第27話 虚無
「……どうしてこうなるのよ」
施錠されていない玄関。そこから入って真っ直ぐ廊下を進んでいると突き当りに出現した地下への階段。深淵への入口と見紛うその先へと、懐中電灯片手に踏み込んだ繭美を待ち受けていたのは、隣り合うように、それぞれ椅子の上で絶命した
最も危惧していたのは、光賢が復讐心から殺人者となってしまうことだった。それを回避するために先手を取って行動するつもりだったのに。残酷な運命は光賢を先にこの場所まで誘い、命までも取り上げてしまった。この理不尽に対して繭美は憤りを抑えきれなかった。
「あなただけは絶対に死なせたくなかったのに……どうしてよ……」
繭美は光賢の亡骸へと抱き付いた。刑事として、現場保存の観点から遺体に接触するなどご法度だが、今この瞬間の繭美は刑事などではなく、想い人を奪われた一人の女に過ぎなかった。光賢の亡骸は目を見開いたまま大口を開けて、最後まで何かを強く訴えかけようとしているようであった。出血はすでに固まり始め、ばっくりと裂けたから傷から垂れた黒色が、タートルネックセーターのように首を覆っている。
「
光賢の体に触れていると、ズボンの右ポケットに膨らみがあることに気付いた。取り出してみるとそれは光賢が普段から仕事に利用していたボイスレコーダーであった。まだ録音中のランプが点灯している。
「……あなたは最後まで戦ったのね」
繭美はボイスレコーダーの録音を停止し、自らの懐へと納めた。刑事としてこの現場を通報しないわけにはいかないが、光賢の残したボイスレコーダーだけは絶対に渡したくなかった。形見としてはもちろんだが、何よりも警察が証拠品として押収したところで、それを捜査に活かせるとは到底思えなかった。だったら自分が有効利用した方がいい。
「……どうしてあんたみたいな女が、雨谷くんの隣で死んでいるのよ」
光賢と隣り合って息絶えていた八起深夜の存在があまりにも憎らしかった。深夜も黒い出血を伴って亡くなっていることから、光賢の手にかかったのではなく、何らかの理由で自身も【FUSCUS】によって死に至ったのだろう。だが正直、そんなことはどうでもよかった。
雨谷光賢を失ったこの世界に、自分が価値を見出せるとは繭美は到底思えなかった。全ての真実が明らかになったとしても、その先に待つのは愛する人の存在しない虚無なのだと確信してしまっている。だったらいっそ、自分も光賢と一緒にこの世界からいなくなれていたなら、そっちの方がよっぽど幸せだったのではないかとそう思ってしまう。
憎らしいだけではない。繭美は光賢と隣り合って死んだ深夜が羨ましくて仕方がないのだ。
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