第18話:奇跡(エマ視点)

神歴五六九年睦月七日:王都郊外・エマ視点


 私は英雄騎士様の後に続きました。

 信じられないほどの速さで先頭に向かわれる英雄騎士様。

 これまでの私なら絶対について行けませんでした。


 ですが、何故か同じ速さでついて行くことができました。

 毒に侵された人達を助けたい。

 そのために少しでも早く走りたい。


 そう思って必死で走ったら、ついて行けたのです。

 理由は全く分かりませんが、何とか英雄騎士様に負けない速さで走れたのです。


「お嬢様、独りで行かれてはいけません!」


 信じられない事に、私の足の速さは、ジョルジャを始めとした護衛を置き去りにするほどになっていました。


「エマ嬢は俺が責任を持って護る。

 貴女方は王子達を見張ってくれ。

 必要なら殺して構わない」


 英雄騎士様が振り返ることなくそう申されました。

 その言葉を聞いたジョルジャ達は私を追いかけるのを止めました。

 

 お爺様から、お母様と私の護衛を命じられている彼らが、たった一言でお爺様の命令を諦めるなんて、正直信じられませんでした。


 私は直接英雄騎士様の実力を拝見していますし、ジョルジャ達も合流してから英雄騎士様の強さを見ているのですが、それでも信じられません。


 信じられませんし、疑問にも思いますが、今は考えている時間がありません。

 毒を受けた人々を助ける事が先です。


 一刻一秒を争うかもしれないのです。

 ほんの僅かな時間の差で命が失われるかもしれなのです。


 疑問は時間のある時に考えればいい。

 そう割り切って英雄騎士様の後を追いかけました。


 思っていた以上に早く先頭に辿り着きましたが、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていました。


 猛毒に侵されたのか、ほとんどの冒険者が地に伏しています。

 殆どの人に瀕死の痙攣が始まっており、もう既に息が途絶えている人までいます。

 死屍累々と言うしかない光景です。


 私のパーフェクト・ヒールなら、死んでさえいなければ助けられます。

 ですがパーフェクト・ヒールでは、死んでしまった人は助けられません。

 亡くなった方まで蘇らせられる魔術が使えれば!


 いえ、自分にできない事を嘆いていてもしかたがありません。

 まずは今生きている人を助ける!


「エリア・パーフェクト・ヒール!」


 先ず生きている人の体力を最大限回復させる!

 猛毒でまた直ぐに体力が激減するのは分かっています。

 体力がつきる前に解毒してしまえばいい事です。


「エリア・パーフェクト・ステータス・リカバリー!」


 全ての状態異常を元通りに快復させる魔術。

 毒であろうと呪いであろう完璧に癒す技。

 お母様から直々に教えて頂いた、母娘相伝の魔術です。


 それでも、助けられた人は半数以下です。

 私の知るどの魔術も、死者を蘇らせる事はできません。

 神よ、どうか私に蘇生魔術を授けてください!


 決して私利私欲に使わないと誓います。

 どれほど愛する人であろうと、心悪しき者には使わないと誓います。

 だから、私に蘇生魔術を授けてください。


 神が認められた方だけでいいのです。

 悪人は蘇生させていただけなくてもいいのです。

 どうか私に蘇生魔術を授けてください!


 ……心優しき人だけでいいです。

 ……神様、まだ駄目なのですか!

 ……悪人はもちろん、普通の人々まで助けてくださいとは申しません。


 善良な人だけでも助けていただけないでしょうか?

 妻や娘、護らなければいけない者がいる人だけでも助けていただけませんか?

 どうか、どうか私に蘇生魔術をお授けください!


「エリア・パーフェクト・リサシテイション」


 不意に心に呪文が思い浮かびました。

 何も考えず、無心に叫んでいました。

 身体に蓄えられている魔力を全て放出する想いで叫びました。


 どれほど大声で叫んだとしても、溢れる思いを込めて呪文を唱えたとしても、魔力やレベル、資格のない者では魔術は発現しません。


 自分は天啓を受けたのだと思い込んだとしても、狂気の中で思い浮かんだだけの言葉では、魔術が発現する事はありません。


 本当に神から授けられた呪文である事。

 その呪文を発現させるだけの能力と資格が備わっている事。

 条件が整っていなければ、どれほど素晴らしい魔術でも発現させられません。


「「「「「うっ、うううううう」」」」」


 命の炎が消え去っていた人々の口から呻き声が聞こえてきます。


「エリア・パーフェクト・ヒール!

 エリア・パーフェクト・デトックス」


 魔力切れで死んでもかまわない!

