第4話 予言された死

 玖瑠美くるみの部屋に到着した光賢こうけんは、デスクの上に置きっぱなしになっていたノートパソコンを発見した。遺品整理も済んでおらず、部屋は玖瑠美が亡くなった当時のままとなっている。


 水切りに置かれたまま乾いた食器や、脱衣籠に入ったままの衣類に生活感を覚える一方でベランダ近くは、本や本棚の上に置かれていた小物が床に散乱し、白いラグもよれて不格好になっている。これらは全て、錯乱した玖瑠美がベランダに向かうまでの間に接触して散らばったものだ。この部屋には生と死の空気が混在している。


「パスワードはそのままか……困った妹だ」


 ノートパソコンを立ち上げ、思い当たるパスワードを入力したらあっさりと入れた。玖瑠美がこのノートパソコンを購入した際に光賢が初期設定を手伝ってあげたのだが、その時に仮で設定したパスワードをそのまま使い続けていたようだ。後でちゃんと自分の考えたパスワードに変更するように言っておいたのに。死に別れた今となっては説教をすることも出来ない。


 映像研究会という名前の画像フォルダを発見し、開くと中には数枚の画像データが保存されていた。一枚ずつ確認していくと、抽象画や静物画、風景画など種類は様々だが、全てがセピア調で表現された絵画作品だった。これが段の言っていた、演出の一環で使用する予定だった【FUSCUS】の作品なのだろう。


「未来の私」


 フォルダに保存されていた【FUSCUS】が生成した最後の一枚。これだけは【未来の私】というタイトルで保存されていた。


 この画像は光賢にとっていわば日常と非日常との境界線。一度足を踏み入れればもう後戻りは出来ない。


「玖瑠美……」


 妹の死の真相を解き明かさんとする光賢は迷わず画像を開いた。

 画面いっぱいに表示されたセピア調の絵は、高所から転落し、歪な卍型を象る玖瑠美を俯瞰している。不自然な腕の向きや髪が流れる方向。寸分違わずあの夜の惨劇の再現している。否、あの夜がこの絵を再現しているだ。どうして最愛の妹の死を二度も瞳に焼き付けなければいけないのかと、激しい憤りを覚える。


 画像の保存日時を調べると、10月1日の23時11分であることが分かった。玖瑠美が亡くなったのは10月16日の3時台。絵は玖瑠美が亡くなるおよそ2週間前に完成している。絵の方が先だったなら、だんの言うように【FUSCUS】が玖瑠美の死を予見していたことになる。


「感謝するぞだん永樹えいき。これで俺は前に進める」


 乾いた笑いが室内に響く。最愛の妹を喪い人生に絶望していた。妹の死が殺人だったなら、犯人を見つけ出して殺すことに目標に生きたことだろう。事故死だったなら、やはりその原因を作った人間に対して復讐を考えただろう。


 不可解ながらも事件性を感じられない玖瑠美の死に対しては、怒りの矛先が見つけられず暗鬱に閉ざされてきたが、これで道が開けた。例えそれが鮮血に染まったレッドカーペットだとしても、光賢は前に進むことが出来る。


「玖瑠美を傷つけた奴は絶対に許さない」


 AIが描いた絵によって予言された死。常識では考えられない事態だが、そんなものは光賢には関係ない。相手が人間だろうとAIだろうと怪異だろうと、妹を死に追いやった存在がいるのなら絶対に許さない。復讐への陶酔が光賢を現実へと引き留めてくれている。


「お前の正体はなんだ?」


 光賢はそのまま玖瑠美のノートパソコンを使用して、履歴から【FUSCUS】へと飛んだ。セピア調の作品に特化していることを除けば、高性能で扱いやすい画像生成AIといった印象だ。


「MEDIA NOX(メディアノクス)?」


 画面をスクロールしていくと、開発元として【MEDIA NOX】の名前があった。【FUSCUS】の発表に対する抱負と、利用者への感謝のメッセージが載せられているが、当たり障りのない内容で思想のようなものは見えてこない。


 隅々まで確認してみたが、開発者の連絡先の記載や、意見や不具合を報告するような機能は無く、開発者と連絡を取る方法が存在していなかった。どうにもきな臭い。


 別のタブを開いて、光賢は【MEDIA NOX】の名前で検索をかけた。ラテン語で深夜を意味するその言葉を冠したAT系の会社や、アプリ開発などを行っているプログラマー集団が存在しないかを調べてみるが、バーの店名や成人向けのBL漫画のタイトルがヒットしたぐらいで、【FUSCUS】の開発者に辿り着くようなヒントは得られなかった。


「既存の会社や集団じゃない。まさか個人でこれ程のAIの開発を?」


 まだ可能性の話に過ぎないが、だとすれば相当凄腕のプログラマーがこの【FUSCUS】を開発したことになる。だからといって、AIの描いた通りに人間が死ぬ事象にどう結び付くのかは、現段階では皆目見当がつかない。


「深淵を覗く時、深淵もまた、か」


 普通に利用している分には、【FUSCUS】は便利で友好的な画像生成AIに過ぎないのだろう。だが一転、【未来の私】というキーワードを打ち込んだ瞬間に悪辣な本性を露わにする。真の意味で【FUSCUS】と対峙するには、同じ土俵に上がらなくてはいけない。


「お前はどうやって人を殺すんだ?」


 物言わぬPC画面を睨み付け、光賢は慎重に一つずつキーボードを叩いていく。入力フォームに【未来】の文字までが打ち込んだが。


「ちっ、こんな時に」


 光賢の行為を遮るようにスマホに着信が入った。発信者を確認すると、一時間程前に喫茶店で連絡先を交換した段永樹であった。入力する指を止めて光賢は電話へと出た。


『光賢さん大変です』


 開口一番、段の声は電話越しでもはっきり分かる程に震えていた。


「落ち着け。何があった?」

佐那さなが……佐藤根さとね佐那さなが死にました』

「嘘だろ。だってついさっき喫茶店で」


 突然の報告は脳を揺らさんばかりの衝撃だった。顔色こそ優れなかったが、今日喫茶店で顔を合わせたばかりの佐那が亡くなったなど、あまりにも現実味が無さすぎる。


『……喫茶店で光賢さんと別れた後、俺と佐那も帰るために駅に向かったんですけど、突然佐那が錯乱状態になって……車道に飛び出したんです……引き戻そうとしたけど間に合わなくて……走って来たトラックと……』


 嗚咽交じりに段が顛末を語った。錯乱状態に陥った末の行動で死に至った点は、玖瑠美の時と類似している。


「また【FUSCUS】の描いた未来の通りなのか?」

『……はい。折れた首や……複雑骨折で露出した骨の位置まで』

「出血の色は?」

『黒かったです。墨でもぶちまけたみたいに……他の目撃者は車のオイルと誤認していた程です』

「分かった。俺の方でも状況を確認しておく」


 その事実を、光賢は冷静に受け止めていた。佐那には申し訳ないが、彼女の死で【FUSCUS】の危険性を再認識することが出来た。【FUSCUS】と繋がりを持つために【未来の自分】を試そうかと思っていたが、今は一度保留だ。玖瑠美の仇さえ取れればその後はどうなっても構わないが、その前に死んでしまっては本末転倒。敵討は相手の顛末を見届けてこそ成立する。

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