第9話:一騎当千(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月六日:ロイセン王国アバコーン王国大使館・ジークフリート視点


 実力差を悟りながら必死の形相で対峙している騎士が哀れだ。

 自分が死ぬことで家族を開放してもらう心算だ。

 だが、ああいう腐った奴は絶対に約束を守らない。


「おい、お前が命を懸けても家族は助からないぞ」


「そんな事は分かっている。

 分かってはいるが、奇跡のような希望にすがるしかない。

 逆らえば確実に家族が殺されてしまう。

 ならば奇跡的な気紛れを信じて命令に従うしかない」


「どうせ命をかけるのなら、自力で家族を救い出してみたらどうだ?

 お前の家族を見張っている連中は、ここにいる腰抜けよりも強いのか?

 この程度の連中なら、お前でも十人や二十人くらい斃せるだろう?」


「俺一人ならばどうとでもなる。

 だが、家族を護りながらではどうにもならない」


「お前と同じような、平民出身の騎士や従騎士はいるのだろう?

 そんな連中と組んで家族を救いだせばいいだろう?」


「……皆自分の命や家族が大切なんだ。

 今睨まれている者を命じられたまま叩く事で、自分達が叩かれないようにする。

 俺も同じようにしていたから、恨む事もできない」


 この国は平民まで腐りだしているのか?

 いや、人間は元々こういう卑怯下劣な面が強い。

 しっかりとした道徳心を叩きこまない限り堕落して悪に走る。


「それでも、運を天に任せるよりは、自分の力で大切な者を護るべきだ。

 いや、誰も信じられないのだからこそ、運に任せてはいけない。

 最後の最後まで自力で助ける努力をすべきだ」


「あんたに何が分かる!

 頑張っても実力が足りない悔しさ、家族を護れない悔しさは、本人にしか分からないんだ!

 天賦の才と幸運に恵まれた奴に言われたくない!」


「だったら幸運、絶好の機会を与えてやろう。

 俺がここにいる全騎士を叩きのめしてやる。

 あの馬鹿を始めとした幹部連中を人質にしてやろう。

 その間に家族を救い出して逃げればいい。

 連中が捕らわれている間なら、見張りの連中を上手く脅かせるのではないか?」


「はぁ?

 独りで一万騎の軍勢を叩きのめすだと?!

 嘘を吐くのもたいがいにしろ!」

 

「嘘かどうか、自分の身体で確かめるんだな!」


 俺はそう言うと同時に対峙していた平民騎士に一撃を加えた。

 目にも止まらない電光石火の一撃だが、破壊力は極々小さく抑えてある。

 小一時間もすれば目が覚めるだろう。


「やあ、生まれ尊きお貴族の騎士団長様。

 生れに尊さに相応しい騎士道精神を見せていただきますよ。

 白手袋を顔に叩きつけられて決闘を逃げたりしませんよね?」


 ギャッフ!


 粗相王子と同じように、顔に白手袋を叩きつけてやった。

 ほんの少し風魔術を乗せてやったから、ヘルメットが大きく凹んでいる。

 騎士団長の頬骨を砕きながら。


「ギャアアアアア!

 いたい、いたい、いたい、ママ、助けて、ママ、痛いよママ」


「ロイセン王国第三騎士団団長、エルンスト・フォン・エルツ・リューベナッハを捕虜にしたぞ!

 取り返したければ一騎打ちでかかってこい。

 卑怯な真似をしたら身代金を諦めてぶち殺すぞ!」


「団長を助けろ!

 団長を助けないと厳罰に処せられるぞ!」


「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


 俺の言葉など何も聞かず、我先に襲い掛かってきやがった。

 俺に対する恐怖感が強いのか、地面に落ちた団長の事を考えていない。

 自分の事だけでなく、団長が馬蹄にかけられないようにしなければいけない。


 とても面倒だが、今後の事を考えれば助けるしかない。

 多少のケガ、骨の五六本はかまわないが、死なれては困る。

 身代金を確保しなければ、困窮する平民を助けられない。


「死にたい奴からかかってこい!」


 そう言うと、腕に自信がある連中がかかってきた。

 恐らく平民出の騎士達なのだろう。

 軍馬を操る脚の動きと武器を振るう腕の動きが、他の騎士達とは全く違う。


 だが、この程度の腕では俺の相手にはならない。

 常に飛竜や地竜を相手にしている俺の馬術と戦闘術の足元にも及ばない。


 奇襲をしようと準備していた平民出の騎士を一蹴したら、次は身分と役職だけ高くて、全く実力が伴っていない騎士団幹部が相手だ。


 騎士団長は既に落馬させて確保しているから、副騎士団長と騎士隊長が十騎。

 お飾りでしかないのは分かっているが、お飾りにされるくらい身分が高いから、身代金の額が楽しみな連中ではある。


「この国に呼び出されて竜を狩れなかった分の損失を補ってもらうぞ!」


 俺はそう言い放つと、瞬く間に百騎を叩きのめした。

 当人だけでなく、護衛の騎士や従騎士も叩きのめさなければならない。

 だが、俺が狙うのは高額な身代金が取れる高位貴族だけではない!


