第40話 じゃあもう決定でいいよね

 淳一郎オレと鈴音が電車を乗り継いでお台場に着いたとき、すでに日付が変わりそうな頃合いだった。


 クローンの一人から受け取った報告どおり、お台場の砂浜に向かうと、そこにはぼんやりと海を見つめているクロスズの姿があった。


 海浜公園の海は静かで、微かなさざ波が砂浜を濡らしている。クロスズはその光景に溶け込むかのように、月明かりの下で動かずにいた。


 オレと鈴音が息を切らしながら駆け寄ると、クロスズは驚いたように振り返る。


「……見つかっちゃったんだ」


 その呟きは、どこか自嘲めいて聞こえた。


 オレは荒い呼吸を整えながら、思わず大声を張り上げる。


「当たり前だろ……!なんで勝手にいなくなったんだよ!」


 怒鳴った直後、オレはクロスズがほんの少し身をすくめたのに気づく。勢いで声を荒げてしまったことを後悔するが、どうしても抑えられなかった。


「……ごめん。わたしは、いないほうがいいと思ったから」


 クロスズは自虐的に笑うと、再び夜の海へ視線を戻してしまう。その姿があまりに儚げで、オレはかえって胸が痛くなる。


 そんなクロスズに向かって、鈴音が一歩前に出た。


「いないほうがいいなんて、そんなことないよ……」


 鈴音は、気まずそうな表情をしていたけれど、勇気を出したのか声を張った。


「悪いのは……悪いのはそう……淳一郎なんだから!」


「うぐっ……!?」


 オレは反論できず、数歩後じさる。


 確かにクローンを作ったのはオレだし、クロスズを追いつめるきっかけを作ってしまったのもオレなわけで……ぐうの音も出ない。


 そんなオレ達のやり取りを見て、クロスズは見守るように微笑した。夜風が彼女の長い髪を揺らしている。


「……ほんと、どうしようもないね、淳一郎は」


 クロスズのその微笑は、どこか人を惑わすかのような──そんな怪しげな雰囲気すら感じられた。


 そのクロスズが、オレ達二人に向かって言い放つ。


「でも……それなら、どうするの?」


「どうするって……」


「わたしはもちろん、淳一郎が好き」


「……!」


「……ああ、それはもう知ってるよね、鈴音さん」


 鈴音の隣にいるだけで、その動揺が伝わってくる。しかしクロスズは、いっそ挑発的とも言える微笑を浮かべるだけだった。


「それで、鈴音さん……いえ、鈴音は、どうなの?」


 呼び捨てにされたことで、鈴音が一瞬肩を強張らせる。けれど、すぐに言葉を飲み込むかのように黙ってしまう。


 クロスズは、お構いなしに言葉を続けた。


「答えないのなら、淳一郎はわたしがもらっちゃうけど?」


「な……!?」


 鈴音が驚きの声を漏らす。


 オレは、そんな二人を交互に見やりながら困惑するばかりだ。


「ま、待ってくれクロスズ。そういう話はまださすがに……」


「何を待つの? わたしは鈴音のクローン、けど自我がある。だとしたら鈴音は? 鈴音はわたしと違う気持ちってこと?」


「そ、それは……」


 鈴音がもう一度口を開きかけるが、やっぱり何も言えない。彼女自身も、自分の心が整理できていないのかもしれない。


 言葉が出ずに唇を噛んだままの姿が、いつもの鈴音らしくなくてオレはますます焦る。


 そうしてクロスズは、いつになく強気な笑みを浮かべる。


「ほら、黙ってる。じゃあもう決定でいいよね」


 さっきまでは「わたしなんかいないほうがいい」なんて言っていたのに、どうして突然こんなことを……?


 だからオレは、慌てて止めに入った。


「ちょ、ちょっと待てクロスズ……!」


「でも鈴音は、この勝負は放棄するみたいだし」


 オレは、驚いたままの鈴音を見つめるが……鈴音からはまだ言葉が出てこない。


 夜の砂浜は風が強く、潮の香りが濃く漂ってきている。そういうムードのせいなのか、クロスズがどこか妖艶な雰囲気をまとって見えるのは……気のせいではないはずだ。


 そんな微妙な関係の空気が漂う中、オレは頭を抱えるしかなくなる。


 いったい、どう収拾をつければいいのか……とりあえず、クロスズが無事でいてくれただけでも良かったと、安堵している自分がいる一方で、いまの状況はけっこう危険なのかもしれないと思う。


 夜の海は、波が静かに打ち寄せる音だけを響かせていた。

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