赤縁の鏡
日和崎よしな(令和の凡夫)
第1話 都市伝説の発祥
都市伝説になるような心霊スポットというのは、総じて古くから存在し、伝説も長いこと語り継がれているものである。
しかしながら、ここ数ヶ月のうちに突然現れたぽっと出のくせに、まるで界隈の王様のような風格で語られる都市伝説が存在する。
――赤縁の鏡。
それは波打つ仰々しい赤い縁にはめ込まれた壁掛けの全身鏡のことであるが、とある廃館の奥にあるその鏡に写った自分の姿を見ると、一両日中に発狂して凄惨な死を遂げるという。
それが《赤縁の鏡》の都市伝説である。
そもそも廃館が発見されたのがごく最近になってからのこと。
というのも、廃館は深い森に囲まれているうえに、その廃館自体も多量の
最初にそれを見つけたのは二人組の大学生で、彼らは『東京の最も田舎な場所を決める旅』という企画動画を投稿しているユーチューバーであった。
彼らの投稿した最新の動画には赤縁の鏡が映っており、その鏡に二人の姿が写っている様も映像として残っていた。
ただ、その動画には不自然な点があった。
いつもなら凝ったサムネイル、字幕の挿入や細かいカット編集、詳細な説明が記載された概要欄、SEOを意識したタイトルという完璧な動画を投稿しているのだが、その動画だけは、『赤縁の鏡』という簡素なタイトルが付けられており、サムネイル設定なし、編集なし、概要欄の記載なしの状態で投稿されていた。
その動画は、メイン・コメンテーターと撮影者の二人がハイテンションで会話しながら草木をかき分けて森を進むところから始まる。
メイン・コメンテーターはタレ目だが眉を逆八の字に整えていて、顔に
服装は動きやすさを意識しているものの、ブランドもので固めているせいで、森に似つかわしいとは言えなかった。
二人が廃館を見つけたときには世紀の大発見のごとく喜んだ。
メイン・コメンテーターの声は高く、声をひそめてもはっきり聞き取れるほど。そんな恵まれた声が最大限に視聴者を
それに呼応する撮影者の声は、低いながらによく通る声で、動画においては程よいアクセントになっていた。
二人は蔓の隙間をこじ開けて廃館に入り、廃館を覆う蔓のせいで昼間でも暗い館内を懐中電灯で照らしながら進んだ。
彼らは終始ハイテンションだったが、赤縁の鏡の前にメイン・コメンテーターが立ったとき、彼は鏡を見つめたまま口をつぐんでしまった。
撮影者が不審がって声をかけながら鏡の前に移動して鏡を画角に収めると、撮影者もピタリと口を閉じてしまう。
鏡を見つめるメイン・コメンテーターの顔は、これ以上ないほど蒼白していた。
その彼がゆっくりとカメラに手を伸ばしたところで動画は終わる。
なお、動画越しに見る鏡には特におかしな点は見られなかった。
暗い中を懐中電灯で照らしているので不気味ではあるのだが、幽霊の顔が写っているわけでもなければ、モヤが写り込んでいるわけでもないし、鏡に写った二人の姿が消えたり
ただ、鏡を直接見た二人だけに何らかの異変が起こったことは間違いなかった。
その後、二人は極めて異質な死に方をした。
メイン・コメンテーターは都内の高層ビルの三十階から、窓を破壊して飛び降り自殺をした。
そのビルの二十階から三十階へ上がる階段には、
彼が階段を駆け上がりながら自傷している姿を、複数の人が目撃したという。
もう一人の撮影者のほうは
自宅の洗面所で壁掛け鏡を拳で細かく割り、それを全部口に含んだ状態で、かけ流しにして熱湯がなみなみに張られた浴槽の中に頭を突っ込んでいた。
なお、風呂場は窓も扉も内側から
赤縁の鏡と呼ばれた都市伝説は、最初の事件が起きてからというもの、知名度において
それというのも、その真相を確かめに行った人で証拠をSNS上にアップロードした人は、一日か二日もするとSNSの更新がパタリと止まるのだ。
その中にはアイコンで顔を晒している者もいて、悲惨かつ不可解な死を遂げた者の顔と一致していることも数件ほど見られた。
なんともなかったと言う者も現れたが、その中に誰一人として赤縁の鏡を見に行った証拠を示した者はいなかった。
彼らは十中八九、行ってもいないのに「なんともなかった」などと無責任な嘘を流布する輩である。
ここ数日では、
SNSを使っていない者もいたが、そのあまりの凄惨さゆえに、赤縁の鏡を見に行ったのだということは疑う余地がなかった。
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