 そう思って範囲回復魔術と範囲快復魔術を唱えました。


 魔力切れを起こしている状態で無理矢理魔術を発現させたら死ぬことがあります。

 自分の能力を遥かに超える魔術を発現させても死ぬことがあります。

 それが分かっていても、目の前に斃れている人達を助けたい。


 無責任なのは分かっています。

 ジョルジャにあれほど叱られ、誓ったばかりです。

 命を捨てるような行為は、この国の人々を救う責任を放棄した事になります。


 重々分かっているのですが、諦めきれなかったのです。

 我慢できなかったのです。

 目の前にいる人達を助け、自分も死なないですむ可能性に賭けてしまったのです。


 余りにも分の悪い賭けをしてしまいました。

 自分の能力を甘く計算しただけでなく、神様にも甘えていました。

 蘇生魔術を授けてくださった神様なら、助けてくださると。


 エリア・パーフェクト・ヒールとエリア・パーフェクト・デトックスが余計だったのかもしれません。


 蘇生魔術だけで助けられたのに、不必要な魔術を使ったせいで、神様の計算を狂わせてしまったのかもしれません。


「無茶をしてはいけません。

 そこまでしなくても、蘇生魔術さえ使ってくださればよかったのです。

 俺が言うのは何ですが、仲間を信じてください」


 身体中の魔力を全て使ってしまったので、空になった魔力の代わりに、命を燃やして魔術を発現させた事は分かっていました。


 消えていく命の炎に死を覚悟していたのですが、その空虚になった身体の奥深くに温かい魔力が注がれています。


 信じられないくらい温かな魔力は、失われた命力を蘇らせてくれます。

 私が覚えたばかりのエリア・パーフェクト・デトックスとも違う力です。

 

 私の授かった魔術はある意味力技です。

 外部から無理矢理他人の魔術で命を蘇らせ、魂を呼び戻すのです。


 ですが英雄騎士様の魔術は、本人の命を力づけるようです。

 少なくとも私の命を救う力がありました。


 ただ、助けたい相手が死んでしまった後で使えるかどうかは分かりません。

 だから私が命懸けでやった事が無駄だったとは思いません。

 でも、少しは文句を言ってもいいですよね?


「このような力を持っておられたのですか?」


 恨みは込めない心算でしたが、隠しきれていなかったようです。


「何か勘違いされているようですが、この技に死者を蘇生する力はありませんよ。

 これは他人に魔力を譲り渡すだけの力です。

 魔術ですらない、人を思いやる心から使える力ですよ」


「逆恨みしてごめんなさい」


「謝る事などありませんよ。

 御覧なさい、貴女が成し遂げたことを。

 本当なら死んでいた人達が、何の後遺症もなく蘇っています。

 これまでの奇跡を成し遂げておいて、謝るなんてどうかしていますよ」


 英雄騎士様の申される通りでした。

 ここに到着した時には死んでしまっていた冒険者達が元気に立ち上がっています。

 それだけでなく、戦意まで蘇っています。


「よくも卑怯な方法を殺してくれたな!」

「普段は高貴な貴族様だと威張っているくせに、やる事は暗殺者と同じかよ!」

「これでよく貴族様だと偉そうに言えたな!」

「毒を使って人間を殺すのは、犯罪者ギルドに所属している糞だけだぞ!」

「貴族が糞野郎なのは最初から分かっていたが、それにしても酷過ぎる!」


 武器を握り直した冒険者達が、猛毒を使ったであろう貴族に迫っています。

 信じられないくらい品のない派手な服装の貴族です。

 使われている色と素材から、伯爵以上の爵位を持っているのでしょう。


「ふん、相手が同じ貴族なら毒など使わない。

 平民など人間ではない。

 だから毒を使おうが呪いを使おうが貴族の誇りは傷つかない。

 いや、貴族の貴重な実験に選ばれた事を感謝すべきだ」


 この男が何を言っているか全く理解できません。

 貴族の実験で殺されたら、光栄だと感謝しろと言っているのでしょうか?

 貴族に生まれた者は、ここまで身勝手で傲慢になれるのですね!


「お前達は近づくんじゃない。

 まだ猛毒を隠し持っているぞ。

 そんな卑怯な奴は俺がぶち殺してやるから休んでいろ」


 英雄騎士様の怒りが手の取るように感じられる声色です。

 その怒りの強さは背後にいる私にまで伝わる殺気で明らかです。


 その恐ろしい殺気が気にならないくらいの喪失感に襲われています。

 先ほどまで満たされていた温かく優しい魔力が失われてしまったから。

 お母様が殺されてしまったと聞いた時に匹敵するほどの喪失感です。

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