魔法の心療内科

輝響 ライト

水の魔法


「では……あ、葉包はづつみさん、問診票を受付からもらってきてくれる?」

「わかりました~」


 そう言われた私は、診察室の通路を通り受付まで行く。


「安藤さん、二番診察室の患者さんの問診票はありますか?」

「あら、ごめんなさい葉包ちゃん、入れ忘れてたわ」


 ほんと、最近忘れっぽくて~と笑う安藤さんに、何度でも受け取りに来ますよと返し、診察室へと戻って流水るすいさんへと問診票を渡す。


「ありがとう、葉包さん」

「いえいえ」


 少し後ろに下がり、私は診察の様子を見守ることにした。


「では……黒崎くろさきりんさんですね、本日のご用件をお伝えください」

「……わかりました」


 流水さん、この心療内科にいる四人の医者のうちの一人。

 ちょっと無愛想で考えてることがあまり読めないけど、とっても優しい人だ。

 しっかりと気遣いができて、大学生の私からすると凄く大人って感じがする。


「……ということがあって」

「お話してくださりありがとうございます」


 本日の患者である少女は、今年の春から高校一年生になるそうだ。


「勉強を頑張って、自分の行きたい高校に合格できたんです。でも……」


 中学校でいじめを経験して、人前に出るのが怖い。

 なので、この心療内科の治療を受けに来たようだ。


「怖いですけど、やっぱりここで諦めたくないんです」

「……凛さんは強い心の持ち主です。前に進もうとする意志があれば、高校もうまくいくと思います。応援しますよ」

「……ありがとうございます」


 少女がポロリと涙をこぼした。

 今まで、味方の少ない環境下で頑張ってきて、その努力が認められた安堵の涙。


 その姿を見た流水さんの頬が少し緩んだ気がした、斜め後ろからなので表情は見えないが。


「では、治療を始めます……いいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

「……わかりました。葉包さん、お願いね」


 こちらを見た流水さんにうなづき返し、受付と診察室を繋ぐ通路の仕切りを閉める。

 それを確認した流水さんが少女の手を取ると、部屋がほのかに青く染まった。


「魔力流転、これより治療を開始します」

「確認しました、お願いします……流水先生・・・・


 部屋を染める青が少しづつ部屋を流れ始める。


「流せ、流せ、川のように、過去の苦痛を、雨のように……」


 何度見ても不思議で、幻想的な光景。

 魔法、それはおとぎ話や小説みたいなものではなく、現代に生きる人たちの心にそっと寄り添う、不思議な力だった。



  ◇   ◇   ◇



「お疲れ様です、流水さん」

「今日もありがとうね、葉包さん」


 患者さんが帰った後、スタッフルームで休んでいた流水さんにお茶を出す。


「水属性……何度見ても美しいですね」

「……何度も見てて飽きないのかい?」

「そりゃあもちろん!」


 あはは……と苦笑いをする流水さんに、流水さんはどうなんですか? と聞いてみると、思わぬ返事が返って来た。


「……飽きないよ」

「えっ、てっきり飽きてるのかと……」


 今度は別の意味で苦笑いをする流水さん。


「あはは、自分でもわかってるけど僕の思ってる事、あんまり表情には出ないから……」

「そうですねー……」

「飽きないのは本当だよ、なにせ好きだからね」


 好き、そう言う流水さんの表情は相変わらずだったけど、本当に好きなことが伝わってくる。そんな感じがした。


「実は、始めはあんまりこの仕事が好きじゃなくてね」

「えっ」

「心療内科医になれる資格・・があったから、幼い頃親に言われてそのままこの道に入ったんだ」


 心療内科医の資格、流水さんが言ったのは医学的な知識の方ではなく、魔法を使うことが出来る才能の事だろう。

 魔法というものは、誰にでも使えるものではなく、生まれ持った素質が重要になる。


 魔法を使える人間は少数で、使い方を間違えれば大変なことになる事から資格持ちと呼ばれる人間は監視されている事が多い。


「国の目も鬱陶しかったし、心療内科医になればそこそこ自由になれる……元はそんな理由さ」

「そうだったんですね……でもでも、今は好きなんですよね?」

「うん、仕事をしていくうちにね。誰かが変わるきっかけになる……それが嬉しかったのさ」


 心に傷を抱えた人達が、何か変わろうとするのはあまりにも大変だ。

 心の問題は意志だけで何とか出来るような問題ではない。

 トラウマで動けなくなる……そんな人達がたくさんいる事を私は知っている。


「人の背中を押すこの仕事が、患者さんの笑顔が好きなんだ」

「なるほど……深いですね……」


 照れくさいな……と目をそらす流水さん、いい話が聞けたなぁと時計に目をやると十六時時半を指していた。


「あ、居た居た葉包ちゃん、明日の予約のスケジュールなんだけど……」


 受付の方からやって来た安藤さんにそう聞かれるが……


「お話に夢中で忘れてました!」

「まったくもう、時給下げるわよ」

「そ、それだけは! 今すぐやるので水に流させてください~!」

「いや、流しちゃいけないと思うよ……」


 本日三度目の苦笑いをする流水さんだった。

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