第11話 依頼主
「……ん? でも姉ちゃん、ティナだっけか? 俺とどこかで会ったことねぇか?」
「え? え?」
クロンクヴィストまで護衛をすることになった商会の、責任者らしい壮年の男性モルガンが、ティナの顔をまじまじと見ながら言った。
何かを思い出そうとするモルガンに、ティナがどうしようかと思っていると、視界が何かに塞がれると同時に”スパーンッ!!”という音が響いた。
「いってぇええええーーーーーっ!!」
「え? な、なになにっ?!」
ティナは何が起こっているのかわからず、一瞬混乱してしまう。
しかし、よく見ると視界を塞いだのはトールの背中で、モルガンの視線からティナを守ろうとしてくれたのだろうと理解した。
(あれ? じゃあ、さっきの音は……)
ティナがトールの背中から覗いてみると、頭を抱えたモルガンの後ろに、仁王立ちした女性が立っていた。
「ちょっとあんた!! そんな不躾な視線を女の子に向けたら失礼でしょ!! 早く謝りなさいよ!!」
「い、いや、そんな悪気があったわけじゃ……! って、痛い痛いっ!!」
モルガンを叱りつけた女性は、更にモルガンの背中をバシバシと叩く。
「悪気がなかったら何をしてもいいって?!」
「ちょ……っ!! やめ……っ!! ティ、ティナすまんかった!!」
モルガンを叩いていた女性は、モルガンが謝ったのを確認すると、ようやく叩くのをやめた。
「うちの亭主がごめんね。おっさんにジロジロ見られて不快だったでしょう?」
そう言ってティナに謝った女性はモルガンの妻だったようだ。黒い髪に褐色の肌をしていて、セーデルルンド王国より南の国の出身だとひと目で分かる容姿をしている。
メリハリがあるスタイルがよくわかる民族衣装に身を包んだ、迫力がある美女だった。
「あ、いえ、大丈夫です。気遣ってくれて有難うございます。トールも有難うね」
「うん」
ティナが美女とトールにお礼を言うと、美女が後ろにいたらしい子供を抱き上げた。
「私はイロナで、この子がアネタ。モルガンと私は夫婦で、アネタは娘よ」
イロナに抱っこされたアネタは三歳ぐらいの女の子で、肌は白いものの、イロナに似てすごく可愛い顔をしていた。将来はすごい美女になりそうだ。
「あ、改めまして、私はティナで、こちらはトールです。冒険者ギルドから護衛の依頼を受けて来ました」
「ふふ、こんなに可愛い子達が護衛だなんて嬉しいわ! 旅がとても楽しくなりそう」
イロナもモルガン同様、見た目で人を判断しないタイプのようだ。二人が護衛だと言っても心配するどころかすごく喜んでいる。
そんなイロナの様子に、ティナは心の中で安堵した。
「……」
ティナがふと視線を感じ、そちらの方向をちらっとみると、イロナに抱っこされたアネタがじーっとティナを見つめていた。
「アネタちゃん、よろしくね」
ティナはアネタに視線を合わせ、優しく微笑んだ。一瞬、きょとんとしたアネタだったが、ティナの笑顔につられるように、にぱーと満面の笑顔を浮かべる。
「か、可愛い……っ!!」
アネタの屈託ない笑みに、ティナは一瞬でノックアウトされた。
元々子供好きだったティナは、アネタと一緒に旅ができることをとてもうれしく思う。
「あらあら、この子すごく人見知りするのに、ティナちゃんは大丈夫みたいね」
「俺はトール。よろしく」
イロナの言葉を聞いたトールは、ならば自分はどうだろうとアネタに挨拶をした。
しかしアネタは一瞬ビクッとした後、じーっとトールの顔を凝視している。
「あら? 少し怖がっているけど、嫌がってはいないわね」
アネタの様子に内心トールはショックを受ける。しかし、よく顔がわからない人間を嫌がらないだけマシではある。
イロナに叱られ、大人しく様子を見ていたモルガンが、ティナ達に横から声を掛ける。
「挨拶は済んだみたいだな。じゃあ、軽く打ち合わせするか。ちなみに二人はベルトルドさんからどこまで聞いてるんだ?」
「詳しいことは何も。ただ、クロンクヴィストまで護衛するように、としか聞いていませんね」
ティナの返答にモルガンがきょとんとする。その表情はとてもアネタにそっくりだ。
「へぇ。ベルトルドさんにしては珍しいなぁ。二人は余程ベルトルドさんに信頼されているんだな」
丸投げと言っても過言ではない今回の依頼の采配に、モルガンは怒ること無く納得する。ベルトルドとの付き合いが長いのだろう、彼の性格をよく知っているようだ。
