真実の愛を見つけたから婚約を破棄すると王子に言われたら、英雄騎士様が白手袋を投げつけた。
克全
第1話:婚約破棄・処刑(エマ視点)
神歴五六九年睦月六日:ロイセン王国大舞踏会場・エマ視点
「エマ!
人の皮を被ったバケモノ!
お前が実の母親と長年世話をしてくれた家臣達を殺したのは明らかだ!
そのような人非人を王家の迎えるほど私は愚かではない!
いや、生かしておくだけで、これからも多くの人に害を与えるだろう。
親殺しの罪をもって、私との婚約破棄したうえ処刑する!」
王国で一番広い舞踏会場にアルブレヒト王子の声が鳴り響きました。
私が断罪される事は、集まった貴族士族全員が最初から知っていたのでしょう。
私が身分不相応に、下級貴族のように早い時間無理矢理入場させられた時から、蔑みと僅かな憐憫の視線を向けていました。
それでも流石に処刑されるとまでは思っていなかったようです。
騒がしかった大舞踏会場中が、水を打ったように静まりました。
「誰が黒幕かと思っていましたが、貴男でしたか、アルブレヒト王子。
この世にたった一人しかいない大切なお母様だけでなく、生まれてきた時から慈しみ護ってくれた近臣達を殺した極悪非道な人非人は!」
将来の王妃教育だと言って、私とお母様を引き離したのもアルブレヒト王子。
その所為で、母上が嫁がれる時に連れてきた、一騎当千の護衛騎士と忠誠無比の侍女達が分割されてしまいました。
全員が揃っていれば、王家の騎士団が相手でも、お母様が殺される事はなかったと思うと、王子に対する殺意がとめどもなく湧き上がってきます。
「黙れ、母嫌殺しの人非人とはお前の事だ!
どれほど言い逃れしようと、実の父親が間違いないと証言しているのだ!」
「娼婦の愛人を家に迎え入れ、その娘を貴族の常識を無視して社交界デビューさせるような男の証言を、王子は国法を破って認められるのですね!」
「ふん、元公爵令嬢風情が何を言っても王家の権力には敵わないのだ。
そもそも、お前は十六年前から公爵令嬢ではなかったのだ。
ステュワート教団には、十六年前にグダニスク公爵とお前の母親が離婚した書類があるのだ。
それだけでなく、お前が不当に売春婦と蔑んだ、教団聖女メラニーとの結婚を証明する書類もあるのだ」
「腐っているのは王家だけでなくステュワート教団もなのですね。
いえ、この国の貴族士族の全てが腐っていたのですね」
本当にこの国は堕落してしまっていたようです。
ごく僅かに、この茶番劇を恥入って顔を背ける士族がいるだけです。
目に見える範囲にいる貴族全員が、正義が悪に踏みにじられる醜悪な現場を楽しみ、下品な笑みを浮かべています。
深窓の令嬢として育てられてきた私は、この国の社交界をあまり知りません。
母の実家であるゴート皇国ウラッハ辺境伯家の家風で育てられてきたので、公国の社交界がこれほど酷いとは思ってもいませんでした。
「腐っている?
ふん、これこそが神に選ばれた我らが継承すべき言葉、弱肉強食よ。
強き者が弱い者を従えるのだよ」
「愚かとしか言いようがありませんね。
お母様を殺した時点で王家の滅亡は決まっていましたが、これで王国貴族が根絶やしにされる事が確定しましたわ」
「くっくっくっくっくっ、愚かなのはお前だ、エマ。
ウラッハ辺境伯家やゴート皇国の報復を期待しているようだが、無駄な事だ。
肝心のウラッハ辺境伯家は魔物の氾濫で滅亡寸前よ!
万が一ウラッハ辺境伯家が生き残ったとしても、アバコーン王国との緩衝国である我が国に攻め込む事などできない!」
魔物の氾濫?
北竜山脈からでしょうか?
それとも南竜森林からでしょうか?
本当に魔物が氾濫しているのでしょうね。
これでようやく、お母様と私を溺愛して下さっているお爺様が、この国に進軍していない訳が分かりました。
「だとしたら、私も覚悟を決めるしかありませんね。
誇り高きウラッハ辺境伯家の血を受け継ぐ者として、正々堂々と戦いましょう。
アルブレヒト王子、貴男に決闘を申し込みます」
「ぎゃっはっはっはっはっはっ!
クッヒ、ギャッ、ギャッ、ギャッ!
けっ、けっ、けっとう、決闘だと?!
何が哀しくて、王子である俺様が母殺しの大罪人と決闘しなければならん?!
お前はここで罪人として切り刻まれるのだ!」
「決闘にも応じない卑怯下劣な人非人と罵っても、お前のような王国貴族の誇りを持たぬ者には無駄という事ですね」
「馬鹿が、俺様が正義である事は、他の誰でもない、神の代弁者が証明してくれる!
ステュワート教団が認めた以上、ゴート皇国もアバコーン王国も認めるしかない!
