第25話 決着

 アレクシスが振り下ろした剣が、”ギィイイイイイインッ!!”と音を立て、火花を散らしながらツヴァイハンダーと激突する。

 その衝撃は風となり、強風が辺り一面に吹き荒れていく。


「……えっ?!」


 二人の様子を固唾を飲んで見守っていたティナは、意外な光景に目を疑う。

 そしてトールと切り結んでいたアレクシスもまた、自分の手元を見て驚愕の表情を浮かべている。


「ば、馬鹿な……っ?! 何故剣が折れるっ?! 祝福を受けた剣が、どうして……っ?!」


 アレクシスは、真っ二つに切られた白い剣を見て絶句する。先程まで光り輝いていた剣は光を失い、ただのガラクタと化していたのだ。


 聖騎士が持つ剣は、ラーシャルード神の加護を授かっている。そして神聖力を注ぎ込むことによって強度が増し、大岩でさえも真っ二つに切ることが出来るはずなのだ。

 もしアレクシスの剣が伝説の聖剣であったなら、その威力は空を裂き月にまで届いていただろう。


「どうしてって、信仰心が足りないんじゃないの?」


 アレクシスの首元に、ツヴァイハンダーの刃を突きつけたトールが辛辣な一言を放つ。


「……っ!!」


「ちょ、ちょっとトール、それは……っ」


 歯を食いしばりながら項垂れるアレクシスを見て、ティナは少し可哀想に思う。自業自得とは言え、アレクシスがどれだけラーシャルード神に献身してきたか知っているからだ。


「まあ、どっちでも良いけど、この決闘は俺の勝ちってことで。異論はないよね?」


 肝心の剣を折られたアレクシスに反論の余地はない。きっと素手で戦ってもアレクシスはトールに勝てないだろう。


「…………っ、わかった。俺の負けを認めよう」


 観念するようにアレクシスが負けを認めた。


 ある意味ティナを賭けた戦いは終わり、お互い怪我もなく済んだことに、ティナはホッと胸を撫で下ろす。


「じゃあ約束通り、聖国と王国はティナに金輪際関わらないこと。ティナが望まない以上、聖女として扱わないこと。あ、これには神聖力の行使も含まれるから。それと──」


 トールが次々とアレクシスに要求を突きつける。しかし決闘したのはトールなのに、その内容はティナを守るためのものばかりだ。

 そんなトールに、ティナはどんどん彼に惹かれていく自分を自覚する。


「出来る限りのことはするが、全ての約束を守るのは……っ」


 トールの要求を聞いたアレクシスが言い淀む。


 実際、全ての要求を飲むのはアレクシスの立場ではさすがに無理だろう、とティナは思っていたのだが、どうやらトールはそう思っていないようだ。


「そこは死ぬ気で頑張って貰わないと。命を助けたんだし、必死にやれば約束は守れるはずだよ。それに…………アレクシス卿には頼りになるお父さんやお兄さんがいるじゃないか」


「──っ?! な──っ?!」


 トールの言葉の後半は声が小さく、ティナにはよく聞こえなかったが、言われたアレクシスは驚愕した表情をトールに向けている。


「ティナに嫌われたくなかったら、ちゃんと約束を守ってくれ。じゃないとアレクシス卿がティナを手に入れるために今まで何をしていたか……彼女に話さなきゃいけなくなる」


「っ?! ど、どうして……っ?!」


 アレクシスは何故トールが自分たちの内情に詳しいのか、不思議で仕方なかった。

 トールの持つ情報は王国の大神官ですら感知していない、知らない内容のはずなのだ。


 ──それは、アレクシスが実はラーシャルード教教皇の息子であり、兄は若くして枢機卿で、実質アコンニエミ聖国を支配している、と言っても過言でない一族の出身だという事実で。

 そしてティナを大聖女として聖国に迎え入れる為、王国の欲深い神官たちを影で煽り、フレードリクにティナを裏切るよう仕向け、王国に見切りをつけさせようと画策していたのである。


 汚い手を使ってでも、アレクシスは自分だけの聖女として、ティナを手に入れたかったのだろう。その己の欲が聖国の思惑と一致したのも幸いだった。

 聖国の協力のおかげで、アレクシスの望みまで後もう少し、というところまで来ていたのだ。


 しかしその計画は、聖国の上層部の極一部の人間しか知らず、更に制約魔法で秘密が漏れないように対策している。

 聖国の大神官でもないトールが知っていること自体、異常なことなのだ。


 まるで恐ろしいモノを見るような目を、アレクシスに向けられたトールだったが、本人は全く意に介さずティナのもとへ踵を返す。


「お待たせティナ。モルガンさんたちの所へ戻ろうか」


「……うん、お疲れ様。私のために戦ってくれて有難う。トールが勝って本当に良かった」


 ティナはトールに微笑みながらお礼を言うと、今度は心配そうにアレクシスを見る。


「ねぇ、トール。アレクシスはあのまま放って置いていいのかな……?」


 余裕で勝てると思っていた相手に負け、あれだけ執着していたティナも諦めなければならず、更には王国のみならず聖国にまでティナのことを伝えなければならないのだ。その喪失感と労力は相当なものだろう。


