刺青

古庄花江

きっかけ

 目を開けると見慣れたグレーの天井があり、カーテンの隙間から強烈な西日が差し込んでいた。咄嗟に時計を見ると針は、4時半を指している。ということは14時間ほど眠っていたのか。オーバードーズも大したことないじゃない。溜息を着くと左手首に引き攣るような感覚が走るので、目をやると赤茶色の筋が3本横に並んでいた。プロチゾラムやトラゾドン、ベルソムラなど家中のあらゆる睡眠薬を昨晩ウォッカで流し込んだ。段々と意識が混濁していく中で、カッターで手を切り付けたのだろう。素面じゃこんな物騒なこと出来ない。

 また憂世に縛り付けられてしまった。

 目を刺すようなオレンジ色の陽に嫌気が指して、横わったまま散らかった部屋を眺めた。

 「脱力虚無」

 思いついた単語を並べて呟いて見ると、それは現実になってより一層凄みを増して私に向かってきた。喉が乾く。口の中の粘膜は水分を失っていて、代わりに眠剤を飲んだ翌朝の不快な苦味と粘り気を持っている。シンクに駆け寄って、顔を縦向きにして蛇口から直接水道水を飲んだ。カルキ臭くて冷たい無色透明の液体が、喉をごくごくと通っていく。溢れた水が頬を伝って耳の穴まで届くので、勢いよく顔を上げた。反動で二日酔いの頭がぐわんぐわんと揺れて、吐き気と倦怠感が更にひどくなった。

 ベッドまでよたよたと這っていき、乱れたシーツの上に大の字になった。何もやる気が起きない。また喉の奥がカラカラになっている気がして、唾を飲み込んむ。ごくんというわざとらしい音と一緒になぜか体が軽く跳ねた。その反動でカサッという音がして、左手の先に何かが当たった。つまみ上げると、名刺だった。

 『刺青師 赤間 彫清』

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