お前は母殺しの大罪人として我が国の歴史に名を遺すのだ、有難いと思え!」
アルブレヒト王子の言葉を聞いた、誇りも何も持たないロイセン王国の近衛騎士達が私を囲もうとします。
剣さえあれば、この程度の連中など皆殺しにしてやれるのですが、哀しい事に、この大舞踏会場に入るまでは王子の婚約者扱いでした。
その所為で身に一片の武器も持っていません。
軽食用の銀のナイフやフォークだけでは、血統優先で選ばれた惰弱な者達とはいえ、完全武装の近衛騎士を相手にはできません。
投剣術を使って王子と実の父とは思えない公爵だけでも殺してしまいましょうか?
父を誑かした毒婦のメラニーを殺せないのは悔しいですが、このままお母様や乳母達の仇も打てずに殺されるわけにはいきません。
「殺せ、母殺しの大罪人を殺せ!」
目の前にいる仇だけでも殺して、お母様のおられる天国に参りましょう。
「待ってもらおうか!
先ほどから聞いていれば、王侯貴族の誇りも何もない恥知らずな言動。
アバコーン王国の代表としてこの会場に来ている以上、このような卑怯下劣を見逃していると、アバコーン王国の名誉まで地に落ちてしまう」
「ああっん?!
誰だ、お前?!」
「俺をアバコーン王国とゴート皇国への言い逃れの証人として呼んでおいて、知らないと言うのは真正の馬鹿なのか?
ああ、馬鹿だからこのような両国を激怒させるような茶番をやれたのだな。
すまん、すまん、次々と子供を夭折させた老王が、溺愛して甘やかした出来損ないが賢いわけがなかったな」
「思い出した、下賤な冒険者から成り上がった騎士だったな?!
生れの卑しい下賤なモノはこれだからな。
この記念すべき大舞踏会に招かれただけでも涙を流して感謝すべきなのに、礼金の増額まで要求する気か?」
「やれ、やれ、品性下劣で王侯貴族の誇りを持たない出来損ないの王子らしい。
アバコーン王国とゴート皇国が最低限持っている誇りと名誉も理解していない。
アバコーン王国の王が英雄認定した騎士を蔑んで、緩衝国の出来損ない王子程度がタダですむと思っているのか?!」
「ヒィイイイイ!」
王子の足元に温かい液体が広がっていきます。
貴族士族が集う大舞踏会場とは思えない悪臭が広がってきました。
アバコーン王国の英雄騎士様の殺気に当てられたのでしょう。
「ヒィイイイイ!
くっ、くっ、くっ、くるな、こないでくれ、金ならやる、だから許してくれ!」
英雄騎士様は父に、いえ、グダニスク公爵に近づいただけです。
それなのに、グダニスク公爵は恐怖のあまり腰を抜かしてしまいました。
それだけではなく、床一面を水浸しにしてしまいました。
アルブレヒト王子と同じように、貴族にあるまじき恥を晒しています。
それにしても、英雄騎士様はどれほど強いのでしょうか?!
惰弱で卑怯下劣なアルブレヒト王子とグダニスク公爵とは言え、剣も抜かずに睨んだだけで粗相させる殺気を放てるなんて!
そんな英雄騎士様が今度は私の方に近づいて来られました。
身長は一九〇センチを越えているでしょうか?
肩幅が広く厚みのある胸、重厚な体つきに比べて小さな顔をされています。
それなのに野暮ったい印象が全くないのは、脚が長くバラスが良いのもありますが、何よりも秀麗なお顔の影響でしょう。
美丈夫という言葉が一番合っておられます。
「エマ嬢、貴女の誇り高い言動に感動しました。
どうか騎士の剣を捧げさせてください」
「私はこの国に目をつけられています。
私に剣を捧げると言う事は、この国を敵に回す事になります。
英雄騎士様を取立ててくださったアバコーン王国に迷惑がかかるかもしれません。
そのせいで名誉ある英雄騎士の地位を失う事になるかもしれませんよ?」
「王の地位にあり、大陸を制覇できるほどの戦力を持っていようと、卑怯下劣を見過ごして正義を行わない者に忠誠を尽くす気はありません。
それに、英雄騎士の地位はアバコーン王国が勝手に渡してきたモノです。
騎士道に恥じる言動を強制させるなら、何時でも放り出してやります」
国中が敵に回っている只中でこれほどの勇気を示す方がおられるのですね!
「ありがとうございます、英雄騎士様。
私も英雄騎士様に剣を捧げてもらうに相応しい令嬢になれるように精進します」
「矢張り俺が見込んだ方だけはありますね。
ではエマ嬢の護衛騎士に相応しい仕上げをしましょう」
英雄騎士様はそう申されるとアルブレヒト王子の方に振り返られました。
「ヒッイイイイイ!
くっ、くっ、くっ、くるな、くるな、こないでくれ、殺さないでくれ!」
バッチーン!
「ギャッフ!」
英雄騎士様が決闘の申し込みとなる白手袋を放たれました。
とても投げつけると言う表現だけでは収まらない破壊力です!
ただの皮手袋を投げつけただけというのに、頬の骨が砕かれたのか、アルブレヒト王子の顔が醜く変形しています。
「エマ嬢に対する不当な言動はもちろん、アバコーン王国の名誉を損なうような言動は絶対に許す訳にはいかない!
アルブレヒト王子を始めとしたロイセン王国の全王侯貴族に決闘を申し込む」
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