青天の地下室

青天の地下室 1

 志葵潮は、天譴蔵の前でじっと考え込んでいた。この蔵に入る方法。はっちゃんのあの口笛が鍵なんだろうが、さっきから何度吹いてもピクリともしない。

「じゃああの口笛は何なんだ。ほんとにただ場所を伝えただけか?」

 一人ぼやく潮だったが、まったく見当がつかない。八方塞がりであった。


 なんとか入らねばと思う反面、子供の頃からの嫌悪感が顔をもたげ、その度に潮は母屋に逃げるように帰っていき、ほとぼりが冷めると再び蔵の前に立つと言う事をさっきから繰り返していた。

 何度目の逃亡かわからなくなった頃、母屋で一人塞ぎ込んでいると、インターホンが鳴った。

「はい、どうされましたか?」

 返事が返ってこない。

「もしもーし」


「お父さん、私」

 玄関には、めぐると膳綾瀬が立っていた。そしてもう一人女性が後ろにいる。

「おお、おかえり。そちらの方は?」

「初めまして。おおみき出版の栫莉依子と申します」

 莉依子は親指と人差し指をくっつけて手首を捻って掌を上に向け、ホログラムを展開して見せた。

「おおみき出版。ああ、栫さん、うちの母の友達の。先日お見えになりましたよ。よもぎさん」

 莉依子は驚いた表情を見せた。

「祖母が来たんですか?何も失礼はございませんでしたでしょうか」

「いえいえ何も。それどころか、うちの母がうっかりしてた忘れ物を届けてくださって、かえってこちらが大したお構いもできず、申し訳ありません。栫さんって言うことは、あれですよね、日日碧碧の」

「はい。総代です」

「オオサメの折には特にお世話になってます」

 そう言って頭を下げた潮は、その流れのまま、よもぎが届けてくれたシズの忘れ物を開いて見せた。青い石像の右腕部分である。

 莉依子の顔が真顔になる。

「これは、どちらから?」

「さあ、僕もこんなのあったかなって思うんですけど、母は集まり先でよくお土産の交換をするみたいですので、誰かからもらったのかも」

「そんなわけないと思います。ここの物で間違い無いです」

 莉依子はそう言うと、めぐると綾瀬に目配せして「天譴蔵に行こう」と、席を立った。

「お父さん。めぐるさんのことで少しお話があります。天譴蔵にご案内いただけますか」



「・・・めぐる、お父さんはお父さん失格だ。何も気づかなかった。ごめんな。ごめん。ごめんなあ」

 泣き崩れる父の姿に、めぐるは少し気まずくなった。

「やめてよお父さん。どうしようもないじゃん。それに、まだ終わってないよ」

「めぐるは強いなあ。ほんとにお父さんの娘かな」

 ぐしゃぐしゃの顔でとんでも無い事を言い出したあたりで、めぐるは必死に父を宥め出した。

「それで、錠前はまだ開かないんですね?」

「おそらく口笛だというのは分かるんですが、何度吹いても全くびくともしなくて」

 潮はそう言って項垂れ、めぐるを見てまた顔が崩れ出した。

 ごめんごめんしか言わなくなった潮をひとまず放っておくことにしためぐるは、あらためて口笛を吹いた。


 ごとと


錠前が、わずかながら動いた。

「めぐ!鍵が動いた!」

「うん!動いた!やっぱり合ってるんだ」


 それからしばらく、音階を変えてみたり、スピードを早くしたり遅くしたりしてみたが、ふたたび錠前が動くことはなかった。誰がやっても同じであった。綾瀬が吹いてみても、莉依子が吹いてみても、錠前は二度と動かなかった。

「ちょっともう一回動画見せて」

 莉依子は、はっちゃんが吹いている動画を観直すが、リズムも特に間違っていない。

「もう!なんでよー!」

 綾瀬がへたり込んで泣き出した。ぐずぐず言っている父と、わんわん蹲る親友に挟まれ、めぐるは何もできずにぼんやりとしているしかなかった。

「やっぱり、口笛じゃ無いのかな。口笛吹いてる時、私、何やってたっけ」






「口笛で合ってますよ」






 背後から聞き覚えのない声が届き、その場にいる全員が固まった。


「口笛で合ってます」

 もう一度繰り返す。


 めぐるがまず振り返り、続いて莉依子、綾瀬、最後に潮が振り返る。


「はっちゃん」

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