イザナミ計画実行委員会監査課調査開拓団内部調査官調査記録資料

ベニサンゴ

「調査開拓団内部調査官フォトの前途」

[光学迷彩フィールド展開]

[安定率許容範囲内]

[電子的ステルス障壁展開]

[安定率許容範囲内]

[通信監視衛星群ツクヨミ-ポイントαと接続]

[非記録的航行確認]

[地上着陸まで、30秒]


 滑らかで継ぎ目のない円錐形のポッドが、音も光も発さずに惑星イザナミの大気圏を貫いた。太陽は星の裏側へと隠れ、月もまた周期の関係で見えない。全くの暗闇が地上前衛拠点シード01-スサノオの周辺一帯を包み込んでいる。

 静音性、隠密性を重視されたポッドは、緩い弧を描きながらシード01-スサノオ近郊にある森林部〈猛獣の森〉へと落下する。木々が密集し枝葉が生い茂る中へと猛烈な勢いで突っ込み、腐葉土に深い爪痕を刻みながら荒々しく着地した。


『ぬ、ぬぅぅ……』


 地面に対して斜めに突き刺さった鈍色のポッド。内部の施錠機構が動き出し、半分に割れる。白いスモークが流れ出し、中からくぐもった呻き声が聞こえた。


『周辺状況ノ簡易偵察ヲ実施』


 スモークの中からテニスボールより一回り大きい球体が飛び出してくる。それは重力に反して空中に浮かび上がり、ランプをチカチカと点滅させる。スタビライザーが正常に作動しているのを確認した後、カメラレンズの照準を合わせるて全方位に向けてレーザー交戦を次々と飛ばした。

 ウニのように光の線を四方八方に伸ばし、状況を確認する。幸いなことに森の獣たちは眠りについており、夜行性の猛獣もまた近くには存在しないようだった。


『偵察完了。危険レベルハ3ト判断シマス』


 ボールから電子的で無機質な音声が響く。


『ぬぉぉぉ……』


 それに返事するように、未だ微かにスモークを吐き出すポッドの中から呻き声がした。


『レフ。音声通信は盗聴の恐れがあるから控えなさいと言ったでしょう』

『フォトモ音声通信ヲ実行シテイマス』

『ぬぬぬ、私はいいのよ』


 丸い浮遊型自律撮影機フォトボットに向かって口を尖らせながらポッドの中から這い出てきたのは、タイプ-フェアリー機体の少女だった。

 こんな夜闇に紛れるようにやって来る彼女が、普通の調査開拓員であるはずもない。その証拠に、彼女の機体は耐久性を強化した特別なものであり、すでにスキンも装着していた。闇に映える長い銀髪に、丸く大きな青い瞳、白い肌に柔らかな頬が僅かに赤みを帯びており、あどけない印象を見るものに持たせる。見るものが見れば、その姿がどこかの管理者に酷似していることを思うだろう。


『レフ、外装はどうかしら?』

『問題アリマセン。可愛イハ正義ヲ体現シテイマス。コレナラバ現地デ活動中ノ調査開拓員カラモ警戒サレルコトハナイデショウ』

『そう? なら良かったわ』


 少女――フォトはほっと安心した様子で胸を撫で下ろす。しかしその直後、目付きを鋭くさせて茂みの方を睨みつける。


『レフ!』

『障壁展開。ポッドノ残余エネルギーヲ流用シマス』


 フォトの一言でレフがパチパチと光を弾けさせる。二人を包み込むように半透明の障壁が展開されると同時に、茂みの奥から無数の双眸が現れた。

 夜闇の中で獲物を付け狙う大型の狼に似た原生生物、“フォレストウルフ”の群れであった。


『危険レベル3って言ってなかった?』

『簡易偵察ノ結果ニ相違アリマセン。危険レベルハ要警戒3デス』

『だったら警戒しときなさいよ!』


 二人が言い合っている間にも、フォレストウルフたちは動く。瞬く間に全方位から囲まれ、逃げ場はなくなる。猛獣たちは牙を剥き、低く唸りながらゆっくりとフォトたちの元へとにじり寄る。

