を見たカエデちゃんが労をねぎらってくれる。


「どうも。清算をお願い」


 俺はステータスカードをカエデちゃんに提出し、カバンを受付に置いた。


「あ、その前にギルマスに会ってください。こっちです」


 カエデちゃんはそう言って立ち上がったので、俺はステータスカードをしまい、カエデちゃんについていく。

 そして、カエデちゃんに案内され、支部長室に入ると、先にギルドの戻ったはずのナナポンが俯き、小さくなってソファーに座っていた。


「何してるの?」


 俺はナナポンの対面に座っているサツキさんに状況を聞く。


「何もしてない」

「いや、どう見ても怒られている構図だけど?」

「こいつはこんなヤツだ」


 あんたが脅したからじゃね?

 あー、でも今日は元気だったけど、最初はこんなヤツだったな。


「まあ、いいわ。それで話って?」


 俺はナナポンの横に座りながら聞く。

 なお、カエデちゃんは残念ながらサツキさんの横に座った。


「昨日、このギルドに何者かが侵入した」


 ん?


「どういうこと?」

「そのまんまだ。盗まれた物はないが、明らかに侵入の形跡があった」


 何も盗まれてない?

 お金がいっぱいありそうなのに?


「防犯カメラは?」

「1時間ほど映っていない時間がある」

「先に言っておくけど、私ではないわよ」


 透明化ポーションを持っているから侵入は容易だが、俺ではない。

 金に困ってねーし。


「そんなことはわかっている」


 じゃあ、なんで呼んだんだよ。

 明らかに疑ってんじゃん。


「疑っていないなら何? 私に犯人を捜せっての?」

「お前ではなー……」


 おい!

 バカにしてんな!


「というか、ここって24時間営業じゃなかった?」


 誰かいたんじゃないの?


「侵入されたのは奥のとある部屋だ」

「金庫室?」

「ある意味、それよりも大事な部屋だな。ステータスカードを保管している部屋だ」


 …………………………。


「ダメじゃん」


 アホか!

 俺やナナポンのステータスカードを見られてんじゃん!


「大丈夫。お前らのステータスカードはカエデが保管している」

「え? それっていいの?」

「ダメだが、念のためにカエデが持っているアイテム袋に保管してもらっていた」


 用心をしていたのか。


「他のステータスカードは盗られてないわけね?」

「そうなる。間違いなく、目的はお前のステータスカードだろう」


 俺もそう思う。

 何者かが俺のスキルを見たかったんだ。


「誰かしら?」

「わからん。心当たりが多すぎる」


 まあ、皆、俺のスキルを知りたいだろうしな。


「どうするの? 警察は?」

「ギルドに侵入を許したなんてヘマを上に報告できん」


 つまり隠蔽かい。


「それでいいの?」

「幸い、何も盗まれてないし、お前ら以外のステータスカードを見られたところで問題はない」


 レアスキルは俺とナナポンだけだもんな。


「気を付けてね。私とナナカさんにとっては死活問題よ」

「わかっている。だからな、今後、そのステータスカードはお前らが持ってろ。そして、不必要にアイテム袋から出すな」

「ギルドでも?」

「そうだ。正直、そこが一番危ない」


 ステータスカードの提出と返却を人がいっぱいいるところでやるんだもんな。

 盗られるまではいかなくても盗み見される可能性がある。

 …………このギルド、人いねーけど。


「わかったわ。ナナカさんも?」

「そうなる」


 俺とサツキさんがナナポンをじーっと見る。


「あ、あのー、もしかして、あなた方って危ない橋を渡ってます?」


 ナナポンはようやくわかったようだ。


「お金が何億も動いているのよ? 今後はもっと額が上がるでしょうね。危ない橋に決まってるじゃない」

「あ、私、引退します」


 ナナポンが自分のステータスカードをスッとテーブルに置いた。


「もし、私が敵に捕まったら弟子がいるって言うわ。弟子にだけは手を出さないでって必死に懇願する」

「鬼か! あ、魔女だ…………」


 ナナポンがガーンという擬音が聞こえてきそうな顔をする。


「ふふっ、大丈夫よ。フロンティアではあなたの透視があれば問題ないし、日常生活でも透明化ポーションで逃げられるから」


 死角なし!


「私、普通にあなたの家にまで行けましたけど?」


 …………………………。


「それはあなたが特殊なの」

「敵とやらも透視みたいなスキルを持ってるかもしれないじゃないですか」


 …………………………。


「黙れ、ガキ。大学にカンニングをばらすぞ」


 逆らうんじゃねーよ。


「最低です!」

「それはお前じゃい!」


 卑劣なカンニング女のくせに。


「ナナポン、これは私達の人生を決める仕事なんだ。透視が有益なのは学生時代だけだぞ。社会人になれば意味がないとは言わんが、そこまで役には立たない」


 サツキさんは両手の指を組み、口元に持っていくというとても悪そうなポーズでナナポンに語り掛ける。


「それはそうですけど…………」

「人生で大事なのは金だ。仕事もせずに遊んで暮らす。この最高の幸せを掴むには金がいる」


 そうだ、そうだ!


「えー……」

「お前にもこのビッグビジネスに一枚かましてやろうと言っているんだ」

「えっと……拒否権は?」

「もちろんあるぞ。ただ、お前は大学を退学となる」

「…………ないじゃん」


 ナナポンはガクッと落ち込むと、カエデちゃんを見る。

 すると、カエデちゃんがニコッと笑った。


「…………ここには欲望にまみれた人しかいない」


 今、気づいたんか?


 俺は隣に座っているナナポンの肩にそっと腕を回す。


「…………エレノアさん」


 両手で顔を覆っていたナナポンが顔を上げる。


「黄金を見せてやるって言ったでしょ? 世の中はね、お金なの、お金」


 俺はカバンの中から取り出した100万円の束をナナポンの膝に置いた。


「…………わかりました」


 札束を見たナナポンはそう言って、札束をギュッと握りしめ、横に置いてあったうさぎのリュックに詰め込んだ。


「あなたの取り分は5パーセントね」

「10パーセントください」


 ちゃっかりしてんな。


「いいでしょう。その代わり、私の敵をしっかり見なさい」

「わかりました」


 ブラックナナポンはスーパーブラックナナポンに進化した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る