第13話(2) 冷たい轍
「そうねミーナ……私もそう思っていたのよ。あの日の馬車の御者は、初めてシドを見た時、あの騎士と見間違えたとすら言ったわ。ねぇシド、ちょっと後ろを向いてそこにしゃがんでみてくれないかしら」
フィリアはバゼルが倒れていた場所を指差し、そう言った。
シドが狼狽したように顔を強張らせ、閉口する。
なぜ今日シドをここへ連れて来たのか、二人が何を言わんとしているのか、もう察しは付いたのだろう。
彼は観念したように進み出て体の向きを変え、おもむろに片膝をついた。
「……こうでしょうか」
「うん、良いわ、もう少し下を向いて……ミーナ、どう思う?」
「やっぱりよく似ていますね……」
「私もそう思うわ。そもそも真っ黒な髪色というのは、珍しいものね」
「そうですね。南国の血が入っているなら普通らしいですが」
「背丈も似てるわ」
「本当ですね」
「そういえば――あれは騎士団学校の軍服に似ていたわ」
とどめを刺してやった。
今まで主人を騙してきたつもりのバカ執事。誰よりも忠誠心の強く使用人の手本だったバゼル――その最期の場所で、今日こそ本当のことを白状させてやる。
「シド様、あなたは本当に執事なのですか? それは仮の姿で、本当は黒髪の騎士様なのではありませんか?」
ミーナが遠慮のない直球を投げ付ける。
シドは跪いたまま体の向きを変え、もう逃げ道がないとでも言うように悲痛な表情をして項垂れた。
「……本当に…………、申し訳ないことでございます……」
シドが地に額が付くほど低頭して苦しげな第一声を発すれば、フィリアは我知らず悲鳴とも怒りとも感嘆ともつかない声を漏らしてしまった。
「謝罪の言葉もございません。それは……確かに私でございます……」
「シド……、あなたやっぱり……!」
フィリアが震える声を発した直後、ミーナの甲高い怒声が続いた。
「シド様、やっぱりあなただったんですね! どうしてすぐにおっしゃらなかったのですか。お嬢様があれだけ探し続けていたというのに……っ!」
「いいのよ、ミーナ」
「いいえ、黙っていられません。これはお嬢様にとって大事なことなのですよ。もう時間がないのです。お嬢様がどれだけ黒髪の騎士を待ち焦がれておられたか、どれだけの年月一人で悩まれておられたか……!」
「ミーナ、おやめなさい、もういいの」
そんなことを言ってもシドには意味が分からない。おかしな影響が出ないように、運命の三人について彼には一度も話していないのだから。
「申し訳ないことでございます。騎士の正体が使用人では、お嬢様の落胆が容易に想像されて居たたまれず、申し上げることが憚られたのでございます」
「シド……あなた……」
「つまりずっとお嬢様を欺いてきたというのですね!? なんて時間の無駄を……! そんな悠長なことを言ってる場合ではないんです。もう時間がないのです、お嬢様は、」
「ミーナ、黙りなさい……もう良いのよ……」
未だ顔を上げられず、地に伏しているシドを見ていたら声が上ずってしまった。
「ねえ、シド……何度も聞くようだけれど、あなたは本当に騎士ではないの……?」
「はい……、申し訳ございません……」
「でも……でも、あなたよ……あなたなのよ絶対……絶対……」
本格的に泣き出しそうになってしまった。
ここまで来てもシドは運命の三人に該当しない。けれど、掛け値なしにシドなのだ。始めからシドがそうだって分かっていたじゃないか。運命の三人について話しておけばよかったのだ。そうすればとっくに名乗り出てくれていたかもしれない。もっと、違う未来があったかもしれない。
シドはフィリアを振り仰ぎ、鎮痛な面持ちでもう一度謝罪の言葉を述べた。
「申し訳……」
その時だ。
シドの目がフィリアの後方に何かを捉え、驚きと同時に見たこともないほど強い怒りの表情へと激変した。
フィリアが釣られて振り返ると、噴水広場の向こう側――レンガ造りの建物群の前にたくさんの露店商が立ち並んでいるのが見えた。屋根つきのテーブルに品出しをしている中年の男がいる。髪は赤茶で頬がこけており、ぎょろりとした目をして籐の編み籠を屋台に並べている。
一見すれば単なる行商にすぎない、けれどフィリアには見覚えのある男。
「あいつ……!」
「シド……!?」
次の瞬間には、シドが石畳の上を走り出していた。
その男は紛れもなく、あの日、彼女とバゼルを襲った暴漢だったのだ。
フィリアだってあの顔を忘れてはいない。許しがたいバゼルの仇。あの事件がなかったらシドは騎士になっていたはず――。
「シド……!」
気付いたらフィリアも駆け出していた。後ろでミーナやサプラスの叫び声が聞こえたけれど、気にしてはいられなかった。
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