第20話(4) 賓客の来訪
自室へ戻り、ブリュリーズとどんな話をしたかあまり覚えていない。
式をいつ頃どのくらい盛大に行うかとか、現侯爵の部屋は貰えないのかとか、子供は男の子だけで良いとか、多分そんな話ばかりだったと思う。
ブリュリーズがひたすら喋っていてフィリアは終始無言だったけれど、頭の中ではずっとどうすればシドを呼び戻すことができるか、そればかり考えていた。
執事の偽物が意気揚々と帰っていくと、フィリアはミーナを通じて、両親のどちらかに面会の時間を取ってくれるように申し込んだ。
両親の勧めてきた結婚は、シドを放免にすることを条件に飲んだのだ。城から追い出すなんて約束違反だ。とにかくできるだけ早期に両親のどちらかを問い質した上で、シドを呼び戻してくれるようにお願いするしか道はないように思えた。
しかし、待てど暮らせど両親からの返事は来ず、あっと言う間に一夜が明け、昼が来て……。
もしかして両親は、フィリアをわざと無視しているのではないだろうか。そんな疑念にかられてフツフツと怒りが湧いてきた。
午後になると、もう待つことに耐えかねて部屋を飛び出していた。さすがのミーナも、フィリアへ返事の一つも寄越さない主人達に思うところあったのか、何も言わずに付いて来てくれた。
「お父様……! お父様……!」
父の部屋のドアを叩いてみるが一向に返事がない。隣の母親の私室のドアも叩いてみたがこちらも中に人の気配がない。
「どこへ行ったの? ミーナ、お父様たちは今どこ?」
「実は私も聞かされていないんです。昨日、確かに侍従のモア様に面会願いを出したのですが……モア様もリギア様も朝礼にいらっしゃらなくて、ノイグ様にスケジュールを訊ねても、口止めされているのか教えてくださらなくて……」
「言うなって言われてるんだわ……今は会議室かもしれないわ、行ってみましょう」
フィリアが再び走り出したところへ、廊下の向こうから騒ぎを聞きつけたノイグが走ってくるのが見えた。今日は黒の執事服を着ていて、シドとは違った壮年のしなやかさだ。
「お嬢様、何事です。またお部屋を抜け出されたのですか」
「ノイグ、お父様達はどこにいるの? 今すぐ会いたいの。教えてちょうだい」
「……あ、あの、それは……」
口篭ったノイグにフィリアは目くじらを立てて詰め寄った。
「言いなさい!」
「……その……オリーズ候と奥様は……昨日の午後から王都へお出かけになっておられます」
「昨日って……面会願いを出した直後に発ってしまったんだわ……。いつ帰るの」
「明後日行われる式典に参加されますので、あちらのお屋敷に泊まられて数日間は戻られないかと。もちろん、舞踏会の日までには帰られるご予定ですが」
「なんで……? なんでこんな時にいないのよ。なんで?」
フィリアは顔面を蒼白にさせた。
ずっと待っていたというのに、蓋を開けてみれば両親はそうやってフィリアと顔を合わせることも拒否していたのだ。
子供の頃からずっとそうだ。城から出ることをなかなか許されないことも、占いの本を読むのを禁止されたことも、婚約者ですら……両親は、フィリアの気持ちなんか無視して全部勝手に決めてしまうのだ。
もしこのまま当日を迎えて婚約者が発表されてしまったら、もうフィリアの力でシドを呼び戻すことができなくなってしまう――というより、シドは二度と帰らない気がする。
ノイグが困った顔をしながら自分が来た方向へ腕を伸ばした。
「お嬢様、貴女に何かあっては我々が叱られてしまいますゆえ、さあ、ご自分のお部屋へお戻り下さい」
「お嬢様……仕方ありません。戻りましょう……」
ミーナも言い辛そうに声をかけてきたが、呆然としたフィリアには、まったく聞こえてなどいなかった。
これじゃ、シドを呼び戻せない。
きっとシドは、城に戻りたがっていると思う。
自分に会いたがっていると思う。
自分を置いて行ってしまったなんて嘘だ。
会いに行こう。
フィリアは再び廊下を走り出した。
後ろでミーナが何かを叫んでいたけれど、もうどうでもいい。
直ぐ近くの階段を駆け下りて、いつも外出する時に使っている通用口へ向かう。
そこから外へ出て石畳を進めば馬車乗り場が見えてくるはずだ。轍に沿って騎士団の居住棟や鍛冶場の建つあぜ道を通って森の中を走っていけば、いずれ門が見えてくるから、そこから城域を出ればいい。
もう両親も城も結婚も、みんなどうでもいい。
会いに行こう。
きっとシドが自分を待っているはずだから。
彼の実家の場所は大体知ってる。この間二人で歩いた路地裏のあの辺りだ。探せばきっとすぐに見つかるだろう。
会いに行こう。
行ったらきっと喜んでくれる。きっとまた優しく笑ってくれる。今度はもっと仲良くなりたい。
仲良くなって二人でベーグルパンを買いに行くんだ。
光の差し込む通用口へさしかかったフィリアの腕が、無念にも侍女によって捉まれた。
「お嬢様……! いけません。お部屋へ……、お部屋へ戻りましょう」
「いや! いやよ! 行かせて!」
事情を察した守衛達が即座に通用口の扉を閉ざし、光が消えた。
「いけません。立場をお考え下さい、お嬢様」
「どうして……っ、ミーナ、酷いわ、お父様、お母様、どうして……っ! どうして皆邪魔をするのっ、どうして信じてくれないのっ、シドなのよ。私が待っていたのはシドなのよ……! どうしてっ、どうしていなくなってしまったの、シド……シド……っっっ!」
力が抜けて足から崩れ落ち、床に膝を付いた。終いにはわっと大声をあげて泣き出してしまった。
その労しい人の腕を掴みながら、ミーナもポロポロと泣かずにはいられなかった。
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