第3話 ブライト・レイの困惑(ブライト視点)
僕には大事な友達がいる。
バートル家の当主であるジルベルトとその奥方のアリーシャ嬢。
誰も信じられなくて人生のどん底にいた僕を救いあげてくれた恩人で、学園を卒業した後も疎遠になることなく縁が続いている。
何かにつけてお茶会に呼ばれることも多く、彼らの子供であるセシリアとロベルトは物心つく前からの付き合いなせいか、まるで親戚のおじさんのような気安さで接してくれる。
実家であるレイ家とは折り合いが悪く、薬物研究所の研究員として働くようになってからというもの、実家に帰ったのは片手で数えるほどしかない。
家を継いだ弟にも子供はいるけど、会う機会がほぼないせいでおじさんと認識されているかも怪しい。そういった事情もあって、会う機会の多いセシリアとロベルトのほうが姪や甥なのではないかと錯覚しそうになる時がある。
特にセシリアは僕によく懐いてくれていて、屋敷に行くといつも一番に出迎えてくれた。小さな体全体で歓迎してくれるのが可愛らしくて、ついつい甘やかしたくなるのだ。
***
バートル家から研究所の寮に帰ってきた僕は、机とベッドしかない簡素な部屋に明かりを灯して小さく息をついた。
さっきまで賑やかだったせいか、一人暮らしの部屋はいつもより静かに感じられた。
ついさっき別れたばかりだというのに、あの温かな雰囲気が恋しくなってしまって苦笑する。
歳を取って感傷的に思うことが増えた気がする。
あー、やだやだ。歳なんて取るもんじゃないね。
しおりがたくさん挟まった分厚い本が積まれた机――その二段目の引き出しを開けて、大事にしまっていた絵を取り出す。
六歳だったセシリアが、僕の誕生日に「ブライトさまを描きましたの!」と満面の笑みでプレゼントしてくれたものだ。
子供らしいタッチで描かれた僕が、僕の半分くらいの大きさの金髪の女の子とにこにこ笑っている。
この絵をもらったのがついこの間のように感じる。歳を取ると時の流れがあっという間になるというのは本当らしい。
少し前まで幼い子供だと思っていたのに、今年はもう学園を卒業して社交界デビューする歳だという。
母親に似て月の女神のように美しく、父親に似て成績も優秀。明るく社交的な性格の彼女に縁談は絶えないと聞いている。
幼い頃は僕と結婚すると言っていたセシリアだって、成長するにつれて僕に向ける想いは子供の頃の憧れみたいなものだと自覚するようになるだろう。そうしていつか、彼女に見合った人のところへ嫁いでいくんだと、そう思っていた。
――――それなのに。
どういうわけか、彼女は今でも子供の頃のまま僕と結婚すると言って憚らない。
なんでこうなったと頭を抱えざるを得ない。
甘やかしすぎてしまったせいだろうか。
父親であるジルベルトも止めてくれればいいのに、セシリアとの約束だからと静観に徹している。
確かにセシリアが子供の頃、社交界デビューするまでにセシリアの気持ちが変わっていなかったら結婚を考えるという約束はした…………したけどさ、まさか本当に心変わりしないだなんて思わないだろ?
だってニ十歳も年上のおじさんだよ!? 普通、同じ年ごろの男に気持ちがシフトしていくものではないのか。
約束した当時の僕は、向けられた好意と信頼が嬉しくて、とても温かい気持ちで先の見えない約束を交わした。
けれど実際にその期限が間近に迫るにつれて、僕はだんだん怖くなってしまった。
正直なところ、僕は自分に自信がない。
実家との折り合いが悪いせいもあって、長男として生まれながら家を継ぐことはできなかった。ジルベルトのように爵位を持っているわけでもない、ただのしがない研究員でしかないのだ。嫁いできてもらっても肩身の狭い思いをさせてしまうのが目に見えてわかっていた。
それから彼女と二十も歳が離れていることも大きい。この差ばかりは埋めようがない。
好意を向けてもらえるのは嬉しいけど、セシリアには僕なんかよりもっと相応しい人がいるはずだと思っている。
自分の立場くらいわきまえているつもりだ。
おじさんとして接するのはセシリアが学園を卒業するまでだと決めている。
先立ってはセシリアが一緒に誕生日プレゼントを買いに行きたいと言うので、次の休日に一緒に出かけることになった。
誕生日プレゼントをあげられるのも今年で最後になるだろうから、あの子が欲しがるものなら何だって買ってあげるつもりだ。
だから、あと少しの間だけ――僕は彼女を甘やかすおじさんでいたいと思っている。
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