第21話

「カウンセリングって言って、私のこと呼び出すのやめてよ!」


「ストレスチェックの結果、あまり良くなかっただろ?」


「ちゃんと寝てるし食べてるし、適度に息抜きしてるからっ」


「カウンセリングが必要ないかどうか判断するのは、俺の仕事だから」


いいから座って、ね?と微笑まれて、相変わらず山科の笑顔に弱い自分にげんなりする。


カウンセラーと患者の距離にしては近すぎる気もするが、もう抵抗する気力もない。


昔からこの男は、どれだけ仁菜が怒ってもわめいてもびくりともしないのだ。


穏やかな笑顔のまま、うんうんそうだね、と鷹揚に受け止めてしまう。


そのうち一人カッカして怒鳴っている自分が馬鹿らしく思えてきて、いつの間にかクールダウンしてしまうのだ。


もしくは怒りを別の感情に仕向けるように動いてくる。


その場合、山科のほうが完全に上手なので、あっという間にそっち(主に恥ずかしくて気持ちいいこと)に意識が飲まれてしまい、有耶無耶になって、寝て起きたら忘れている。


でも、いまは彼氏彼女ではない。


はず、なのに。


「事前に出して貰ったチェックシート見ましたよ、小泉さん」


山科からの苗字呼びは、正直違和感しかない。


これも仁菜に揺さぶりをかけるためなのだとしたら、これはもう完全に仁菜の敗北が決まっている。


「えっ!?ぅ、っ、は、はいっ」


途端へっぴり腰になった仁菜に、山科がクスクスと甘ったるい笑みをこぼした。


白衣姿の彼が、長い足を組み替えて膝に頬杖をついた。


ぐっと顔を近づけられて、心臓が跳ねる。


「そんなに動揺しないでよ。気になるなら、やっぱり仁菜、って呼ぼうか?俺もそのほうが慣れてるし。可愛い俺の仁菜ちゃん」


「……し、しし仕事してっ」


カウンセラーの着任に合わせて実施されたストレスチェックと、カウンセリングシートの作成。


健康だしどこも悪くないし、これ以上山科と接点を作ってなるものかと、必死にノンストレスをアピールしたのに。


「してるよ。ちゃんと。これ見てごらん」


デスクの上からタブレット端末を取り上げた山科が、画面を操作して仁菜に見せてくる。


「こっちが、今回提出してもらったストレスチェックで、こっちが、前回提出して貰ったストレスチェック。すごいよね、たった二か月で全部の症状が改善されてる」


「ひっ」


まさかカウンセラーとして山科が着任するとは夢にも思わず、素直にありのままの自分を申告した前回のストレスチェックシートまで確認済だったとは。


「真面目な仁菜ちゃんは、嘘なんかつかないもんね?寝不足も頭痛も腹痛も、魔法みたいに全部治ったんだよね?」


眠りが浅いのは昔からで、そこに悩みが加わるとさらに不眠気味になる。


気圧の変化で頭痛が起こりやすくて、緊張すると胃が痛くなる体質。


自分でも結構手がかかる体だと思う。


そして、それらすべての症状が劇的に改善した試しは、一度もない。


「っそそそそそうです」


「仁菜は嘘つくとき人の目見れないんだよねぇ」


はい、こっち向いてーと両手で頬を包み込まれる。


「ひっ」


目前に迫った山科の顔は、カウンセラーらしく生真面目なもの。


患者の心の変化をきちんと読み取ろうとするその姿勢は素晴らしいが、これは間違いなくやりすぎである。


「っちょ、ちょっと…ちかっ」


「シーっ」


「っ」


「静かにしないと、廊下を歩いてる誰かが変に思ってドア開けちゃうかもよ?こんなところ見られたらどうするの?廊下から見たら、まるで俺たちがキスしてるみたいに見えるはずだけど…?」


着任したばかりのイケメンカウンセラーと、女性社員が急接近、なんてランチタイムの恰好のネタだ。


「っ、こ、困る…から…っふ」


お願い話して、と告げる前に、唇がふさがれていた。


はむっと唇を挟みこまれて、軽く吸ってから今度はしっかり重ね合わせてくる。


山科のキスのやり方だ。


唇の感触を確かめるように触れ合わせてくるから、気持ち良くなって自然と唇が開いてしまう。


そこを彼の舌が優しくくすぐって来て、おずおずと迎え入れればご褒美のように舌をちょんと舐められて、そうしたらもう完全に仁菜の負けだ。


許されたと理解した山科は勝手に仁菜の舌を絡め取って、甘噛みしたり吸ったり、舌先をこすり合わせたりして、翻弄してくる。


最初の大人のキスはそうやって始まって、息が上がるたび解放されて、またすぐ塞がれて、仁菜が息遣いを覚えるまで何度も繰り返された。


気持ちいい大人のキスを覚えてからは、仁菜から仕掛けることもあって、そういう時は大抵山科の手のひらがきわどいところまで這わされた。


仁菜の限界を探るように、自分の理性を確かめるように、太ももを撫でたり腰を触ったりしながら、キスが深くなるにつれてお尻を揉んだり時には胸のふくらみをなぞられて、仁菜がおびえないように、少し二人の関係は深くなっていった。


最終的には彼の膝の上に乗って自分で強請ることまでさせられたけれど。


ああだめだ、また思考が蕩けていく。


一番気持ちよくなる直前で解放されて、にこりと笑った山科が適切な距離に戻る。


「まず先にキスしてないって否定しなきゃ。仁菜、そういうところだよ」


仁菜ちゃんは隙だらけだね、と山科が笑った。

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