遠いいつかの夢を見る

 夢を見る。

 遠い世界の夢を。

 眩しい世界の夢を。

 聖女、ユリアリアとして生きた愛しい日々を、夢に見る。

 そして願う。何度も。何度も。ただ、もう一度会いたいとひたすらに、願う。

 目覚めてしまえば、この胸の痛みさえ覚えてはいないというのに。

 それでも、願うのだ。夜の男神から与えられた慈悲に縋りながら。

 あなたに巡り合うその時まで、何度でも。



「ユリア」


 自分の名前を呼んで、困ったように言い淀む父親にユリアもつられて眉を下げる。


「ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないんだよ。

 けれど、その……お前がまた、泣いていたと聞いて……」


 そう言われて私はますます困ってしまう。

 朝、目が覚めた時、確かに頬が濡れていた。……しばらく涙が止まらなかった。

 胸が痛くて苦しくて勝手に涙が出てくるのだ。

 けれど、それがどうしてかなんてユリアには分からないし、自分でもどうしようもない。


「何も覚えていない貴女に言っても困らせるだけなのは私もパパも分かっているのよ。

 だけど、どうしても貴女が夢にとられてしまわないか心配で……」


 へにゃりと眉を下げた母親に、意識して笑みを作る。


「大丈夫よ。ママ。私はどこにも行ったりしないわ。

 だってパパもママも大好きだもの!」


 はしたないと注意されるかもしれないと思いながらも両親に抱き着く。

 二人はどこか安心したように息を吐いてユリアを抱きしめ返してくれた。


「私、お腹がすいたわ!朝ご飯にしましょう?」

「ああ、そうだね」

「ふふ、期待してもいいわよ!ママ頑張っちゃった」

「それは楽しみだ!」


 楽しそうに笑う母親につられて父親にも笑顔が戻る。

 それにほっと息を吐いてユリアも二人の後に続いた。

 これがユリアの日常だった。

 ちょっぴり過保護な両親と送る愛しい日常。こんな日々がずっと続くと思っていた。

 我が家に入り浸り気味な幼馴染がなにやら思いつめた顔で訪れるまでは。


「おめでとう!ハロルド。

 勇者に選ばれるなんてすごいじゃないか」


 幼馴染のハロルドが勇者に選ばれた。

 しばらく姿を見せないと思っていたのは勇者選定の儀に出ていたからなのか。

 ユリアは我がことのように喜ぶ両親の後ろで、照れたようにはにかむ幼馴染を見た。

 いにしえの時代と違って勇者といっても魔王を倒す者ではない。

 そもそも魔王はもう存在しない。今の時代の勇者とは魔を祓う者だ。

 選ばれた聖女と共に国を一周して魔が力を持ちすぎる前に祓うのがその使命。

 もちろん危険はあるが、歴代の勇者はほぼ生還している。たまーに、お役目を放棄して国が捜索したら他国で優雅に生活していたのが見つかるなんてこともあるみたいだけれど。

 魔王を倒した勇者ジークハルトと聖女ユリアリアを送り出した我が国の民としては、勇者と聖女に選ばれるのはこの上ない名誉だ。

 そんなことをつらつらと考えていると真剣な顔をしたハロルドがユリアをじっと見ていた。


「ハロルド、おめでとう」


 そう言えばまだお祝いを言ってなかったと口を開くと、ハロルドはどこかぎこちない笑みを浮かべてありがとうと呟いた。

 そしてひどく緊張した面持ちでユリアを見つめた。


「ユリア、旅から戻ったら聞いて欲しいことがあるんだ」


 震える声で紡がれた言葉にユリアは目を瞬いた。

 これは、きっとそういうことなのだろう。


「俺が戻るまで待っていてくれないか」


 真摯な瞳に射貫かれてユリアは助けを求めるように両親を見た。

 柔らかな笑みを浮かべ、どこか期待に満ちた両親の様子に促されるまま、小さく頷く。

 何故か心が悲鳴を上げた気がした。

 痛んだ胸を押さえて首を傾げる。


「ユリア?」

「……なんでもない。出立はいつなの?」

「2週間後の予定だ」

「そっか。見送りに行くね」


 待っている。その言葉を口にすることができずにユリアは曖昧に微笑んだ。

 しかし、2週間後ハロルドの出立をユリアが見送ることはなかった。


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