 だが、その湿った鼻先が障壁に触れた瞬間、火花とバヂッという音が弾けた。


『ギャンッ!?』


 哀れな狼はたまらず悲鳴を上げてもんどり打つ。他の個体も一気に警戒し、耳を立てる。


『障壁展開可能時間、残リ25秒』

『ぬぬぬっ。私は戦闘職じゃないってのに!』


 睨み合いの膠着状態は、30秒弱で終わる。フォトたちを守っていた障壁が動力源を失い霧散したのだ。狼たちはそれを一瞬で判断し、一気に動き出す。鋭い爪で土を掴み、勢いよく飛びかかった。


『私はただの、調査官なのよ!』

『フラッシュ』


 ぎゅっと目を閉じて蹲るフォト。それを予想していたように、全く同じタイミングでレフが形状を変える。内部にあるブルーブラストリアクターが一瞬だけ露出し、強烈な青い光を周囲に放つ。

 それはただの光ではない。一瞬のうちに電子機器を焼き焦がすほどの熱量を有しており、なおかつ生半可な防護は容易く貫通してしまう。高耐久性管理者機体であっても、瞼を完全に閉じておかなければカメラアイに不具合を生じさせるほどの超高密度エネルギー集合体の光である。

 フォレストウルフの闇に慣れきって大きく開いた瞳孔に、青い光が突き刺さる。網膜を焼き、眼球を焦がし、脳を沸騰させる。

 フォトがリアクターを露出させたのは0.1秒にも満たない刹那の時間である。しかし、それだけで十分であった。


『簡易偵察ヲ実行。周辺ノ危険レベルハ安全1デス』

『た、助かったわ……』


 再び闇が戻り、静寂が満ちた森の中で、レフが冷静に偵察を行う。狼たちの死体が乱雑に横たわる中、フォトは恐る恐る立ち上がる。


『フォトハ本当ニビビリデスネェ』

『慎重と言いなさい! それに、私は戦闘職じゃないの! 私たちの役目は忘れてないでしょうね?』


 呆れたようにランプを点滅させるレフに、フォトは眉を吊り上げる。彼女はビシリと人差し指を突きつけると、朗々と声を上げる。


『私たちは調査開拓団内部調査官! 調査開拓活動は役目じゃないの!』

『了承シテオリマス。我々ノ役目ハ――』

『調査開拓団そのものの現状を調査し、記録すること! だから、原生生物と戦えなくたって問題ないの!』

『全部ゴ自分デ言ッテシマワレマシタネ……』


 調査開拓団内部調査官。それがフォトとレフの肩書きである。

 その任務は惑星イザナミへと降り立ち、調査開拓団の現状を調査記録すること。イザナミ計画実行委員会監査課直属の実行部隊であり、その性質上秘匿性が求められる。そのため、新月の夜を狙い、通信監視衛星群ツクヨミをクラックして、現地指揮官である開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉対しても素性を偽装した上で潜入してきたのである。


『さっさとポッドを片付けて、周辺の証拠隠滅するわよ。それが終わったら、まずは地上前衛拠点シード01-スサノオに向かうから』

『了解シマシタ。隠蔽プロトコルヲ実行シマス』


 フォレストウルフの脅威を退けたフォトたちは、地面に深く突き刺さっているポッドとその着陸跡を片付ける。二人とは言ってもレフはただの宙に浮かぶボールであるため、実際に動くのはフォトである。


『ぬぬぬぬっ!』


 彼女は泥だらけになりながら現場を片付け、疲労困憊になりながら歩き出す。


『とりあえず、まずは要注意人物PoIの調査からね。誰がいるか分かってる?』

『モチロン。マズハ、調査開拓員レッジカラデショウカ』

『そうねぇ。実行委員会からも彼にはよくよく注意するように言われてるし……』


 森を抜け、平原を横切り、少女とカメラは最初の町を目指す。

 彼女たちに課せられた任務の中で最も重要なものは、イザナミ計画実行委員会が重要視する調査開拓員についてより詳細な情報を集めることであった。

 無数に存在する調査開拓員の中でも、わざわざ委員会が注目するほどの機体。それがいったいどのような力と思惑を持ち、どのように行動しているのか。それを調べ上げなければならない。

 指揮官から委員会に送られてくる報告書はデータ量的にも大きな制限があり、また時空間超越通信といえどタイムラグは避けられないため、とても詳細とは言えない。フォトが事前に受け取った資料も、ほとんど資料の体を成していないような代物である。


『よーっし、やるぞ!』


 ようやく惑星イザナミの大地へと辿り着いた。彼女の仕事はこれから始まる。

 薄明が迫るなか、少女は気合いを入れて声を上げた。

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