「ニコーレ、できるだけ殺すな。

 馬は高値で売れるから確保しろ」


「無茶を言ってくれる」


「お前の魅力なら馬も言い成りにできるだろう?」


「全頭は無理だからな」


 ピュー!


 ニコーレが高く美しい音色の指笛を奏でる。

 騎士に命じられていきり立っていた軍馬達が一斉に動きを止める。


 ニコーレは俺も持っていない特殊な能力を持っている。

 良くも悪くも本音で生きている純真無垢なニコーレは、動物にとても好かれる。


 流石に騎士が跨り操っている状態では無理だが、落馬させた後なら馬を手懐けて味方にするくらい簡単な事だ。


 大陸には色んな馬がいるが、馬の値打ちは品種よりも仕込んだ技術で決まる。

 農耕馬、荷駄馬、輓馬、乗馬、軍用馬の中で一番高価なのは軍用馬だ。


 重い完全装備の騎士を背に乗せ、戦場でも怯まない馬を育てるには、

とてつもない技量の調教師が長い時間をかけるしかない。


 一頭でそれなりの家が買えるほど高価な軍馬が一万頭もいるのだ。

 それを見逃すようでは冒険者とは言えない。

 英雄騎士の称号を受けようと、俺の本質は冒険者なのだ。


  ピュー!


 再びニコーレが指笛を奏でる。


「「「「「ギャッ!」」」」」

「うっわ、こら、大人しくしろ!」


 全く動かなくなっていた軍馬たちが一斉に暴れ出す。

 騎士達がロデオ状態になって慌てている。

 技量な未熟な騎士だと、乗った状態でも逆らわれてしまうのだな。

 

 完全武装した騎士は、自分の体重プラス五十キロくらいの重さになっている。

 運動性も極端に悪くなっていて、この状態で馬に投げ出されて落馬すれば、軽くて重度の打撲と骨折、悪くすると首の骨を折って死ぬことになる。


「死にたくない者は降伏の意思表示をしろ!

 このまま騎士にあるまじき不名誉な落馬で死にたくなければな!」


 ざっと見ただけだが、この国の騎士団の乗馬レベルはとてつもなく低い。

 騎士ならば絶対にできなければいけない、一ケ所に留まって蹄を鳴らしながら馬を回転させる輪乗りすらできていない。


 ニコーレが軍馬達を魅了する前のわずかな時間しか戦っていないが、少なくとも第三騎士団の連中の大半は、とても騎士とは言えない。


 馬を脚だけで操り駆けさせながら弓を射る騎射が全くできそうにない。

 脚の使い方、腰の安定性、手綱の使い方を見ただけで分かる。


 ランスやハルバートを何の技もなく振り回すことはできるようだが、敵騎士を正確に狙う事は無理だろう。


 当然落馬させた敵騎士を追って馬を飛び降り、組討で負かして首を取るなど夢物語の情けない乗馬術しか体得していない。


 それどころか、騎士のなかには従騎士に手綱を持ってもらわなければ、馬に振り落とされる情けない奴までいた。


 恐らく騎士が貴族子弟で従騎士が士族子弟なのだろう。

 或いは平民出身の乗馬上手を従騎士に取立てたかだ。


「英雄騎士殿、お手伝いする事はありますかな?」


 今まで様子見していた強硬派の大使がわざわざ大使館を出て話しかけてきた。

 この機に乗じてロイセン王国を叩く気なのか?


「余計な手出しは無用に願います。

 たった二人で一万もの騎兵を相手にしているのです。

 計算外の味方に手出しされると、あってはならない同士討ちが起きてしまいます」


「……さようか、手助けが欲しいなら何時でも申されよ」


 それだけ言うと大使はあっさりと大使館に戻って行った。

 味方が魅了した軍馬に踏み殺されるのは恥だと思ったのか?

 或いは大使館の中で何か画策する心算なのか?


 俺が大使の立場だったらどうする?

 エマ嬢にちょっかいをかけて戦争の切っ掛けを作るか?


 いや、ジョルジャ達一騎当千の護衛がついている。

 このような場所で殺される危険を冒すような愚か者ではない。

 自分は絶対に安全な場所にいて、他人に危険な役目を押し付けるタイプだ。


 ヒィヒィヒィヒィヒィイイイイイン!


 ニコーレに魅了された軍馬達が、次々と主人を振り落としている。

 それだけでなく、蹄の下に確保している。

 俺が捕縛しなくても人質一万人が手に入った。


 さて、どうする?

 一万人もの人質を収容する場所など、アバコーン王国の大使館にはない。

 宿を借りようと思っても、王侯貴族に逆らって貸してくれるはずもない。

 そもそも1万人もの人数を同時に宿泊させられる宿などない。

 

 今は軍馬が人質を押さえつけてくれているが、身代金を取ろうと思ったらそれなりの待遇で世話をしなければいけない。


 それには結構な人数が必要なのだが、その人手がない。

 人手を確保するなら冒険者ギルドだが、王侯貴族に逆らって依頼を受けてはくれないだろう。

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