「じゃあ、俺たちの状況を説明するな。俺たちはクロンクヴィストに店を移す予定でな。今回は家族だけ先に移住するから、念の為護衛を依頼したんだよ」
「では、護衛対象はモルガンさん一家と家財道具ですか?」
「まあ、そうなるな。後は余裕がありゃあアネタの遊び相手をお願いしたいかな。勿論追加で報酬は支払うよ」
「えっ! 本当ですか?! 有難うございます!」
ティナはアネタと遊んで欲しいとモルガンから言われて喜んだ。むしろ自分から一緒に遊んでもいいかと許可を取るつもりだったのだ。
「あっ、でも追加報酬は保留でお願いします。依頼が終了する時にまた改めて相談させて下さい」
アネタに夢中になって護衛を疎かにするつもりは全く無いが、それでも何が起こるかわからない以上、報酬の話をするのは気が引けたのだ。正直、ティナは追加報酬も不要だと断るつもりでいる。
「なるほどな。じゃあ、無事依頼達成出来るようにお互い頑張ろうや。クロンクヴィストまでよろしく頼む」
「はい! 頑張ります!」
「わかりました。よろしくお願いします」
依頼主であるモルガンから正式に依頼され、ティナとトールは喜んで承諾する。
初めての依頼に緊張していたティナだったが、予想より楽しそうな依頼に、ようやく肩の力を抜くことが出来た。
そして、この依頼を斡旋してくれたベルトルドに改めて感謝する。
「俺らが使う馬車はこれだ」
モルガンが指差した馬車は二頭立ての幌馬車だった。
大きめの幌の中に荷物はあまり載っておらず、人が四人乗るには十分なスペースが有った。小さいアネタのためだろう、中にはリネンやクッションなども準備されている。
「わぁ! すごく快適に過ごせそうですね」
幌馬車の中は意外と生活感があり、このままこの中で生活ができそうだった。
「まあ、クロンクヴィストまで長旅になるからね。アネタがなるべく疲れないようにって考えたらこうなっちゃったのよ」
本来であれば店を移転する場合、荷馬車を幾つも用意して商品ごと移動するのだが、モルガン達は商品を出来るだけ売り払い、身軽にした状態でクロンクヴィストへ移住するという。
「じゃあ、クロンクヴィストに着いたらお店の準備で大変そうですね」
「そうなのよね。クロンクヴィストの知人に頼んでお手伝いはして貰っているけど、しばらくは忙しいでしょうね」
イロナがやれやれと溜息をつく。イロナのそんな様子に、ティナは小さい子を連れて別の国へ移住するような、何か特別な理由があるのだろうか、と考える。
(いやいや、人それぞれ都合があるし、変に詮索しちゃ失礼よね!)
ティナは雑念を取り払い、モルガン一家を無事にクロンクヴィストまで送り届けることに集中しようと気合を入れ直す。
「ほら、乗りな。出発するぞ」
「はい!」
モルガンの声を聞いて、それぞれが馬車に乗り込んだ。
ティナとイロナ、アネタが幌馬車の中で、トールとモルガンは御者台だ。馬はモルガンが操作するらしい。
馬車がゆっくりと動き出し、城壁へと向かう。
セーデルルンド王国の王都から出て街道を進めば、クロンクヴィストの国境まで馬車だと三週間ほどで到着するだろう。
途中の宿場町で宿に泊まったり、森で野営をすることもあるだろうが、街道が整備されているので比較的楽に移動できるルートとなっている。
今までティナが移動する時はいつも窓が小さい頑丈な馬車に乗せられ、回りを聖騎士団に取り囲まれていた。
聖女を守るための措置だと理解しているが、それでも毎回ティナは息が詰まりそうだったのだ。
しかし今ティナが乗っているのは開放的な幌馬車で、可愛い母娘が同乗している。しかもとても頼りになるトールと一緒なのだと思うと、嫌でも期待が膨らんでいく。
この国から出て、両親が巡った場所を辿り、月下草の栽培場所を見つけるための冒険が始まる──!
ティナはこれまでの旅とは比べ物にならないほど、心も身体も軽くなっているのを実感した。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
冴えないおっさん(失礼)の妻は美女だったの巻。
いつも応援有難うございます!とても励みになってます!(*´艸`*)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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