 トールは絶望しているアレクシスを一瞥しながら言った。


「多分大丈夫だと思うよ。これを機に成長してくれたら良いけど……まあ、本人次第だね」


 アレクシスがティナを想う気持ちは本当だった。

 もし彼の思惑通り事が進んでいたら、今頃ティナは聖国に連れて行かれていただろう。

 そうなれば、もう二度とティナとは会えなくなっていたはずだ。


 ティナが婚約破棄された時、彼女が神殿を頼らず、ベルトルドを頼ったことは僥倖だったな、とトールは思う。


「……ねえ、聞いてもいい?」


「ん?」


 トールの決闘を見ていたティナは、不思議に思っていたことを思い切って聞いてみることにした。


「えっと、どうやってあの剣を切ることが出来たのかなって。神聖力と親和性が高い鉱物で作られているらしいから、かなりの硬さだったと思うんだけど」


 聖騎士が持つ剣は、ただ振るだけなら切れ味が良い剣だが、神聖力を流すことで硬度と鋭さが増すと、ティナは聞かされていたのだ。


「ああ、アレクシス卿の真似をして、俺もツヴァイハンダーに魔力を流してみただけだよ」


「えっ?! そうなの?!」


「うん。お父さんの形見って話だけど、あのツヴァイハンダーってどこで手に入れたんだろうね。何の鉱物で出来ているのか知りたいぐらいだよ」


 冒険者だったティナの父親の遺品は、ただの武器ではなかったらしい。もしかするとかなり希少で価値がある、それこそS級ランクの武器なのかもしれない。


「どこで手に入れたのかは聞いてないなぁ。……でも、ツヴァイハンダーを使いこなせるなんてトールは本当に凄いよね。どうしてあんなに戦い慣れているの……?」


 ツヴァイハンダーのことよりも、ティナが一番気になっていたのはトールの強さだった。


 しかしティナは、トールに質問したことを早々に後悔する。興味本位で聞いてはいけないことのように思ったからだ。


「あ、ごめん……っ! 今の忘れて──」


「生きるためだよ」


「──……え?」


「生き抜くために、俺は強くなきゃいけなかったから」


 トールが教えてくれた答えは、ティナの予想よりも遥かに重いものだった。


 ただシンプルな答えの中に、トールが抱えているらしい複雑な事情が垣間見えて、ティナはやっぱり質問したことを後悔した。


 よく考えてみれば、ティナはトールのことをほとんど知らなかったのだ。


 隣国であるクロンクヴィストからの留学生で、同じクラスで、休みがちだったティナに見返りを求めること無く親切にしてくれて──。


 クロンクヴィスト出身とはいえ、実家のことも、貴族なのか平民なのかすら、ティナはトールのことを知らなかった。


 実際はトールのことを何も知らなかったのだと気付いたティナは、もっと彼のことを知りたいと思う。

 だけど、自分がどこまで踏み込んでいいのか、その境界がわからないティナは戸惑ってしまう。


 トールの過去がどうあれ、彼は生きるために強くならなければいけない環境にいたのだ。そんな状況でトールがここまで強くなったのは、彼が相当努力したからだろう。


「え、えっと……。その、すごく大変だったでしょ? よく頑張ったね」


 だから生きる努力をしたトールを、ティナは褒めてあげたくなった。


「……っ、ふふ。有難う」


 返事に困っているティナが可愛かったのか、褒められて嬉しかったのか、トールの口から笑い声が漏れる。


 トールの目は見えないのに、何故か見つめられているとわかってしまう雰囲気に、ティナは別の意味で困ってしまう。


「約束したからね。絶対死なないって」


 不意に、トールが呟いた。


「約束……?」


 その呟きを聞いたティナが、トールの顔を仰ぎ見ると、何となく彼が遠い目をしていることに気付く。


「……うん、昔にね。とても大切な人と約束したから。だからその人ともう一度会うために、俺は死ぬ訳にはいかなかったんだ」


(トールの、大切な人……)


 大切な存在がいるということは、その人にとって、とても幸せなことだとティナは思う。だけど、トールにそんな存在がいると知ったティナの心は、そんな思いとは裏腹に傷付いたかのように痛む。


「……そう、なんだ……」


 ティナは胸の痛みを堪え、何とか言葉を絞り出す。


「……その人とは、もう会えたの……?」


 もしかするとトールの大切な人とは、家族や友人のことかもしれない。

 しかし、命を掛けるほどの強い想いをその人に向けるトールに、ティナは言いしれない寂しさを抱く。


 ──ずっと自分だけが、トールの特別なのだと思い込んでいたのだ。


 自分の勘違いに気付いたティナは、羞恥心でどうにかなりそうだったが、そんなティナに気付くはずもないトールが、「それは──」と答えようとした時、ティナの腕の中にいたアウルムが「くぅん……」と目を覚ました。

  



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


アレクシスさん退場の巻。


次回もよろしくお願い致します!( ´ ▽ ` )ノ

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