スタジオ

 店舗は古いマンションの一室だった。玄関のドアを開けると、駄菓子のような甘い匂いと、もわんとした暖気が押し寄せてきてくらくらした。薄暗い赤のスポットライトを背景に細身の男性が立っている。足元から白濁したモヤのようなものが立ち昇ってきており、オッチャンというよりは浮世離れした仙人に近い。これが雰囲気のある人というのか。逆光と黒いマスクのせいで顔はよく見えない。

「よく、いらっしゃいました。どうぞおあがりください。」

 聞き覚えのある早口が流れた。

「はじめまして、古庄です」軽くお辞儀をして一歩近付くと、駄菓子の匂いが濃くなる。白濁したスモークかと思ったのは、よく見ると煙草のけむりだった。スニーカーを揃えるためにしゃがむと、大きな髑髏と目が合った。下駄箱の中に靴と並んで、しゃれこうべの置物が置いてあったのだ。

 玄関からすぐの部屋に通される。空気が一段と暖かくなった。七畳ほどのこじんまりとした洋室の中は、お香と煙草の煙が充満しており、かなりの音量でロックがかかっている。廊下の暗闇とは対照的な、蛍光灯の白い光が目を突く。壁は艶光りのする黒で全面塗られており、般若やひょっとこのお面、掛け軸に描いてありそうな猛々しい虎の絵が所狭しと飾ってある。大きな額縁に丁寧に飾られている人間の写真もあった。みんな背中に鮮やかな鯉や龍や観音さまを背負っている。

 もしかして私は来る場所を間違えてしまったんじゃないか。背中をツーーーと冷や汗が流れていくような気がする。ストロングゼロのロング缶を一気飲みしてきて正解だった。

 仙人はというと、巣に戻って落ち着いたのか、足を組んで美味そうに煙草を吸っている。すごい量の煙りだ。見るだけで咳き込みそうになる。茶色い紙箱にはわかば、と書いてあった。座っているのは、幼児用かと思われる小さな背もたれのない粗末な椅子だった。よく見ると座面の上に、何重にも新聞紙を重ねて厚みを足しており、一番上に薄い座布団のような擦り切れた布を敷いている。完璧なカスタマイズ。

「ここがスタジオです。僕の仕事場です。」

「はぁ、、、」

「さあ、どうぞ座ってください」と来客用の立派なパイプ椅子に座るよう促された。

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