第8話(2) 令嬢の計略



 それから数週間後――。

 また、フィリアはシドを連れて書庫へ赴いていた。


 もう何度となく入り浸っているというのに、彼女はいつもと変わらずシドの黒服の袖と背中を抓んで奥にある外国文献の書棚まで共に歩んでいく。

 本当はもうそろそろ暗闇に慣れて来ていたが、最近になり、一灯で十分と自分のランタンを持ち歩くことをやめたのでなかなか暗い。これによりあざとく『か弱さ』を醸し続ける戦法だ。


 一方、シドの方は相変わらず手を握ったことなど忘れてしまったかのように飄々としていて取り付く島もない。本当に、あれは一体なんだったのだろう。


 いつものように諸外国の解説を始めたシドを、罪作りな執事だと思いながら眉間に皺を寄せて見遣った。いっそあの時のことを問い詰めてしまおうか。


「……どうかなさいましたか?」

「え? い、いいえ、気にしないで、続けて」


 けれども、今日は他に確かめなければならない事がある。

 この数週間、にわか諜報員として執事補佐のノイグの元へ送り込んだミーナは、仕事の合間を縫って懸命に働いてくれた。


 数日に一度、ノイグの休憩時間に偶然を装って鉢合わせし、それとなく食堂で共に食事を取って世間話をするのが重要任務だった。

 元々、女中の頃からノイグに慣れ親しんでいるミーナにとっては至極容易な任務だと思われたが、アイボット家についての話題を振るのはなかなか骨の折れる作業だったようだ。使用人界隈では、バゼルの次の執事が彼であろうことは誰もが予想していたし、本人もそう思っていただろう。そんな彼に、少しずつ少しずつ距離を近付けて話を聞き出すまでに随分時間がかかってしまったが、ついに先日、フィリアが寝室で寝仕度をしている時にこっそり重要な証言を報告してくれたのだ。


 いわく、「シド様は本当にただの使用人のようです」

「はぁ?」


 頑張ってくれたミーナの出した結論に思わず変な声が出た。だって、そんなはずはないのだ。シドは黒髪の騎士(のはず)なのだから。

 ベッドの横で寝巻きの袖を通しながら噛み付かずにはいられなかった。


「ミーナ、私がこれ以上シドに入れ込まないように嘘をついてるの?」

「ちがいます。これはノイグ様がバゼル様からお聞きになった話だそうですが、実はアイボット家はニ百年以上も前からオリーズ侯爵家と約定を結んでいるんだそうですよ」

「約定……どんな?」

「ご存知のように、アイボット家の一族は末代までオリーズ侯爵家に忠誠を誓う――というものです。生まれた時から生涯に渡ってそれを義務付けられているとか。もっとも、使用人として仕えるのは男性だけなんだそうで、シド様のご家族では現在、お父様がノーヴスの山屋敷で屋敷守をしておられるそうです。考えてみれば、バゼル様もそうでしたが、シド様は朝から夜中まで執事の仕事を全うしておられます。他へ割く時間なんてないと思いますよ。残念ですがシド様は紛れもなく『仮初めではない使用人』です。ですから『黒髪の騎士ではない』ともいえますね……」

「そんな……」


 フィリアは驚愕の面持ちでワナワナと立ち震えた。


 というか、アイボット家はこれまで自ら進んでオリーズ家に忠誠を誓ってくれていたと思っていた。そんな約定に人生を縛られているとしたら、シドはオリーズ家を快く思っていない可能性だって出てくる。まさか、シドの夢はそのせいで叶わなかったんじゃ――。


 頭から血の気が引いた。寝巻きの袖に両腕だけ通した姿のまま立ちすくむ。背中が全開の下着姿で少し寒いがそれどころではない。


「なんで、そんな約定を……うちのご先祖様とアイボット家は、なぜそんな約定を交わしたの」

「それが……」


 とても言い辛そうな顔をするミーナ。まるで飼っていた小鳥の訃報を知らせる時のような顔だ。


「今からニ百有余年も前の話になります。世界中で領土を争って戦が巻き起こっていた時代のことです。当オリーズ家も、サイガドという小王国に打ち勝ってその領土を得ることができました。その時活躍した騎士団に、アイボット家出身の従者が同行していたそうなのです」

「へぇ、その頃からアイボット家は重要な位置にいたのね。それで?」

「その従者が、焼け落ちた敵城で王族の赤ん坊を生きたまま発見したそうで……」

「……うん……、で……?」

「それで、可愛かったのでこっそり養子にしたそうです」

「……うん……、んんん……?」


 フィリアが真顔のまま首を捻る間にも、ミーナは続ける。


「それが当時のオリーズ候に知れて、アイボット家は一族滅亡の危機に立たされたそうで……懲罰を免れる為にあの約定を交わすことになったと……バゼル様が笑い話でおっしゃっていたそうです」

「……ええと、ちょっと待って。その後その赤ちゃんはどうなったの」

「養子のままだったそうです。だからこそ男系だけが生涯を拘束されるんですね。王族の子孫ということは、国を再興して反旗を翻す可能性がありますから」


 フィリアは頭の中で今の情報を整理した。何だろうこの話の流れは。それってつまり。


「つまり、どういうこと。シドって王族の子孫なの……? 身分があるってこと……?」

「いえ……確かにシド様は王族の子孫にあたるそうなのですが、サイガド国はもう存在しませんから、今現在は身分のない使用人であることに変わりはありません」

「でも、王族の血筋ってことは……世が世ならノーヴスの山屋敷にいるっていう父親が王で……シドは王子なんじゃ……」

「……ええ……『偽りの王子』じゃなくて『真実の王子』ですね……」


 フィリアはクワッと目を見開いた。


「違うわ!」


 頭の中でけたたましく計算機を稼動させる。

 これは、シドに「私は王子です」と言わせるきっかけが見えてきたということではなかろうか。身分なんかなくたって構わない。なんとかして自発的にそのセリフを言わせてしまえばいいのだ。もう国自体がないのだから今は王子でもなんでもない。つまり、シドはその瞬間『偽りの王子』となる。


 確信めいた直感が頭を過ぎっていった。なんてことだろう、シドはやはりどう考えても運命の人なのだ。


 ぽたりと、フィリアの瞳から涙が零れ落ちる。

 両腕を寝巻きの袖に拘束されて身動きできないまま、はらはらとベッドへ泣き崩れた。


 フィリアの占いは六割しか当たらない。子供の頃から、運命の三人のうち二人が現れたら上出来だと思っていた……。十九歳を過ぎても誰一人として現れないなんて思ってもみなかった。けれどシドは現れたのだ。それっぽい要素を、合算で六割くらい引っさげて……。



 たった一灯のランタンが光る世界でシドが一冊目の本を閉じた。

 その音でここが書庫だったことを思い出す。


 もはや『黒髪の騎士探し』はただの口実にすぎない。今重要なのはシドに「自分は王子です」と言わせること。

 もし彼がそれを言ってくれたら――。


(告白する……)


 フィリアは口の中で小さく呟き、覚悟を決めてシドの横顔を見上げた。


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